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さくらももこさん死去から1年… 親交あった大島美幸、思い出語り涙「親戚のような先生」

 『ちびまる子ちゃん展』が8日、東京・松屋銀座で開幕した。作者・さくらももこさんが昨年8月に亡くなってから1年が経とうとしており、開幕イベントにプライベート親交があったお笑いトリオ・森三中大島美幸が駆けつけて思い出などを語った。

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 これは、テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』が、2020年1月に放送開始30周年を迎えることを記念して企画されたもので、きょう8日から26日まで開催。セル画、スケッチ画、絵コンテ、映像など約350点を展示し、昨年8月15日に乳がんのため急逝された原作者・さくらももこさん(享年53)の直筆脚本やキャラクター設定資料、プライベート作品なども公開され、アニメへの想いや日々の暮らしに迫っている。

 『ちびまる子ちゃん』の大ファンで、さくらさんとプライベートでも親交のあった大島は「出会いのきっかけは、番組で私が本を紹介する企画があり、そこで、さくらももこさんのエッセイを紹介したら、後日、直筆の手紙が吉本に届いた。『連絡ください。お家に遊びに来てください』と」と告白。

 手紙は速達できたそうで、この日、実物を自宅から持参して公開。「芸人をやっていて一番うれしかったです! え〜、日付は平成17年11月9日にいただきました」と興奮しながら「ご自宅兼仕事部屋にも見せていただいて、仕事部屋が2畳くらいのところで、『えっ!?ここで』と驚いていると、その時にサッサと私にサイン色紙を描いていただいた。もう、家宝です!」と優しさに感謝していた。

 そんな大島はテレビ番組に引っ張りだこ。さくらさんとの思い出エピソードでは「先生はお笑いが大好きなんです。私が出演していたテレビ番組とか観てくださって、逐一『面白かったよ』と言ってくれるんですよ。感想が絶対にくる」と明かし「ある日、『あいつ嫌いだ!』と番組で怒った時があったのですが、先生からすぐに電話が来て『美幸ちゃん!私もあいつ嫌いだ!私応援しているから、もっと言いな!』と来て、親戚のような先生でした」と笑わせた。

 そんな思い出話を語る中、さくらさんが亡くなってから1年経つことに触れると涙が。展覧会を観て「鳥肌ものでした。9歳からの記憶が蘇ってきた。息子が4歳なのですが、一緒に見れる時期になったのでいつも見ています。お世話になっています。シュールなところで笑いますね、野口さんとか…」と話し「先生も喜んでいると思います」とさくら作品の出会いに改めて感謝していた。

 『ちびまる子ちゃん』は、1986年に少女漫画雑誌『りぼん』(集英社)で連載を開始。静岡県清水市(現・静岡県静岡市清水区)を舞台に、そこに暮らす一家・さくら家の次女である小学3年生のまる子(さくらももこ)と、家族や友だちとの日常を、楽しく面白く、時に切なく描いた心温まる作品。

 90年1月7日にアニメ放送がはじまるとまたたく間にお茶の間の人気者になり、アニメ部門過去最高視聴率39.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区※1997年以降の測定に基づく)を記録。エンディング曲「おどるポンポコリン」はミリオンセールス、その年の日本レコード大賞を受賞した。

(c)S.P(c)S.P/N.A

関連写真

  • さくらももこさんとの思い出を振り返った大島美幸(右) (C)ORICON NewS inc.
  • さくらももこさんの私物 (C)ORICON NewS inc.
  • まるちゃんと駄菓子屋の前で写真撮影も可能 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • 『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • さくらももこさんとの思い出を振り返った大島美幸=『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.
  • さくらももこさんとの思い出を振り返った大島美幸(右)=『ちびまる子ちゃん展』内覧会の模様 (C)ORICON NewS inc.

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