■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第40回 加藤慎一郎プロデューサー
世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症。日本でも4月に緊急事態宣言が発出されると、人々の生活様式は一変した。エンターテインメント業界に与えた影響も甚大であり、携わる多くの人々は未来に大きな不安を覚えた。そんななか、5人の映画監督が、コロナ禍によってもたらされた社会の変化をテーマに『緊急事態宣言』というオムニバス作品をAmazon Prime Videoを通じて世に送り出した。本作の企画発案者である株式会社トランスフォーマーの加藤慎一郎プロデューサーに、企画意図や現在の映画業界の現状などについて聞いた。
■コロナ禍で仕事が激減
中野量太、園子温、ムロツヨシ・真鍋大度・上田誠による映像制作ユニット「非同期テック部」、三木聡、真利子哲也という日本映画界を代表するような監督たちが集結したオムニバス映画『緊急事態宣言』。タイトル通り、新型コロナウイルス感染症によって発出された緊急事態宣言をテーマに、それぞれ独自の発想で作り上げた作品だ。
企画の発端は、徐々にコロナウイルスの脅威がメディアを賑わせ始めた3月。加藤氏は普段、洋画の買い付けや配給をメインに行っていたが、映画美術を行う部署の仕事が、次々に中止になるのを横目で見ていたという。「最終的には10近くあった現場はすべて止まってしまい、再開のメドがたっていませんでした」。
こうした状況に加藤氏は「洋画業界ももちろんですが、この先、邦画界はどうなっていくんだろう」と大きな不安に駆られた。なかでも加藤氏が一番危機感を覚えたのが、クリエイターたちの生活。「あくまで個人的な思いなのですが、コロナ禍で映像作品が作れないというのは、非常に恐ろしいこと。僕はクリエイターの方々を尊敬しているので、この人たちが発表の場を失ってしまうイコール、生活の糧を失ってしまうこと。それだけはあってはならないこと」と思いを募らせた。
■絶対にクラスターを発生させてしまってはいけない
企画段階では、映画を作ったところで配給できるメドもたたず、具体的なことはなにも決まっていなかった。しかし、長年邦画に携わってきた美術スタッフのコネクションもあり、コロナ禍でも「映画を作ろう」という思いのクリエイターたちが手を挙げた。
そんななか、Amazonが企画に賛同し、作品を世に送り出すめどがたった。しかし、4月に入ると緊急事態宣言が発出され、その後も状況は刻一刻と変わっていく。行定勲監督や上田慎一郎監督がリモートで作品を作り話題にもなった。
「3月からスタートした企画ですが、参加を表明してくださった監督からも、こうした状況下いろいろなアイデアをいただきました。最初は完全リモートでの撮影を予定していたのですが、状況が変わるにつれ、単純に映画として観てもらって面白いものを作ろうという考えになっていきました」。
加藤氏の言葉通り、完全リモートでの作品から、対面で撮影した作品まで『緊急事態宣言』に収められた作品は多岐にわたる。しかし、逆に言えば、こんな状況だからこそ、感染リスクに対しては徹底する必要があった。「こういうテーマの作品で、もし我々がクラスターを発生させてしまったら、企画自体が成立しない」という緊張感のなかでの撮影だったという。
■感染予防対策を強化すればするほど予算がかかる
コロナ禍での撮影は、監督をはじめ現場スタッフには非常に難易度の高いものだった。
「感染リスクを最小限にしなければいけない。とは言え、作品を観ていただければ分かると思いますが、ずっと一人芝居で完結する物語ばかりではないので、リスクはゼロにはできません。しかもこだわりの強い監督がそろっているので、作家性を失わず感染リスクを限りなくゼロに近いところまでもっていく。そのバランスがとても難しかったです」。
しかも潤沢な予算がある現場ではない。撮影に参加する人間のPCR検査をはじめ、対策を強くすればするほど時間がかかる。これまで1日でできたことに2日かかれば、それだけコストもかさむ。
