歌手の長渕剛が、ビジネス動画メディア「ReHacQ」のYouTubeチャンネルに登場。1月27日配信、2月3日の2回にわたって、成田悠輔氏との対談した様子が放映されたが、その中で“マスメディア”への思いを打ち明ける一幕があった。
■成田氏の鋭い指摘に熱弁「反省と酷評が表裏」 表現を通して戦う「成り下がることはしない」
1回目の後半、成田氏が長渕に「お山の大将として正しい側だと自分を定義してしまうことは簡単なわけじゃないですか、何かあったら自分は被害者で支配する側であり、失責する側だっていう一方的な正義を作り出してしまうことが積み重ねていけばいくほど簡単になっていくんだと思うんですよ。でもその中で、その裏側にある情けない部分とか、許せない自分の弱さみたいなものっていうのを、常に反省し続けられる部分を持たれるために、職業的に心がけたり、ずっとやられてきたことなんかありますか?」と直球でぶつけた。長渕は、率直な思いを吐露する。
「反省と酷評が表裏なんです。酷評というのはマスコミが作ったものでしょ。マスコミは芸能界と癒着するでしょ?そういった構図で、僕は昭和にデビューして今日現在まで、被害者的な言葉を言うと『マスコミの餌食』になったと。マスコミの餌食になったんだけど成り下がることはしない。なぜならば、そこにファンと一緒に時代を共有してきたのだと。『さあ僕の好きな敬愛すべき人たち、僕はこんなに泣いてしまったんだけど、本当のことはこうなんだが、君たち問う。どっちが正しいと思うんだ』と。というようなことのアンチテーゼを自分自身は歌詞の中に封入して、全国に行脚しながら抵抗したんだというようなイメージでした。なので、当然その中には反省もあるんだけど、おめぇーにそんなことを言われる筋はねーよっていうのは、僕の中では芸能界でありマスコミであったということになると思います」
成田氏が「特に今の社会、中学生でも誹謗中傷の嵐に巻き込まれかねない社会じゃないですか。だから誰もが、普通の人もマスコミに追われてるっていうような社会になりつつあるんだと思うんですよね、だからそれとどう戦うかとかクッションを設けるか特に子どもたちにとってっていうのは大きな問題だなと思います。一番傷つかれた時は泣かれたんですか?」との問題提起とともに、長渕に投げかける。
■家族と仲間に関する報道でくやし泣き「事実と真実って違う」 熱の必要性を説く
長渕は「涙出ますね、やっぱりね。本当に涙出ますね。くやしい、悲しいというよりもくやしいという思いですかね。本当に涙出ますね。それでやっぱり死のうと思いますね。本当に死のうと思います。今でも誹謗中傷で亡くなる方がいるんだけど、僕は逆に言ったら正しいんだって思うんですね。煽っちゃダメだけど『だよな』という思いがするんですね。そこでそこから勝ち上がっていくって言葉っていうのはなんだけども『酷評こそ自分の評価なれ』っていう風にね、思う手段があるんだよっていうことは、何がしかの形で、誹謗中傷された人間としては、あの若い連中にはいつも言ってまわる」と言葉に力を込めた。
成田氏が「どういう時に一番涙が出ますか。作品・歌が酷評された時なのか、それとも家族のことをほじくり返された時なのか」と向けると「家族や仲間ですかね」と即答。続けて「ちょっと理屈っぽくなるかもわからないんだけども、事実と真実って違うじゃないですか。真実ってたぶん伝えられないものだと思うんです。その時に例えば、まがりなりにもその案件が事実だったとしましょう。だけども『黙るしかねえんだよっていうデリカシー、お前らにわかるか』っていうことがすごくあって。そういう仲間や家族、恋愛にしてもそうですけども、そこでの人の心を踏みにじったように事実だけを書き立てて、それで真実をしゃべれないように封じ込めてしまうみたいなね。そういう暴力よりも強烈なもの、これがやっぱり僕はくやしいけど涙が出ました。自分の中ではマスメディアっていうものは卑劣であり、また死にたくなるようなね、そういう人の心の中に突っ込んでくるようなものであったことは事実ですね」と訴えた。
2回目の冒頭では、成田氏が「テレビ・週刊誌は、そこまでは今やらないじゃないですか。それは、最初の話に戻るとドラマとか映画の演出とか制作が制約だらけになってつまらなくなっていったことと裏表っていう部分はないですかね?」と向けると、長渕が「ああそれあるかもしれないですねえ。言われてみるとね」と同調。成田氏は「つまりその制約が増えていくことでつまらなくなってできなくなったことも多いが、同時にそれによって救われた命もあるんだろうなと思うんです」と続けた。
これを受けて、長渕は「僕は思うに、いつの時代もですねダメなところは全部ダメだと思うんですね。そこでどうしても戦わなきゃいけない現状っていうのがあってですね。その時に戦う仲間が一人いたら、命を落とさずに済むなってことは感じてますね。戦うんだと。仲間が一人いて、そいつと心の話をして、戦っていこう」と持論を展開。
