「世界を席巻するシリーズドラマを作る。」を目標に、このほどNHKでは、脚本開発に特化したチーム作りに向けたプロジェクト「WDR」を立ち上げ、メンバーの公募をスタートした。WDRとはWriters' Development Roomの略。つまり、海外ドラマでは一般的な、複数のメンバーによる脚本家チームを作り、ドラマの根幹となる脚本開発を行っていくというもの。海外の手法やシステムを取り入れ、従来とは異なるスキーム作りに臨む理由を、本プロジェクト・ディレクターの保坂慶太氏に聞いた。
■“個の力”と“チーム力”を掛け合わせた脚本開発の新たなスキーム作りに挑戦
年々増加傾向にあった有料動画配信サービスの利用率は、コロナ禍の巣ごもり需要の影響もあり、大きく伸長した。インターネット経由での番組やイベントの動画視聴も増加しており、今や世界のコンテンツは手軽に視聴できる身近なものとなった。従来の脚本開発のあり方を変える必要性を保坂氏が考え始めたのは、そういった状況に危機感を感じた20年春先のことであった。これまで、ディレクターとして様々なドラマに携わり、現在は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の演出を務めている。大河史上屈指の名場面として話題を呼んだ、15回「足固めの儀式」(4月放映)での大豪族上総広常の粛清死や、20話の「帰ってきた義経」(5月放映)での義経(菅田将暉)の秀逸なラストシーンは、視聴者に大きな感動をもたらした。
その保坂氏が今回目指すのは、最大10名をメンバーとするチームによる脚本開発である。メンバーそれぞれが企画を持ち寄り、構想の段階から互いの物語について意見交換するブレスト会議を実施。リライトを積み重ね、それぞれがストーリーの強度を高めながらシリーズドラマ化を目指すというもの。どちらかと言えば、“個”によるところが大きかった従来の脚本づくりとは一線を画すものだ。これには、コロナ前の19年、局内の海外派遣プログラムに参加し、米UCLAでシリーズドラマの脚本執筆コースで学んだ経験が大きく影響している。
「僕の前にも多くのプロデューサーやディレクターが海外派遣プログラムを通じて、欧米の演出論やプロデュース論などを学んでいます。その人たちの報告書に度々書かれていたのは、ハリウッドの予算が桁違いであるため、吸収した知識をなかなか日本のTVドラマに活かし難いのではないかということでした。そこで、何だったら還元できるかと考えて、脚本執筆コースを受講することに決めました。ドラマの演出を行ううえで脚本の重要性は身に染みていましたので、その強化をして自分でも書けるようになれば、脚本を読み解く能力も高くなり、演出するうえで武器になると思ったんです」
■徹底して話し合われるシリーズドラマ“ストーリーエンジン”強化の方程式
ある程度英語が話せる自信もあってのチャレンジだったが、学ぶのは脚本の執筆であり、「かなり苦労しました」と苦笑い。しかし、大変だったのはそれだけではなかった。授業でフォーカスされる要素が、これまで経験した“本打ち”内容とはかなり異なることにも衝撃を受けた。授業はそういった驚きや発見の連続であったという。中でも印象的だったのが、何十話と続く「ストーリーエンジン」づくりへのこだわりだった。
「どうしたら続きが気になるか、徹底して掘り下げます。冒頭の5分にドラマの世界観をいかに凝縮するかであったり、展開パターンであったりと、“ストーリーエンジン”強化のための方程式がいくつもあって、それについて延々と話し合うんです」
脚本とは文学的なものというイメージが強かった保坂氏だが、授業を受けるうちに、物語が数学的にロジックに沿って作られていることに気づく。
「キャラクターは“アクティブであれ”とひたすら言われ続けます。例えば、主人公が何か謎を追っているとします。ヒントを手に入れるためにあちこちに話を聞きに行くわけですが、ただ情報を得るだけじゃダメなんです。相手が何らかの壁として主人公の前に立ちはだかるようにする。それをどうやって乗り越えるか、そこにキャラクターが表れる。そういった仕掛けをして人物像を深めていくんですよね。また、“ステイク(stake)”を高めることも必須です。馬を走らせるのに必要なのが目の前にある“にんじん(目標)”だとしたら、馬の後ろに火を近づけるのがステイク。つまり今やっていることが達成できなければ、何か悲劇的なことが起きてしまう状況を作るのです。それを挿入するタイミングも決まっている。そうやってストーリーエンジンの強化を図っているからこそ、何十話も続くものが作れているのだなと実感しました。何がドライブさせるのかを突き詰めていく作業は、すごく面白かったですね」
