『東京ドキュメンタリー映画祭2020』特別賞を受賞した『東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート』(8月13日公開)のポスタービジュアルと、本映画に登場する元アパート住民のひとりである菊池浩司さん、神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会の共同代表である作家・森まゆみ、東京ドキュメンタリー映画祭2020の審査員及びシンガーソングライターの七尾旅人のコメントが公開された。
東京・明治神宮外苑の国立競技場に隣接して建っていた、10棟からなる都営霞ヶ丘アパート。1964年のオリンピック開発の一環で建てられ、東京2020オリンピックに伴う再開発により2016年から17年にかけて取り壊された。本作は、強制退去させられた都営霞ヶ丘アパート住民の最後の生活の記録から、五輪ファーストの陰で繰り返される排除の歴史を描いたもの。
五輪ファーストの政策によって奪われた住民たちの慎ましい生活の様子や団地のコミュニティの有り様。また移転住民有志による東京都や五輪担当大臣への要望書提出や記者会見の様子を記録し続けたのは、青山真也。監督・撮影・編集を務めた本作が、劇場作品初監督作となる。音楽は、2013年連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽でレコード大賞作曲賞受賞、2019年大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(ともにNHK)の音楽を手がけた大友良英が務めた。
■菊池浩司さん(元アパート住民)のコメント
そうだそうだ、懐かしいな、この場所。ウチの下に住んでいた森田さん、もう亡くなっちゃったけど、この時は元気に映っているね。自分は独り身で、家族もいなくて、裁判まで我慢できないから、とっても焦ってたよ。当時、めちゃくちゃだったんだから。犠牲? 姥捨山みたいに扱って、馬鹿にしてるよな。本当。選手の人たちは一生懸命練習しているから何も言えないけど、五輪の組織委員会の人たちには、自分たちだけ良ければいいんじゃなくて、思いやりを持って接して欲しい。この映画を見て欲しいね。
■森まゆみ(作家/神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会 共同代表)
神宮外苑に作られた巨大新国立競技場、最大の問題は、そこにあった都営霞ヶ丘アパートの住民を立ち退かせたことである。国策によって何度も住まいを失った人々に、青山さんは寄り添ってずっとカメラを回し続けた。感謝の言葉もない。
■井上健一(映画ライター/東京ドキュメンタリー映画祭2020特別賞審査員)
国立競技場の再開発により、転居を余儀なくされた古いアパートの住人たち。ナレーションもなく、感情を激しく揺さぶる音楽もなく、カメラはただ淡々と、戦後昭和から平成を支え合って暮らしてきた彼らの日常と引っ越し作業を見つめるのみ。にもかかわらず、そこで積み重ねられ、今は失われた生活の重みがひしひしと伝わり、胸を打つ。過剰な演出を排し、ほぼ映像のみで語り切るストイックなスタイルに本作の誠実さが滲む。あだ花のように煌めく神宮外苑の花火が、この上なく儚く美しい。
■松崎まこと(映画活動家/放送作家/東京ドキュメンタリー映画祭2020特別賞審査員)
「TOKYO2020」が未曽有の人災であることを、我々はいま思い知らされている。霞ヶ丘アパートの住民たちは、そうした災害のとば口に居合わせてしまった。ある者にとっては不都合な彼ら彼女らの存在を、本作は静かにカメラで寄り添うことで、見事に可視化する。終の棲家を追われて、かの地を去っていく者たちには、「どうかご無事で」と祈る他はないのだろうか?
■澤山恵次(東京ドキュメンタリー映画祭スタッフ)
外苑前からキラー通りを15分位歩くと霞ヶ丘がある。東京のど真ん中にこんな佇まいがある事もここに移り住んだ背景も広く知られていないまま取り壊されてしまった。無残な生々しい映像を一切排除し登場する人たちのそれまでの日常がしっかりと映し出される事で現時点では延期後の開催が未だに結論の見えない東京オリンピック及び日本の方向性が数の論理だけで総意となっていることを改めて考えさせられるまさに今観るべき記録。
■七尾旅人 (シンガーソングライター)
ちょうどいま岡田利規・作演出による能の構成をとった演劇作品「未練の幽霊と怪物」に音楽担当で参加している。その第一部ではザハ・ハディドが、失意のうちに無念の死を遂げた亡霊となって登場し、やがて建つはずだったスタジアムは、舞台上にイメージとして幻出する。
膨らみ続ける総工費などを理由に白紙撤回されたこのザハ案の後、新国立競技場の立案と施工は日本国内の建築家とゼネコンに委ねられていくが、この過程で、住み慣れた家を奪われ、人生を大きく揺るがされていったお年寄りたちの日々を、青山真也のカメラが4年間にわたって粘り強く、丁寧に追っている。
国家プロジェクトの影で圧殺されていく、ちいさくも切実な声。ひとつひとつの部屋にしみついた生活実感の背後からは、日本の敗戦〜高度成長期以降のストーリーが透けて見えてくる。