その上で「僕は、連帯って言葉がすごく好きで。なぜかっていうと、この国にないように感じるんです。やっぱり体を使って、共通言語で苦しいとか、きついとかという共通言語を持っている連中は、やっぱりそこに仲間意識が生まれますから。それが一人でもいると、心の安らぎになるし力に変わると。そして、例えば時代がどうであろうが、制作が弱いからみんなと団子になって制作でもっと強烈なものを作ろうというようなチームが現れたら、一番そこが穴場なんで、僕はいとも簡単にできるのではないかというふうに思うんです。そこには物理的な問題が必要になってきますけど、まずは熱。どれだけの熱を込めて何人の仲間を集められるか」と話していた。
■成田氏の鋭い指摘に熱弁「反省と酷評が表裏」 表現を通して戦う「成り下がることはしない」
「反省と酷評が表裏なんです。酷評というのはマスコミが作ったものでしょ。マスコミは芸能界と癒着するでしょ?そういった構図で、僕は昭和にデビューして今日現在まで、被害者的な言葉を言うと『マスコミの餌食』になったと。マスコミの餌食になったんだけど成り下がることはしない。なぜならば、そこにファンと一緒に時代を共有してきたのだと。『さあ僕の好きな敬愛すべき人たち、僕はこんなに泣いてしまったんだけど、本当のことはこうなんだが、君たち問う。どっちが正しいと思うんだ』と。というようなことのアンチテーゼを自分自身は歌詞の中に封入して、全国に行脚しながら抵抗したんだというようなイメージでした。なので、当然その中には反省もあるんだけど、おめぇーにそんなことを言われる筋はねーよっていうのは、僕の中では芸能界でありマスコミであったということになると思います」
成田氏が「特に今の社会、中学生でも誹謗中傷の嵐に巻き込まれかねない社会じゃないですか。だから誰もが、普通の人もマスコミに追われてるっていうような社会になりつつあるんだと思うんですよね、だからそれとどう戦うかとかクッションを設けるか特に子どもたちにとってっていうのは大きな問題だなと思います。一番傷つかれた時は泣かれたんですか?」との問題提起とともに、長渕に投げかける。
■家族と仲間に関する報道でくやし泣き「事実と真実って違う」 熱の必要性を説く
長渕は「涙出ますね、やっぱりね。本当に涙出ますね。くやしい、悲しいというよりもくやしいという思いですかね。本当に涙出ますね。それでやっぱり死のうと思いますね。本当に死のうと思います。今でも誹謗中傷で亡くなる方がいるんだけど、僕は逆に言ったら正しいんだって思うんですね。煽っちゃダメだけど『だよな』という思いがするんですね。そこでそこから勝ち上がっていくって言葉っていうのはなんだけども『酷評こそ自分の評価なれ』っていう風にね、思う手段があるんだよっていうことは、何がしかの形で、誹謗中傷された人間としては、あの若い連中にはいつも言ってまわる」と言葉に力を込めた。
成田氏が「どういう時に一番涙が出ますか。作品・歌が酷評された時なのか、それとも家族のことをほじくり返された時なのか」と向けると「家族や仲間ですかね」と即答。続けて「ちょっと理屈っぽくなるかもわからないんだけども、事実と真実って違うじゃないですか。真実ってたぶん伝えられないものだと思うんです。その時に例えば、まがりなりにもその案件が事実だったとしましょう。だけども『黙るしかねえんだよっていうデリカシー、お前らにわかるか』っていうことがすごくあって。そういう仲間や家族、恋愛にしてもそうですけども、そこでの人の心を踏みにじったように事実だけを書き立てて、それで真実をしゃべれないように封じ込めてしまうみたいなね。そういう暴力よりも強烈なもの、これがやっぱり僕はくやしいけど涙が出ました。自分の中ではマスメディアっていうものは卑劣であり、また死にたくなるようなね、そういう人の心の中に突っ込んでくるようなものであったことは事実ですね」と訴えた。
2回目の冒頭では、成田氏が「テレビ・週刊誌は、そこまでは今やらないじゃないですか。それは、最初の話に戻るとドラマとか映画の演出とか制作が制約だらけになってつまらなくなっていったことと裏表っていう部分はないですかね?」と向けると、長渕が「ああそれあるかもしれないですねえ。言われてみるとね」と同調。成田氏は「つまりその制約が増えていくことでつまらなくなってできなくなったことも多いが、同時にそれによって救われた命もあるんだろうなと思うんです」と続けた。
これを受けて、長渕は「僕は思うに、いつの時代もですねダメなところは全部ダメだと思うんですね。そこでどうしても戦わなきゃいけない現状っていうのがあってですね。その時に戦う仲間が一人いたら、命を落とさずに済むなってことは感じてますね。戦うんだと。仲間が一人いて、そいつと心の話をして、戦っていこう」と持論を展開。
その上で「僕は、連帯って言葉がすごく好きで。なぜかっていうと、この国にないように感じるんです。やっぱり体を使って、共通言語で苦しいとか、きついとかという共通言語を持っている連中は、やっぱりそこに仲間意識が生まれますから。それが一人でもいると、心の安らぎになるし力に変わると。そして、例えば時代がどうであろうが、制作が弱いからみんなと団子になって制作でもっと強烈なものを作ろうというようなチームが現れたら、一番そこが穴場なんで、僕はいとも簡単にできるのではないかというふうに思うんです。そこには物理的な問題が必要になってきますけど、まずは熱。どれだけの熱を込めて何人の仲間を集められるか」と話していた。
2024/02/04