俳優・佐々木蔵之介が25日、京都の東映京都撮影所・太秦映画村で映画『幕末ヒポクラテスたち』(5月8日公開)の舞台あいさつ・トークイベントに登場した。
同作は、『ヒポクラテスたち』や『ゴジラ』シリーズなどを手がけ、2022年に亡くなった大森一樹監督の最後の映画企画。一度は幻になりかけたが、かつて大森監督の助監督を務めていた緒方明監督が遺志を受け継ぎ、完成させた。
『ヒポクラテスたち』は、京都の医学生たちの群像劇だった。『幕末ヒポクラテスたち』は、その“元祖たち”の物語。京都出身の佐々木を主演に迎え、幕末の京都を舞台に、爽快な医療時代劇を描く。東映京都撮影所や太秦映画村など、京都オールロケで撮影された。
この日は、東映京都撮影所で舞台あいさつ、さらに太秦映画村でリニューアル後初となるトークイベントが行われた。舞台あいさつには主演の佐々木と緒方監督、森重晃プロデューサー、トークイベントには佐々木蔵と緒方監督に加え、西脇隆俊京都府知事と松井孝治京都市長が参加した。
佐々木は「大森さんが撮ろうとしていた作品のバトンを私に、とおっしゃっていただいた」とオファーを受けた当時を振り返り、「大森さんが愛されていた京都が舞台で、僕も普段話している京都弁で演じられる。こんなご縁はないと思って、怖いですが『はい』とお返事させていただきました」と回顧。続けて「時代劇も医者の役もいくつかさせていただいた経験はありますが、こういう役を演じさせていただくのは初めてでした。とても毎日が新鮮で、愉快で挑戦させてもらってると日々感じていました」と語った。
2024年の年末には、京丹後で撮影していたという。撮影は「京丹後は京都市内と気候が違いますから」と笑顔で言い、「雪かきから撮影が始まった日もありました。僕らはわらじなので、『なんで昔の人はわらじなん?ほんまに素足なん?』と衣装さんに言いながら(笑)。これが時代劇だなと思いながら撮影してました」と明かした。また、「初日から水に入った」ことも判明し、緒方監督は「初日から苦行を強いましたね(笑)」と懺悔していた。
太秦映画村のトークでは、佐々木は「この場に立っていることが感慨深い。子どもの頃に遊びに来ていた映画村でごあいさつさせていただくのは初めて。京都で育って、学生の頃は東映の撮影所のスタッフさんの自主映画に参加していただいた。この作品は、京都を舞台に僕が普段使ってる京都弁で撮影しました。高速道路ができてすごく便利になった京丹後でも撮影しましたが、京都は寺社仏閣があって時代劇が撮りやすいと改めて感じました。僕は今、最高潮に幸せな瞬間です」と喜びを噛みしめていた。
同作は、『ヒポクラテスたち』や『ゴジラ』シリーズなどを手がけ、2022年に亡くなった大森一樹監督の最後の映画企画。一度は幻になりかけたが、かつて大森監督の助監督を務めていた緒方明監督が遺志を受け継ぎ、完成させた。
『ヒポクラテスたち』は、京都の医学生たちの群像劇だった。『幕末ヒポクラテスたち』は、その“元祖たち”の物語。京都出身の佐々木を主演に迎え、幕末の京都を舞台に、爽快な医療時代劇を描く。東映京都撮影所や太秦映画村など、京都オールロケで撮影された。
この日は、東映京都撮影所で舞台あいさつ、さらに太秦映画村でリニューアル後初となるトークイベントが行われた。舞台あいさつには主演の佐々木と緒方監督、森重晃プロデューサー、トークイベントには佐々木蔵と緒方監督に加え、西脇隆俊京都府知事と松井孝治京都市長が参加した。
佐々木は「大森さんが撮ろうとしていた作品のバトンを私に、とおっしゃっていただいた」とオファーを受けた当時を振り返り、「大森さんが愛されていた京都が舞台で、僕も普段話している京都弁で演じられる。こんなご縁はないと思って、怖いですが『はい』とお返事させていただきました」と回顧。続けて「時代劇も医者の役もいくつかさせていただいた経験はありますが、こういう役を演じさせていただくのは初めてでした。とても毎日が新鮮で、愉快で挑戦させてもらってると日々感じていました」と語った。
2024年の年末には、京丹後で撮影していたという。撮影は「京丹後は京都市内と気候が違いますから」と笑顔で言い、「雪かきから撮影が始まった日もありました。僕らはわらじなので、『なんで昔の人はわらじなん?ほんまに素足なん?』と衣装さんに言いながら(笑)。これが時代劇だなと思いながら撮影してました」と明かした。また、「初日から水に入った」ことも判明し、緒方監督は「初日から苦行を強いましたね(笑)」と懺悔していた。
2026/04/27