2019年7月15日、安倍晋三元首相の遊説中に、市民が政権に異議を唱えただけで警察に即座に取り囲まれ、移動させられた“ヤジ排除問題”を取材したドキュメンタリー映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』が12月9日より、東京のミニシアター、ポレポレ東中野や北海道・札幌にあるシアターキノほか全国で順次公開されることが決定した。
この“ヤジ排除問題”は、表現の自由、民主主義がおびやかされたとして当時大きくメディアで報道された。その中でも2020年に北海道放送が放送したドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』は、ギャラクシー賞や日本ジャーナリスト会議賞をはじめ数々の賞を受賞。その後、書籍化もされた。
しかし、この問題は、今なお続いている。排除された市民2人が原告として警察側を訴え、一審は勝訴したが高裁では判断が分かれ、双方が上告し、裁判は続いているのだ。本作はテレビや書籍では描けなかった当事者たちの思いを追加取材したた1460日の記録、文字どおりの劇場拡大版だ。
排除された「小さな声」は何を暴いたのか●法的根拠のない警察権力の行使、安倍元首相にプラカードを掲げようとしたもののそれさえかなわなかった女性たち、吃音(きつおん)を抱えながらも勇気を出して「増税反対」と訴え排除された当時女子大学生だった桃井さん。その姿を通して、決して人ごととは思えない問題をあぶり出す。
■山崎裕侍(※崎=たつさき)(制作・編集・監督)のコメント
2020年に放送したドキュメンタリー番組は様々な賞を受賞し、書籍化もされた。表現の自由をめぐる危機というテーマ性が評価された形だが、裁判はまだ続いている。異論を排除する社会の風潮や、安保政策の転換など十分な説明もなく推し進める政治の本質は今も変わらない。排除行為をしたのは1人ひとりの警察官だ。
だが、本当に排除したのは何者で、排除されたのは誰か。法廷で裁かれたのは一体何だったのか。劇場版制作にあたり、素材を見返し当事者や専門家を追加取材して作品を大幅に作り替えた。テレビでは伝えきれなかった問題の深刻さと、それでもなお声を上げ続ける人間の強さが浮かび上がった。私たちの社会に生じている分断と排除を考える機会にしてほしい。
■長沢祐(取材)のコメント
当時新人記者だった私は、まさかこの問題が映画になるとは思ってもみませんでした。「おかしいことはおかしいという」そんな当たり前のことを取材し続け4年。声を上げる大切さを追いました。
■落合惠子(ナレーション・作家、クレヨンハウス主宰)
「損得」と「忖度」。言葉の響きが似ているのも腹立たしいが、この二つが絡み合った政治はいつまで続くのか。一市民としての当然の権利、表現の自由を拒絶する社会において、わたしたちは一体なにが可能なのか。踏まれたビスケットのように崩れつつある民主主義をまずは取り戻すために、何ができるのか。騒いでどうなる?何も変わりはしない、と薄い笑いを浮かべてあきらめるしかないのか。
この流れにブレーキをかけることができるのは、ジャーナリズムであり、わたしたち、ひとりひとりの市民しかいない。いや、ジャーナリズムに身を置くものも、まずは自らが一市民であることを忘れてはならない。言葉を発することに、ある種の覚悟を要するこの時代に、沈黙を破る思想と姿勢を後押ししてくれる本作品。しっかりと受け止めたい。もの言わぬジャーナリズムや市民が、もの言えぬ社会をつくることを、改めて心に刻んで。
この“ヤジ排除問題”は、表現の自由、民主主義がおびやかされたとして当時大きくメディアで報道された。その中でも2020年に北海道放送が放送したドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』は、ギャラクシー賞や日本ジャーナリスト会議賞をはじめ数々の賞を受賞。その後、書籍化もされた。
排除された「小さな声」は何を暴いたのか●法的根拠のない警察権力の行使、安倍元首相にプラカードを掲げようとしたもののそれさえかなわなかった女性たち、吃音(きつおん)を抱えながらも勇気を出して「増税反対」と訴え排除された当時女子大学生だった桃井さん。その姿を通して、決して人ごととは思えない問題をあぶり出す。
■山崎裕侍(※崎=たつさき)(制作・編集・監督)のコメント
2020年に放送したドキュメンタリー番組は様々な賞を受賞し、書籍化もされた。表現の自由をめぐる危機というテーマ性が評価された形だが、裁判はまだ続いている。異論を排除する社会の風潮や、安保政策の転換など十分な説明もなく推し進める政治の本質は今も変わらない。排除行為をしたのは1人ひとりの警察官だ。
だが、本当に排除したのは何者で、排除されたのは誰か。法廷で裁かれたのは一体何だったのか。劇場版制作にあたり、素材を見返し当事者や専門家を追加取材して作品を大幅に作り替えた。テレビでは伝えきれなかった問題の深刻さと、それでもなお声を上げ続ける人間の強さが浮かび上がった。私たちの社会に生じている分断と排除を考える機会にしてほしい。
■長沢祐(取材)のコメント
当時新人記者だった私は、まさかこの問題が映画になるとは思ってもみませんでした。「おかしいことはおかしいという」そんな当たり前のことを取材し続け4年。声を上げる大切さを追いました。
■落合惠子(ナレーション・作家、クレヨンハウス主宰)
「損得」と「忖度」。言葉の響きが似ているのも腹立たしいが、この二つが絡み合った政治はいつまで続くのか。一市民としての当然の権利、表現の自由を拒絶する社会において、わたしたちは一体なにが可能なのか。踏まれたビスケットのように崩れつつある民主主義をまずは取り戻すために、何ができるのか。騒いでどうなる?何も変わりはしない、と薄い笑いを浮かべてあきらめるしかないのか。
この流れにブレーキをかけることができるのは、ジャーナリズムであり、わたしたち、ひとりひとりの市民しかいない。いや、ジャーナリズムに身を置くものも、まずは自らが一市民であることを忘れてはならない。言葉を発することに、ある種の覚悟を要するこの時代に、沈黙を破る思想と姿勢を後押ししてくれる本作品。しっかりと受け止めたい。もの言わぬジャーナリズムや市民が、もの言えぬ社会をつくることを、改めて心に刻んで。
2023/09/13