WDRプロジェクトでは、そういったロジックも取り入れてストーリーエンジンを強化し、イッキ見したくなるほど夢中になる、そんなシリーズドラマの脚本開発にチャレンジする。その方法として複数の脚本家が集う“ライターズルーム”を設け、それぞれの強みをかけあわせた総合力によって、シリーズドラマ作りを行っていく。
■「WDRプロジェクト」応募資格はただ1つ 物語作りに本気で取り組みたい人
このような新たな取り組みの実現には、従来の発想とは異なる柔軟さが必要だ。そのため、現在公募している「WDRプロジェクト」メンバーは、学歴、年齢、経験、ジャンルは一切不問として門戸を広げている。物語を書くことを生業にしたいと本気で考える人ならば、誰でも応募可能というわけだ。
「とにかく物語作りに本気で取り組みたい方を求めています。これまでチャンスがなかっただけでくすぶっている人は、是非挑戦してほしい。今回敢えて、漫画・コント・演劇・映画・アニメにゲームといった他のジャンルでも物語作りを行っている人も歓迎すると謳っているのは、皆、物語を紡ぐという意味で、同じストーリーテラーとしての才能を持っていると思うからです。そういった方々にも是非手を挙げてほしいですね」
ここまで話して保坂氏は、この取り組みは少々遅れているのかもしれない、とも語る。
「これだけコンテンツがあふれてくると、果たして1つの題材を100時間見たいという視聴者がどれくらいいるのか、とも思います。今後はリミテッドシリーズのような、4〜5時間で観ることができて、しかも濃度の高いモノ、面白いものが求められるようになるのではないでしょうか。それなのに、なぜこの続きが気になるドラマ作りを行ってみようと考えているのかというと、そういったリミテッドシリーズも、ストーリーエンジンづくりのロジックを叩き込まれた人たちが制作しているからです。だからこそ一度、海外の手法を取り入れた挑戦をして、国内の視聴者からどれだけのリアクションが返ってくるのか見てみたいんと考えたんです」
今回のやり方が正解かどうかはわからないが、チャレンジしなければ見えてこないものもある。そう言い切る保坂氏は、海外のやり方もミックスした日本流の「成功の方程式」を導きだそうとしている。様々なコンテンツが横並びで視聴される状況が一気に拡大した今、果たして日本のドラマは競争に打ち勝っていけるのか。NHKが本気で取り組む脚本開発改革を注視していきたい。
文・カツラギヒロコ
■保坂慶太氏プロフィール
2007年NHK入局。大河ドラマ『真田丸』『鎌倉殿の13人』、連続テレビ小説『まんぷく』、よるドラ『だから私は推しました』などの演出を担当。2019年、UCLAでシリーズドラマの脚本執筆コースを履修・修了。
■脚本開発チーム「WDRプロジェクト」募集要項
https://www.nhk.or.jp/wdr/
■“個の力”と“チーム力”を掛け合わせた脚本開発の新たなスキーム作りに挑戦
年々増加傾向にあった有料動画配信サービスの利用率は、コロナ禍の巣ごもり需要の影響もあり、大きく伸長した。インターネット経由での番組やイベントの動画視聴も増加しており、今や世界のコンテンツは手軽に視聴できる身近なものとなった。従来の脚本開発のあり方を変える必要性を保坂氏が考え始めたのは、そういった状況に危機感を感じた20年春先のことであった。これまで、ディレクターとして様々なドラマに携わり、現在は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の演出を務めている。大河史上屈指の名場面として話題を呼んだ、15回「足固めの儀式」(4月放映)での大豪族上総広常の粛清死や、20話の「帰ってきた義経」(5月放映)での義経(菅田将暉)の秀逸なラストシーンは、視聴者に大きな感動をもたらした。
「僕の前にも多くのプロデューサーやディレクターが海外派遣プログラムを通じて、欧米の演出論やプロデュース論などを学んでいます。その人たちの報告書に度々書かれていたのは、ハリウッドの予算が桁違いであるため、吸収した知識をなかなか日本のTVドラマに活かし難いのではないかということでした。そこで、何だったら還元できるかと考えて、脚本執筆コースを受講することに決めました。ドラマの演出を行ううえで脚本の重要性は身に染みていましたので、その強化をして自分でも書けるようになれば、脚本を読み解く能力も高くなり、演出するうえで武器になると思ったんです」
■徹底して話し合われるシリーズドラマ“ストーリーエンジン”強化の方程式