今回はAmazonでの配信という形で作品が世に出る形となったが、ミニシアターを含む映画館は、現在もまだ客席を満席にできない。「いままでベースにしていた見積もりは崩れてしまうこともある。しかしコストがこれまで以上にかかってしまうと、どうしてもそのしわ寄せが現場にいってしまうリスクはあります」と頭を抱える。予算に合わせて撮影日数が減ってしまえば、表現にも限界が生じてきてしまう。
それでも加藤氏は「映像作品が作れないということほど恐ろしいことはない」と語る。今回は“緊急事態宣言”というコロナ禍をテーマにしたオムニバスだったが「この企画も今回で終わるということではなく、次につなげていきたい。一つのテーマで、いろいろな監督が限られたなかで表現方法に挑むというのは、映画ファンにとっても魅力的なことだと思うんです」。
■ピンチをチャンスに! 「若い層への企画充実のきっかけに」
コロナ禍だが、興行成績に明るい兆しも見えている。「こんな状況ですが『今日から俺は!!劇場版』などはこれまで以上に大きなヒットを記録していますよね。あのクラスの大きな作品と我々が手掛けるものはまったく違うものですが、いまの劇場は若い人に支えられているということが証明された」と分析。
「僕が普段やっている洋画の買い付け作品などを上映してもらえるミニシアターに足を運ぶ方は、シニアが多いんです。特に地方の映画館はシニアが入ってくれないと厳しい。企画自体のターゲットもシニア向けのものが多いのですが、いま劇場を支えてくれているのは若い層。その意味で、若い人たちに向けた企画を立案するチャンスだと思うんです」。
続けて加藤氏は、目先の利益を考えるとどうしてもシニア向けの作品にシフトしていきがちだが、「若い層がより映画を観るような文化になれば、映画界の未来は明るくなると思う」と前を向く。
映画に限らず、エンターテインメント業界は大きな打撃を受けている。そのなかでも「ピンチをチャンスに変えよう」という作り手の強い意志は、大きな希望の光になっていくことは間違いないだろう。(取材・文:磯部正和)
世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症。日本でも4月に緊急事態宣言が発出されると、人々の生活様式は一変した。エンターテインメント業界に与えた影響も甚大であり、携わる多くの人々は未来に大きな不安を覚えた。そんななか、5人の映画監督が、コロナ禍によってもたらされた社会の変化をテーマに『緊急事態宣言』というオムニバス作品をAmazon Prime Videoを通じて世に送り出した。本作の企画発案者である株式会社トランスフォーマーの加藤慎一郎プロデューサーに、企画意図や現在の映画業界の現状などについて聞いた。
■コロナ禍で仕事が激減
中野量太、園子温、ムロツヨシ・真鍋大度・上田誠による映像制作ユニット「非同期テック部」、三木聡、真利子哲也という日本映画界を代表するような監督たちが集結したオムニバス映画『緊急事態宣言』。タイトル通り、新型コロナウイルス感染症によって発出された緊急事態宣言をテーマに、それぞれ独自の発想で作り上げた作品だ。
企画の発端は、徐々にコロナウイルスの脅威がメディアを賑わせ始めた3月。加藤氏は普段、洋画の買い付けや配給をメインに行っていたが、映画美術を行う部署の仕事が、次々に中止になるのを横目で見ていたという。「最終的には10近くあった現場はすべて止まってしまい、再開のメドがたっていませんでした」。
こうした状況に加藤氏は「洋画業界ももちろんですが、この先、邦画界はどうなっていくんだろう」と大きな不安に駆られた。なかでも加藤氏が一番危機感を覚えたのが、クリエイターたちの生活。「あくまで個人的な思いなのですが、コロナ禍で映像作品が作れないというのは、非常に恐ろしいこと。僕はクリエイターの方々を尊敬しているので、この人たちが発表の場を失ってしまうイコール、生活の糧を失ってしまうこと。それだけはあってはならないこと」と思いを募らせた。
■絶対にクラスターを発生させてしまってはいけない
