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又吉直樹が書いた“コンビ関係”の続き、「綾部が不在で悲しいということはまったくない」
コンビで一番テレビに出ていた時期、「メディアに出ている自分とのバランスを取ろうと」
――単行本から7年の歳月が経っての文庫本発刊ですが、そこにはどんな思いが?
又吉直樹 これまでも文庫化の話はいただいていたのですが、単行本の雰囲気をかなり気にいっていたので、断っていたんです。そのなかで7年が経ち、書店の方から「又吉さんの本の中で『東京百景』が一番好きです」と言っていただけることも多くて。ならば、これまで僕の本に触れたことがない人にも、広く読んでもらえる状態にしておきたいなという思いが湧いてきたんです。
――7年が経ち、『東京百景』を書いていた当時を振り返ると?
又吉直樹 『東京百景』は『マンスリーよしもと』(よしもと発行のお笑い情報誌)で2009年から連載開始して、単行本が発売されたのが2013年。ちょうど、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)などコンビで一番テレビに出ていた時期なんです。でも、そんな奴が書いたエッセイとは思えないような鬱々とした内容ですよね。「こんなこと書いてええの?」みたいな(笑)。
僕は、書く作業というのは自分一人の行為だと思っているんです。テレビでは言えなくても、文字なら書ける。当時は、メディアに出ている自分とのバランスを取ろうとしていたのかな。その頃も、僕にとって書くことは絶対に必要な行為だったんだと感じますね。
加筆したの“関係の続き”、海の向こうの綾部に「彼はどこにいても存在感がある」
又吉直樹 僕は、「青春時代の自分を大人になった自分が恥ずかしがる」というのが好きではないんです。例えば、1歳から40歳まで39人の自分がいるとして、その価値はすべて等しい。18歳のときの僕が選択したことを、40歳の僕が勝手に終わらせてはいけない。そういう意味で、嘘のないところで、当時の温度感で語れるものを書きたいという気持ちがありました。
――ここでは相方・綾部祐二さんのことが綴られています。単行本の『東京百景』にはほとんど出ていませんでしたが。
又吉直樹 それは、ピースの活動に対して、自分のアイデンティティがどこにあるのか悩んでいる部分があったからです。当時は、そういう思いを書くことによって自分を保っていたというか、「俺は面白いことを考えているんだ」と思いながら書いていた。だから、自然と綾部のことが出てこなかったんです。
――今、海外で活動されているからこそ、綾部さんについて書いたということではない?
又吉直樹 そういうのはないですね。正直、綾部が不在で悲しいということはまったくないので(笑)。彼はどこにいても存在感がありますからね。特にこの時代、インターネットで何でもわかりますしね。今の僕と綾部の関係というよりは、当時の関係の続きを書いたみたいな感じですね。
唯一の恋愛話、“サービス精神”というフィルターをそぎ落とすのは「意外と難しい」
又吉直樹 編集の方から「恋愛の話がない」と言われたのですが、僕自身の恋愛は数少なく、この話ぐらいしかなかったんです。ただ、一人の人間が東京に出てきて10何年過ごしているのに、まったく恋愛の話がないというのはズルい気がしたので、覚悟を持って書きました…というか、書いてしまったという感覚です。
――非常に生々しい恋愛模様が描かれています。
又吉直樹 僕はずっと舞台に上がっていたので、つねにお客さんの受け取り方を考える癖がついていました。ものを書くときも、「楽しんでもらいたい」というサービス精神が出て、ふざけてしまうことがある。そういったフィルターをそぎ落とすのは、意外と難しいんですよね。でも、連載を単行本にまとめるとき、まったく時間に余裕がなくて。そのせいで、フィルターを通さずに書けたのかもしれません。
――文庫発売にあたり、この『池尻大橋の小さな部屋』をのんさんと一緒に朗読する動画を公開。のんさんは文庫の表紙にも登場しています。
又吉直樹 この表紙、ムチャクチャ良いですよね(笑)。僕は結構こだわりが強めなのですが、最初に出した『東京百景』の雰囲気をそのまま文庫にするのは難しいと思ったんです。それに、文庫が単行本の劣化版だと思われたくない、という思いも強い。今回の編集の方と、前と違うアプローチをしたいと話していたとき、のんさんにお願いしよう、というアイディアが出てきたんです。
――朗読を含め、文庫版の表紙も雰囲気があり素晴らしいです。
又吉直樹 のんさんの中にあるアーティスト性が輝いているからこそ、役者をやっても被写体になっても、内包する豊かさを感じることができると思っていました。すごくいいですよね。