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『崖の上のポニョ』や『カンフー・パンダ』をはじめ、今夏は例年になくアニメーション映画の注目作が揃っているが、とりわけ異彩を放つ存在が『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』だ。日本アニメーションが誇るカリスマ、押井守監督がプロダクション I.Gの制作のもと、絶大な人気を誇る森博嗣の同名小説シリーズを手がけた意欲作。押井監督の愛するレシプロ(プロペラ)戦闘機が空中戦を演じつつ、ストーリーの軸は永遠に大人になれない“キルドレ”と呼ばれる子どもたちの切ない愛の物語。この野心作に敢然と挑戦した押井監督にその想いについて伺った。
「作品はいつもプロデューサーなどが薦める漫画や小説のなかから選んでいます。僕自身がプロデューサーに話を持っていったのはこれまで3回ぐらいしかないかな。この原作に関しては知り合いのプロデューサーから薦められて、家へ帰る電車のなかで読んで、帰宅したときには“やめよう、できない”と結論は出ていました。電話でそう伝えた記憶があります。でも、数日考えて、やっぱりやろうかと(笑)。最初はエッジの効いた空中戦映画と聞いて悩んだものの、恋愛を軸にした作品にすればいけると考えた。そういう経緯ですね」
最初に断ろうと考えたのは、レシプロを愛しているからこそ。単純な戦闘機アクションで2年間費やしても、完成したときに後悔するのではないかと考えた。
「飛行機が好きだからこそ悩みました。好きなものをつくれるチャンスって、実はいちばんの落とし穴で、結構、失敗しがちです。好きなものを好きなようにやっていいとなると客観性が保証できませんから。それと同時に、プロデューサーが意図したものを自分なりに獲得し直す作業も必要になります。言われたことを言われたとおりにやったことはありませんし、この題材から本格的なドラマをつくる、文芸映画みたいなものをつくるぞというふうに切り返したときに、初めて『スカイ・クロラ』を手がける覚悟ができた。それが今回の、僕にとっての“肝”でしたね」
男と女の恋愛を真面目に描いたアニメーション
制作にあたっては、映画という大義名分のもとで2年間、飛行機漬けの幸せな時間が過ごせたと、押井監督は笑う。
「監督をするときに、スタッフに理解されないことによって逆に彼らを引っ張ってきたという一面が僕にはあります。作品が完成したときに初めて、彼らには“あぁ、そういうことだったのか!”と理解してもらえる。そういう具合にいつも意表をついて作品をつくってきたわけで、『スカイ・クロラ』に関しても、敢えて真面目に、男と女の恋愛ドラマとして描く。結果的に、考えたことはほぼ実現したし、最後までぶれることなく、最初の考え方やテーマ、映画のイメージを完成まで持ちこたえられましたね。そのためには今までの自分のなかに無かったものも必要でした」
菊地凛子や加瀬亮、谷原章介、栗山千明といった人気俳優を声優に起用し、脚本には『世界の中心で、愛をさけぶ』や『クローズド・ノート』など一連の行定勲監督作品の脚本に携わってきた伊藤ちひろを据えたことが、作品に大きな影響を与えることになったと振り返る。
「今回は、自分で脚本を書くか書かないかが、僕にとっての決定的な選択。伊藤さんの起用は、行定監督の『春の雪』(原作は三島由紀夫の『豊饒の海』シリーズ。05年公開)を観て決めました。彼女がアニメーションの脚本を手がけることでうまくいくかどうかに関してはまったくの未知数でしたが、プロデューサーたちは問題ないという感じでしたし、最終的に4稿目ぐらいで満足できるものがあがりましたね」
伊藤ちひろとの最初の話し合いから、ずばり恋愛でいきたいと語ったという。
「男と女が結ばれた後を描くのが恋愛映画だと伝えました。それを分からないとしんどいことになるよ、と。凄惨な恋愛映画ですが、アニメーションならできる。真面目に恋愛を描いたアニメ作品を僕自身が観たことが無かったことも大きかったですね。互いに惚れあって、どちらかが死ぬしかないみたいなものは誰もやっていない。キャラクターを追い込んでいく感じで描いたものはあまり観たことがありません。目指したのはフランソワ・トリュフォーの『隣の女』的な世界です」