企画段階では、映画を作ったところで配給できるメドもたたず、具体的なことはなにも決まっていなかった。しかし、長年邦画に携わってきた美術スタッフのコネクションもあり、コロナ禍でも「映画を作ろう」という思いのクリエイターたちが手を挙げた。
そんななか、Amazonが企画に賛同し、作品を世に送り出すめどがたった。しかし、4月に入ると緊急事態宣言が発出され、その後も状況は刻一刻と変わっていく。行定勲監督や上田慎一郎監督がリモートで作品を作り話題にもなった。
「3月からスタートした企画ですが、参加を表明してくださった監督からも、こうした状況下いろいろなアイデアをいただきました。最初は完全リモートでの撮影を予定していたのですが、状況が変わるにつれ、単純に映画として観てもらって面白いものを作ろうという考えになっていきました」。
加藤氏の言葉通り、完全リモートでの作品から、対面で撮影した作品まで『緊急事態宣言』に収められた作品は多岐にわたる。しかし、逆に言えば、こんな状況だからこそ、感染リスクに対しては徹底する必要があった。「こういうテーマの作品で、もし我々がクラスターを発生させてしまったら、企画自体が成立しない」という緊張感のなかでの撮影だったという。
■感染予防対策を強化すればするほど予算がかかる
コロナ禍での撮影は、監督をはじめ現場スタッフには非常に難易度の高いものだった。
「感染リスクを最小限にしなければいけない。とは言え、作品を観ていただければ分かると思いますが、ずっと一人芝居で完結する物語ばかりではないので、リスクはゼロにはできません。しかもこだわりの強い監督がそろっているので、作家性を失わず感染リスクを限りなくゼロに近いところまでもっていく。そのバランスがとても難しかったです」。
しかも潤沢な予算がある現場ではない。撮影に参加する人間のPCR検査をはじめ、対策を強くすればするほど時間がかかる。これまで1日でできたことに2日かかれば、それだけコストもかさむ。
今回はAmazonでの配信という形で作品が世に出る形となったが、ミニシアターを含む映画館は、現在もまだ客席を満席にできない。「いままでベースにしていた見積もりは崩れてしまうこともある。しかしコストがこれまで以上にかかってしまうと、どうしてもそのしわ寄せが現場にいってしまうリスクはあります」と頭を抱える。予算に合わせて撮影日数が減ってしまえば、表現にも限界が生じてきてしまう。
それでも加藤氏は「映像作品が作れないということほど恐ろしいことはない」と語る。今回は“緊急事態宣言”というコロナ禍をテーマにしたオムニバスだったが「この企画も今回で終わるということではなく、次につなげていきたい。一つのテーマで、いろいろな監督が限られたなかで表現方法に挑むというのは、映画ファンにとっても魅力的なことだと思うんです」。
■ピンチをチャンスに! 「若い層への企画充実のきっかけに」
コロナ禍だが、興行成績に明るい兆しも見えている。「こんな状況ですが『今日から俺は!!劇場版』などはこれまで以上に大きなヒットを記録していますよね。あのクラスの大きな作品と我々が手掛けるものはまったく違うものですが、いまの劇場は若い人に支えられているということが証明された」と分析。
「僕が普段やっている洋画の買い付け作品などを上映してもらえるミニシアターに足を運ぶ方は、シニアが多いんです。特に地方の映画館はシニアが入ってくれないと厳しい。企画自体のターゲットもシニア向けのものが多いのですが、いま劇場を支えてくれているのは若い層。その意味で、若い人たちに向けた企画を立案するチャンスだと思うんです」。
続けて加藤氏は、目先の利益を考えるとどうしてもシニア向けの作品にシフトしていきがちだが、「若い層がより映画を観るような文化になれば、映画界の未来は明るくなると思う」と前を向く。
映画に限らず、エンターテインメント業界は大きな打撃を受けている。そのなかでも「ピンチをチャンスに変えよう」という作り手の強い意志は、大きな希望の光になっていくことは間違いないだろう。(取材・文:磯部正和)
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2020/09/13