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片岡鶴太郎“なりきる力”で切り開いた芸能生活 衰え知らずの探究心「自分自身が面白がっていたい」

 芸人、俳優、画家、書家、プロボクサー、ヨギー…このすべての肩書きに当てはまるのが片岡鶴太郎(64)だ。もともとは“ものまね”を得意としていたが、ビートたけし明石家さんまをはじめ、そうそうたるメンバーたちが笑いをかっさらった『オレたちひょうきん族』(フジテレビ 1981年〜89年)のレギュラーとして、今では事務所の後輩であるダチョウ倶楽部の十八番“おでん芸”を生み出した。芸術面でも才能を発揮し、最近では“ヨガ”にハマり、衝撃的な肉体を披露するなど、その時代によって、見せる顔が異なる鶴太郎がこれまでの芸能生活を振り返った。

■運命変えたたけし&伝説のテレビマンとの出会い 革命的だった『ひょうきん族』起用法

 1954年、東京の下町・西日暮里で生まれた鶴太郎。幼い頃から、父に連れられ“寄席”を訪れていた。「子どもの頃から落語というものに触れていたので、将来は落語家という選択肢も考えたんです。ただ、落語一本ではなく、ゆくゆくはコメディーや芝居とかいろいろやってみたいと思うと、色物の方がいいかなという風に思っていました」。得意の“ものまね”を生かして、10歳の頃には視聴者参加型番組『しろうと寄席』(フジテレビ)に出演。のちに『THE MANZAI』『笑っていいとも』『オレたちひょうきん族』などを手がけ、フジテレビの黄金時代の立役者だった横澤彪さんが番組のADを務めていた。

 「河田町でオーディションをやっていたのですが、周りはみんな大人で、子どもが僕だけの状態でした。そんな中、僕がいろいろものまねやるもんだから、横澤さんが『ここはもうちょっとこうしようか』ってアドバイスをしてくれたんです。ことのほか、かわいがってもらえて。残念ながら番組は途中で終わってしまって、僕はそこから中学・高校に行って、鶴八師匠の弟子に入ったんです。それから、芸人になって、フジテレビに行くと、横澤さんがいらっしゃって『やっぱり来たね』と声をかけてくださったんです。そこから『ひょうきん族』へとつながっていくので、この時の横澤さんとの出会いは大きかったですよ」

 1972年に高校を卒業した後、声帯模写の片岡鶴八さんに弟子入り。「師匠は、芝居仕立てで構成をされていましたね。歌舞伎のせりふなんかも全部覚えて、歌舞伎役者さんのクセとか、声のトーンとか全部覚えて、コピーしながら、ひとりで芝居をやっちゃうわけですよね。それはすごい芸でした。子どもの頃から『ゆくゆくはドラマとか芝居をやりたい』と思っていたので、師匠のところに弟子入りしました」。75年にはひとり立ちし、東宝名人会、浅草演芸場へと出演するようになるが、ここでまた運命を変える出会いがあった。

 「演芸場に出ていた頃のビートたけしさんと出会ったんですね。演芸場で私がトップバッター、2番手がツービートという時代がありまして、出番が終わると、たけしさんと2人で毎日のように飲みに行っていたんです。それがきっかけで、僕は太田プロに入りました。当時は漫才ブーム前で、たけしさんはチラチラとテレビに出るくらいだったんですけど、そうこうしているうちに、1980年の漫才ブームで一気にブレイクしちゃうわけですよ。僕はそれを一緒についていながら背中を見ていましたが、あの弾け方はすごかったし、社会現象にまでなっちゃうくらいでした」

 横澤さん、たけしとの出会いがきっかけとなり、81年に『ひょうきん族』にレギュラー出演。得意のものまねで、お茶の間の笑いを誘った。「『THE MANZAI』で漫才ブームが到来したんですけど、『ひょうきん族』では、それまでセットで出ていた漫才コンビをバラして、それぞれがピンで活躍するようになったんですよね。そこから(明石家)さんまさん、邦ちゃん(山田邦子)、高田純次さん、コント赤信号ヒップアップ島崎俊郎、川上泰生、小林進)とかが出られるようになってくるわけですから『ひょうきん族』は大きかったですよね。僕はマッチ(近藤真彦)のものまねをやって、今はダチョウ(倶楽部)がやっているおでん芸とか、いろんなことをやらせていただきました」。

■“俳優業”への挑戦で肉体改造を決意 マルチな活動の源は飽くなき探究心

 『ひょうきん族』で人気を博し、バラエティー番組への出演も増えていくなど、芸人として順調にキャリアを積み上げていた鶴太郎。そんな中、ある思いが大きくなってくる。「『ひょうきん族』のおかげで名前を出させてもらってから、いろんなバラエティー番組に出ていく中、やっぱり『芝居をやりたい』と思っていたんです。そんな時、さんまさん主演の『男女7人夏物語』(1986年)に出演したんです。それで、やっぱり本格的にドラマをやりたいと思うようになりました」。同時期にボクシングのライセンス取得を目指していたことから、役者になるための“体作り”の準備は整っていた。