とはいえ、“キルドレ”と呼ばれる「思春期の姿のまま、空の戦いで死なないかぎりは永遠に生き続ける子どもたち」というキャラクターを、どうやって描くかに悩むことになった。
「戦闘機に乗って子どもが戦うのはアニメーションでは当たり前の世界。それではどうやってインパクトを持たせるかといえば、タバコを吸うとか酒を飲む、男と女がベッドにいるといったシーンについて、ぎりぎりのところで描いていくしかないと思いました」
監督としても、人間としても、自分自身が変わるべきときだという意識が、この作品を観る若い観客たちに対するメッセージになったと語る。
「若者たちにはまったく興味がなかったのに、自分の娘が成人したことで親の自覚を初めて持ったというか、少しだけ優しくなったかもしれません。これからの人生をどう生きようかと思っている若者たちに向けて、一度終わったけれど、今後どう生き直そうかと思っている僕が、“この先に何があるか”を伝えようかと思ったわけです。生きるって素晴らしいとストレートに謳うより、生きることの現実を教えたほうが参考になると考えました。それが今回のメッセ−ジですかね」
今後の創作活動は、基本的にアニメーションと実写の演出および小説の執筆。頼まれれば他人の映画の脚本も書き、テレビドラマも手がけたいとのこと。最後に、アメリカ映画界で話題の、映画の3-D化について尋ねると、「僕の立ち位置からの感想からいうと、“お手並み拝見”という感じですね。僕は三次元が映画の整数だと思っていません。端的に言って不可能だと思うから──」という答えが返ってきた。
次回作が2-Dになるか3-Dになるか、あるいはアニメーションなのか実写作品なのかはさておき、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』でさらに新境地を切り開いた押井監督の今後の活動からは、ますます目が離せそうにない。
(取材・文/稲田隆紀)
『崖の上のポニョ』や『カンフー・パンダ』をはじめ、今夏は例年になくアニメーション映画の注目作が揃っているが、とりわけ異彩を放つ存在が『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』だ。日本アニメーションが誇るカリスマ、押井守監督がプロダクション I.Gの制作のもと、絶大な人気を誇る森博嗣の同名小説シリーズを手がけた意欲作。押井監督の愛するレシプロ(プロペラ)戦闘機が空中戦を演じつつ、ストーリーの軸は永遠に大人になれない“キルドレ”と呼ばれる子どもたちの切ない愛の物語。この野心作に敢然と挑戦した押井監督にその想いについて伺った。
「作品はいつもプロデューサーなどが薦める漫画や小説のなかから選んでいます。僕自身がプロデューサーに話を持っていったのはこれまで3回ぐらいしかないかな。この原作に関しては知り合いのプロデューサーから薦められて、家へ帰る電車のなかで読んで、帰宅したときには“やめよう、できない”と結論は出ていました。電話でそう伝えた記憶があります。でも、数日考えて、やっぱりやろうかと(笑)。最初はエッジの効いた空中戦映画と聞いて悩んだものの、恋愛を軸にした作品にすればいけると考えた。そういう経緯ですね」
「飛行機が好きだからこそ悩みました。好きなものをつくれるチャンスって、実はいちばんの落とし穴で、結構、失敗しがちです。好きなものを好きなようにやっていいとなると客観性が保証できませんから。それと同時に、プロデューサーが意図したものを自分なりに獲得し直す作業も必要になります。言われたことを言われたとおりにやったことはありませんし、この題材から本格的なドラマをつくる、文芸映画みたいなものをつくるぞというふうに切り返したときに、初めて『スカイ・クロラ』を手がける覚悟ができた。それが今回の、僕にとっての“肝”でしたね」