ある程度英語が話せる自信もあってのチャレンジだったが、学ぶのは脚本の執筆であり、「かなり苦労しました」と苦笑い。しかし、大変だったのはそれだけではなかった。授業でフォーカスされる要素が、これまで経験した“本打ち”内容とはかなり異なることにも衝撃を受けた。授業はそういった驚きや発見の連続であったという。中でも印象的だったのが、何十話と続く「ストーリーエンジン」づくりへのこだわりだった。
「どうしたら続きが気になるか、徹底して掘り下げます。冒頭の5分にドラマの世界観をいかに凝縮するかであったり、展開パターンであったりと、“ストーリーエンジン”強化のための方程式がいくつもあって、それについて延々と話し合うんです」
脚本とは文学的なものというイメージが強かった保坂氏だが、授業を受けるうちに、物語が数学的にロジックに沿って作られていることに気づく。
「キャラクターは“アクティブであれ”とひたすら言われ続けます。例えば、主人公が何か謎を追っているとします。ヒントを手に入れるためにあちこちに話を聞きに行くわけですが、ただ情報を得るだけじゃダメなんです。相手が何らかの壁として主人公の前に立ちはだかるようにする。それをどうやって乗り越えるか、そこにキャラクターが表れる。そういった仕掛けをして人物像を深めていくんですよね。また、“ステイク(stake)”を高めることも必須です。馬を走らせるのに必要なのが目の前にある“にんじん(目標)”だとしたら、馬の後ろに火を近づけるのがステイク。つまり今やっていることが達成できなければ、何か悲劇的なことが起きてしまう状況を作るのです。それを挿入するタイミングも決まっている。そうやってストーリーエンジンの強化を図っているからこそ、何十話も続くものが作れているのだなと実感しました。何がドライブさせるのかを突き詰めていく作業は、すごく面白かったですね」
WDRプロジェクトでは、そういったロジックも取り入れてストーリーエンジンを強化し、イッキ見したくなるほど夢中になる、そんなシリーズドラマの脚本開発にチャレンジする。その方法として複数の脚本家が集う“ライターズルーム”を設け、それぞれの強みをかけあわせた総合力によって、シリーズドラマ作りを行っていく。
■「WDRプロジェクト」応募資格はただ1つ 物語作りに本気で取り組みたい人
このような新たな取り組みの実現には、従来の発想とは異なる柔軟さが必要だ。そのため、現在公募している「WDRプロジェクト」メンバーは、学歴、年齢、経験、ジャンルは一切不問として門戸を広げている。物語を書くことを生業にしたいと本気で考える人ならば、誰でも応募可能というわけだ。
「とにかく物語作りに本気で取り組みたい方を求めています。これまでチャンスがなかっただけでくすぶっている人は、是非挑戦してほしい。今回敢えて、漫画・コント・演劇・映画・アニメにゲームといった他のジャンルでも物語作りを行っている人も歓迎すると謳っているのは、皆、物語を紡ぐという意味で、同じストーリーテラーとしての才能を持っていると思うからです。そういった方々にも是非手を挙げてほしいですね」
ここまで話して保坂氏は、この取り組みは少々遅れているのかもしれない、とも語る。
「これだけコンテンツがあふれてくると、果たして1つの題材を100時間見たいという視聴者がどれくらいいるのか、とも思います。今後はリミテッドシリーズのような、4〜5時間で観ることができて、しかも濃度の高いモノ、面白いものが求められるようになるのではないでしょうか。それなのに、なぜこの続きが気になるドラマ作りを行ってみようと考えているのかというと、そういったリミテッドシリーズも、ストーリーエンジンづくりのロジックを叩き込まれた人たちが制作しているからです。だからこそ一度、海外の手法を取り入れた挑戦をして、国内の視聴者からどれだけのリアクションが返ってくるのか見てみたいんと考えたんです」
今回のやり方が正解かどうかはわからないが、チャレンジしなければ見えてこないものもある。そう言い切る保坂氏は、海外のやり方もミックスした日本流の「成功の方程式」を導きだそうとしている。様々なコンテンツが横並びで視聴される状況が一気に拡大した今、果たして日本のドラマは競争に打ち勝っていけるのか。NHKが本気で取り組む脚本開発改革を注視していきたい。
文・カツラギヒロコ
■保坂慶太氏プロフィール
2007年NHK入局。大河ドラマ『真田丸』『鎌倉殿の13人』、連続テレビ小説『まんぷく』、よるドラ『だから私は推しました』などの演出を担当。2019年、UCLAでシリーズドラマの脚本執筆コースを履修・修了。
■脚本開発チーム「WDRプロジェクト」募集要項
https://www.nhk.or.jp/wdr/
2022/07/07