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賛否ある東京国際映画祭 “幕の内弁当でいい”という哲学

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第24回  東京国際映画祭・久松猛朗フェスティバルディレクター

TIFFのオープニングを飾る映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』のメインビジュアル (C)2019松竹株式会社

TIFFのオープニングを飾る映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』のメインビジュアル (C)2019松竹株式会社

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 今年で32回目を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)。以前から、映画祭が近づくたびに、メディアや映画関係者から、さまざまな意見が向けられるが、今年もラインナップ発表会で、山田洋次監督が「フィロソフィーを持ってほしい」と発言したことが大きく報じられた。商業と文化というなかなか混じり合うことが難しい側面を持っている映画の未来を、TIFFはどう考えているのだろうか。

■映画祭の究極の目的は映画ファンを増やすこと

 第29回のTIFFからフェスティバルディレクターを務め、今年で3年目を迎える久松氏。前述の山田監督の提言にもあるように、映画祭に対してさまざまな方面から意見が寄せられる。なかでも山田監督が「フィロソフィーを持って」と発言したように、映画祭には、どのような哲学を持って映画に向き合うかを提示することが、携わる人間も参加する人間にも大切なことなのかもしれない。

 久松氏の考えは「経済性と文化性の融合」と明白だ。どちらか一方ではもったいないというのだ。

 「一般的には商業上映がコマーシャルサイドを応援しているので、映画祭というものは文化サイドを支援するというのは正しい解釈です。ただ、文化サイドだけを追求すると、すそ野が広がりづらくて排他的になってしまう危険性があります。TIFFはそこに行ってしまうのはもったいない。映画というものは、誰が見ても楽しめるものであり、どんな形でもいいから喜びを見つけられる希望だと思うんです。映画というすばらしいものに触れるきっかけになるような映画祭にしたい。その意味で幅広い編成になるように心掛けています」。

 「ある人はTIFFのことを『幕の内弁当みたいだね』と言うんですよ」と笑顔で語った久松氏。それでも「僕はそれでもいいと思っています。映画ファンを増やすというのが究極の目的だと思っているので」と思いは揺らがない。

■作ったものにかかった費用が回収できなければ、縮小再生産になってしまう

 そのなかで「映画の未来の開拓」がもっとも大きなテーマだという。より多くの人に映画というメディアに興味を持ってもらい、「自分でも作ってみたい」と思う人を増やすこと。久松氏がフェスティバルディレクターに就任以来、続けている「TIFFティーンズ映画教室」は3年目を迎え、今年も夏休みに中学生たちが、映画作りを体験した。また、「大学対抗ショートフィルムコンテスト」や「ヤングフィルムメーカーズフォーラム」と題して、海外からプロデューサーや、映画祭プログラマー、俳優を招き、世界の映画を語り合う特別シンポジウムなど、若い映画ファン、クリエイター創出のためのプログラムも多数ある。

 一方で、クリエイターを育てても、映画が産業として成り立たなければ、業界全体に未来はない。年間に製作される映画の数は増えているが、出口がないことで、製作費を回収できないというジレンマにもなる。久松氏は「どんなに商業性を排除しても、最低限、作ったものにかかった費用が回収できなければ、縮小再生産になってしまう。そうなれば産業として衰退してしまう」と危機感を募らせる。

 その意味でもTIFFが、アートだけではなく、エンターテインメントとしても映画を盛り上げていくことが重要だというのだ。市場を広げなければ、業界は縮小していってしまう。

 プログラムを見ていると、こうした思いは随所に垣間見える。グランプリを競う長編コンペティション部門が、映画祭の中心としてありつつ、今秋以降に公開される大作・話題作がプレミア上映される「特別招待作品」や、六本木ヒルズアリーナ・東京ミッドタウン日比谷の日比谷ステップ広場で行われる野外上映などエンタメサイドの企画、「ウルトラQ」4K上映や「東京国際ファンタスティック映画祭ナイト」などマニア向けの企画など、誰もが楽しめる構成になっている。「幕の内弁当」という表現が出ていたが、久松氏の言うように、なにかの引っかかりとして映画というメディアに興味を持ってもらえるようなプログラムが揃っている。

■東京国際映画祭のメディア露出が減っているという現状

 しかし、興味深いプログラムが揃っているものの、年々メディアがTIFFを取り上げる割合が減ってきているという感覚を持っている人も多いのではないか。映画祭のオープニングを飾るレッドカーペットイベントは多数メディアが集まるものの、その後、二の矢、三の矢が続かない。

 「映画祭の盛り上がりというのは、なかなか外から見えないというのはありますよね。いま行われているラグビーのワールドカップなどは、選手たちの活躍はもちろんなのですが、スタジアムのファンの熱気などもメディアを通して伝わりやすい。でも映画の場合、劇場内でも盛り上がっていても、興奮が外に伝わりづらい。唯一オープニングに行われるレッドカーペットイベントなどは華やかですが、どちらかというと映画祭の内容よりも、女優さんのスカートの丈の方が大きく取り上げられたりしますよね(笑)」。

 それでも、久松氏は「きっかけはなんでもいい」と視野を広げる。「好きな女優さんや俳優さんがレッドカーペットを歩くから、舞台あいさつに立つからという理由でもいいんです。とにかく入り口を提供して、映画に触れてもらう。そのなかで『あ、こんな変わった企画をやっているんだ』とか『世界中にはこんな映画があるんだ』って少しでも興味を持ってもらえたら、映画の未来につながると思うんです」。

 今年初めから、東京国際映画祭公式SNSアカウントおよび公式YouTubeチャンネルにて、オリジナル配信「TIFFStudio」をスタートし、映画祭運営側も積極的に、映画のすそ野を広げるために地道な努力を重ねている。「もちろんいろいろ批判的な意見もいただいており、改善すべき点はしていこうと思っていますが、映画祭への来場者数は増えていますし、作品を応募するクリエイターの数も増えています。普段映画を観ない人も、年間何百本も観る人も、どちらも楽しめる映画祭というのが、やはり目指しているところではあります」。

 国際映画製作者連盟が公認する国内唯一の映画祭であるTIFF。「それがどこまでの価値があるかというのは人それぞれの考え方なのですが、私自身はそのステイタスは守るべきだと思います」と語った久松氏。さらに「国からの助成金にしても、2014年に大きく上がったものの、それから少しずつ減っているため、民間企業による協力も必要になっています。そこにはコアな映画ファンだけではなく“賑わっている映画祭”というイメージも大切になってくるんです」と語る。

 久松氏がフェスティバルディレクターに就任して以来テーマとしていたアートとエンターテインメントの融合。3年目を迎える今年、それが「TIFFの哲学だ」と唸るような催しになることを期待したい。(取材・文・撮影:磯部正和)

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  • TIFFのオープニングを飾る映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』のメインビジュアル (C)2019松竹株式会社
  • 東京国際映画祭・久松猛朗フェスティバルディレクター (C)ORICON NewS inc.

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