 「これまではポチャっとしたバラエティー仕様の顔と肉体でしたから、いろんな役をやるには、ちゃんと体も締めていかないといけないしっていうことでボクシングをやりながら、それでいろんな役をできるように肉体改造をしたんです。一旦、そこでぜい肉をリセットしようと決めました」

 その甲斐あって、88年にはボクシングのライセンスを取得し、同年に映画『異人たちとの夏』での演技が評価されて日本アカデミー賞最優秀助演男優賞も受賞。以降は書家、画家などアート方面でも活躍しながら、一昨年にはインド政府公認「プロフェッショナルヨガ検定・インストラクター」に合格したことでも話題となった。「劇団ひとりが『ゴッドタン』で、僕のまねをしていたって聞いて見てみたら、めちゃくちゃ似ていたから驚いたんですよ(笑)。あれは、特殊メイクなんでしょ。どうやってこれ作ったのかなと思ってね。すごいよね。ヨガをやってから、イジリー岡田とか、フォーリン・ラブのバービーキンタロー。もものまねしていて、うれしいですよ。ありがたいことだよね(笑)」。

 半世紀近く芸能界で活動している鶴太郎が、これまでの経験を生かして来月からイベント『片岡鶴太郎の鶴やしき』を立ち上げる。年に数回開催する予定で、12月7日にはエド・はるみ彦摩呂松村邦洋パーマ大佐、大下香奈が出演する『寄席あつめ』(かめありリリオホール)、18日には関根勤とのものまねありのトークセッション『ちょっちゅね団子』(浅草 花劇場)を行う。「何かひとつ東京の芸人さんでもって、小屋を借りて、寄席風情のものができたらいいなと思っていたんです。それで、まずは太田プロの芸人を中心に落語と漫談の会をやってみることにしました。関根さんとは同じ時期に出てきているんですけど、意外にね、ご一緒することがないんですよ。だから、関根さんが芸能界に入って、何を思い、どういう風に、ものまねについて、格闘技について、そういうことをじっくり語りながら、1時間半台本なしで、やってみたいと思います」。

 数多くのものまねレパートリーを誇る鶴太郎だが、どうやって形にしていくのだろうか。「もう瞬間的に『これできるな』って感じる。それで、何回も反復しながら、その人のあるフレーズみたいなものを見つける。いけるなと思ったら、反復しながら、イントネーションとか、声のトーンから引っ張りながら。実際にご本人がしゃべっていることを交えながら、今度は『この人だったら、こういうことをしゃべるだろうな』っていうことを、僕がいろいろと作っていく感覚ですね。ひとつのものを会得するにあたって、やっぱり反復しかないですよね。ヨガも今9年目に入りましたが、1日も休んでないんです。もしあまりにも激しい苦行だったらつらいんでしょうけど、私の場合は毎朝起きてやりたいなと思うわけですから、やっぱり合っていたことでしょうね」。

 小さい頃から“なりきる力”と粘り強さで、マルチな分野で才能を開花してきた。「何かやっぱりひとつやって、それが終わると、また新たなことをやりたくなる。飽きるんでしょうね(笑)。あと、やっぱり自分自身が面白がっていたいというか、自分自身が面白いと思うものをこれからもやっていきたい」。飽くなき探究心は今なお衰え知らずだ。「今回の『鶴やしき』では『ねずみ』という落語に挑戦します。この年齢になったからこそ、やりたいと思える大ネタですし『これを語れるような人になれたらいいな』という憧れが強いモチベーションになっていますね」。片岡鶴太郎は自らの可能性を切り開くため、これからもファイティングポーズを取り続ける。

■片岡鶴太郎(64)。1972年、片岡鶴八に弟子入りし、東方名人会、浅草演芸場に出演。81年、バラエティー番組『オレたちひょうきん族』にレギュラー出演し、ものまねタレントとして一躍脚光を浴びる。88年にはボクシングのライセンスを取得し、映画『異人たちとの夏』では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。俳優としてのキャリアを本格化した。芸術家としての一面も持ち、94年に初の絵画展を開催してから、現在まで精力的に芸術活動を展開。2017年には、インド政府公認「プロフェッショナルヨガ検定・インストラクター」に合格するなど、多彩な顔を持つ。

『片岡鶴太郎の鶴やしき』
芸人、俳優、画家、書家、プロボクサー、ヨギーとさまざまな顔を持つ鶴太郎が「今、会いたい、話したい、今一緒に何かを作りたい」との思いから誕生。鶴太郎が生まれ育った下町を会場に、12月7日にはエド・はるみ、彦摩呂、松村邦洋、パーマ大佐、大下香奈が出演する『寄席あつめ』(かめありリリオホール)、18日には関根勤とのものまねありのトークセッション『ちょっちゅね団子』(浅草 花劇場)を行う。年4回の公演を予定している。

関連写真

  • 『片岡鶴太郎の鶴やしき』を立ち上げた片岡鶴太郎 (C)ORICON NewS inc.
  • 『片岡鶴太郎の鶴やしき』を立ち上げた片岡鶴太郎 (C)ORICON NewS inc.

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