男と女の恋愛を真面目に描いたアニメーション
制作にあたっては、映画という大義名分のもとで2年間、飛行機漬けの幸せな時間が過ごせたと、押井監督は笑う。
「監督をするときに、スタッフに理解されないことによって逆に彼らを引っ張ってきたという一面が僕にはあります。作品が完成したときに初めて、彼らには“あぁ、そういうことだったのか!”と理解してもらえる。そういう具合にいつも意表をついて作品をつくってきたわけで、『スカイ・クロラ』に関しても、敢えて真面目に、男と女の恋愛ドラマとして描く。結果的に、考えたことはほぼ実現したし、最後までぶれることなく、最初の考え方やテーマ、映画のイメージを完成まで持ちこたえられましたね。そのためには今までの自分のなかに無かったものも必要でした」
菊地凛子や加瀬亮、谷原章介、栗山千明といった人気俳優を声優に起用し、脚本には『世界の中心で、愛をさけぶ』や『クローズド・ノート』など一連の行定勲監督作品の脚本に携わってきた伊藤ちひろを据えたことが、作品に大きな影響を与えることになったと振り返る。
「今回は、自分で脚本を書くか書かないかが、僕にとっての決定的な選択。伊藤さんの起用は、行定監督の『春の雪』(原作は三島由紀夫の『豊饒の海』シリーズ。05年公開)を観て決めました。彼女がアニメーションの脚本を手がけることでうまくいくかどうかに関してはまったくの未知数でしたが、プロデューサーたちは問題ないという感じでしたし、最終的に4稿目ぐらいで満足できるものがあがりましたね」
伊藤ちひろとの最初の話し合いから、ずばり恋愛でいきたいと語ったという。
「男と女が結ばれた後を描くのが恋愛映画だと伝えました。それを分からないとしんどいことになるよ、と。凄惨な恋愛映画ですが、アニメーションならできる。真面目に恋愛を描いたアニメ作品を僕自身が観たことが無かったことも大きかったですね。互いに惚れあって、どちらかが死ぬしかないみたいなものは誰もやっていない。キャラクターを追い込んでいく感じで描いたものはあまり観たことがありません。目指したのはフランソワ・トリュフォーの『隣の女』的な世界です」
とはいえ、“キルドレ”と呼ばれる「思春期の姿のまま、空の戦いで死なないかぎりは永遠に生き続ける子どもたち」というキャラクターを、どうやって描くかに悩むことになった。
「戦闘機に乗って子どもが戦うのはアニメーションでは当たり前の世界。それではどうやってインパクトを持たせるかといえば、タバコを吸うとか酒を飲む、男と女がベッドにいるといったシーンについて、ぎりぎりのところで描いていくしかないと思いました」
監督としても、人間としても、自分自身が変わるべきときだという意識が、この作品を観る若い観客たちに対するメッセージになったと語る。
「若者たちにはまったく興味がなかったのに、自分の娘が成人したことで親の自覚を初めて持ったというか、少しだけ優しくなったかもしれません。これからの人生をどう生きようかと思っている若者たちに向けて、一度終わったけれど、今後どう生き直そうかと思っている僕が、“この先に何があるか”を伝えようかと思ったわけです。生きるって素晴らしいとストレートに謳うより、生きることの現実を教えたほうが参考になると考えました。それが今回のメッセ−ジですかね」
今後の創作活動は、基本的にアニメーションと実写の演出および小説の執筆。頼まれれば他人の映画の脚本も書き、テレビドラマも手がけたいとのこと。最後に、アメリカ映画界で話題の、映画の3-D化について尋ねると、「僕の立ち位置からの感想からいうと、“お手並み拝見”という感じですね。僕は三次元が映画の整数だと思っていません。端的に言って不可能だと思うから──」という答えが返ってきた。
次回作が2-Dになるか3-Dになるか、あるいはアニメーションなのか実写作品なのかはさておき、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』でさらに新境地を切り開いた押井監督の今後の活動からは、ますます目が離せそうにない。
(取材・文/稲田隆紀)
2008/08/08