時代に翻弄される個々人の息遣いを、地道に誠実に掬い取り、記録化しながら、同時に1964年の東京オリンピックと現在進行形のオリンピックのはざまに横たわるものを露わにしようとする、極めて批評的で野心的なドキュメンタリー映画だと感じた。
今日は2021年5月22日。昨日IOCのジョン・コーツが「緊急事態宣言が出ていても問題なく開催できる」と発言し、物議を醸している。日本の政治家たちは、この映画に登場する愛すべきお年寄りたちとは異なる、生気の感じられない目で、ぬかに釘を打つような答弁を繰り返している。たくさんの血を吸い、無念を生み出しながら、歴史的パンデミックのただなかで、新時代の東京五輪が幕を上げようとしている。
東京・明治神宮外苑の国立競技場に隣接して建っていた、10棟からなる都営霞ヶ丘アパート。1964年のオリンピック開発の一環で建てられ、東京2020オリンピックに伴う再開発により2016年から17年にかけて取り壊された。本作は、強制退去させられた都営霞ヶ丘アパート住民の最後の生活の記録から、五輪ファーストの陰で繰り返される排除の歴史を描いたもの。
■菊池浩司さん(元アパート住民)のコメント
そうだそうだ、懐かしいな、この場所。ウチの下に住んでいた森田さん、もう亡くなっちゃったけど、この時は元気に映っているね。自分は独り身で、家族もいなくて、裁判まで我慢できないから、とっても焦ってたよ。当時、めちゃくちゃだったんだから。犠牲? 姥捨山みたいに扱って、馬鹿にしてるよな。本当。選手の人たちは一生懸命練習しているから何も言えないけど、五輪の組織委員会の人たちには、自分たちだけ良ければいいんじゃなくて、思いやりを持って接して欲しい。この映画を見て欲しいね。
■森まゆみ(作家/神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会 共同代表)
神宮外苑に作られた巨大新国立競技場、最大の問題は、そこにあった都営霞ヶ丘アパートの住民を立ち退かせたことである。国策によって何度も住まいを失った人々に、青山さんは寄り添ってずっとカメラを回し続けた。感謝の言葉もない。
■井上健一(映画ライター/東京ドキュメンタリー映画祭2020特別賞審査員)
国立競技場の再開発により、転居を余儀なくされた古いアパートの住人たち。ナレーションもなく、感情を激しく揺さぶる音楽もなく、カメラはただ淡々と、戦後昭和から平成を支え合って暮らしてきた彼らの日常と引っ越し作業を見つめるのみ。にもかかわらず、そこで積み重ねられ、今は失われた生活の重みがひしひしと伝わり、胸を打つ。過剰な演出を排し、ほぼ映像のみで語り切るストイックなスタイルに本作の誠実さが滲む。あだ花のように煌めく神宮外苑の花火が、この上なく儚く美しい。
■松崎まこと(映画活動家/放送作家/東京ドキュメンタリー映画祭2020特別賞審査員)
「TOKYO2020」が未曽有の人災であることを、我々はいま思い知らされている。霞ヶ丘アパートの住民たちは、そうした災害のとば口に居合わせてしまった。ある者にとっては不都合な彼ら彼女らの存在を、本作は静かにカメラで寄り添うことで、見事に可視化する。終の棲家を追われて、かの地を去っていく者たちには、「どうかご無事で」と祈る他はないのだろうか?
■澤山恵次(東京ドキュメンタリー映画祭スタッフ)
外苑前からキラー通りを15分位歩くと霞ヶ丘がある。東京のど真ん中にこんな佇まいがある事もここに移り住んだ背景も広く知られていないまま取り壊されてしまった。無残な生々しい映像を一切排除し登場する人たちのそれまでの日常がしっかりと映し出される事で現時点では延期後の開催が未だに結論の見えない東京オリンピック及び日本の方向性が数の論理だけで総意となっていることを改めて考えさせられるまさに今観るべき記録。
■七尾旅人 (シンガーソングライター)
ちょうどいま岡田利規・作演出による能の構成をとった演劇作品「未練の幽霊と怪物」に音楽担当で参加している。その第一部ではザハ・ハディドが、失意のうちに無念の死を遂げた亡霊となって登場し、やがて建つはずだったスタジアムは、舞台上にイメージとして幻出する。
膨らみ続ける総工費などを理由に白紙撤回されたこのザハ案の後、新国立競技場の立案と施工は日本国内の建築家とゼネコンに委ねられていくが、この過程で、住み慣れた家を奪われ、人生を大きく揺るがされていったお年寄りたちの日々を、青山真也のカメラが4年間にわたって粘り強く、丁寧に追っている。
国家プロジェクトの影で圧殺されていく、ちいさくも切実な声。ひとつひとつの部屋にしみついた生活実感の背後からは、日本の敗戦〜高度成長期以降のストーリーが透けて見えてくる。
時代に翻弄される個々人の息遣いを、地道に誠実に掬い取り、記録化しながら、同時に1964年の東京オリンピックと現在進行形のオリンピックのはざまに横たわるものを露わにしようとする、極めて批評的で野心的なドキュメンタリー映画だと感じた。
今日は2021年5月22日。昨日IOCのジョン・コーツが「緊急事態宣言が出ていても問題なく開催できる」と発言し、物議を醸している。日本の政治家たちは、この映画に登場する愛すべきお年寄りたちとは異なる、生気の感じられない目で、ぬかに釘を打つような答弁を繰り返している。たくさんの血を吸い、無念を生み出しながら、歴史的パンデミックのただなかで、新時代の東京五輪が幕を上げようとしている。
2021/06/12