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【いだてん】第1部最終回 関東大震災と復興運動会「スポーツの力」描く

 1月よりNHKで放送中の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(毎週日曜 後8:00 総合ほか)は、きょう23日放送の第24回をもって、中村勘九郎演じる金栗四三(かなくり・しそう)を主人公とした第1部の最終回を迎える。

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 明治43(1910)年10月、アジアで初のIOC委員となった嘉納治五郎(役所広司)のもとにオリンピックへの招待状が届き、初出場を決めたところからはじまった物語。翌明治44(1911)年11月に羽田運動場でオリンピック選手の競技予選会が行われ、マラソンで“世界記録”を“更新”した、東京高師の生徒・金栗四三の誕生(明治24年8月20日)から日本とオリンピックの歴史をひも解いていった。

 四三と短距離走の三島弥彦(生田斗真)の2人で初参加したスウェーデン・ストックホルム大会(1912年)は惨敗。時代は大正に変わり、次のドイツ・ベルリン大会は第一次世界大戦の長期化により中止。四三は後継者を育てるため教員となり、“駅伝”や“箱根駅伝”を生み出し、大正9(1920)年、ベルギー・アントワープで8年ぶりに開催されたオリンピックに出場。16位という不本意な成績に終わった四三だったが、今度は女子スポーツの普及という新たな目標を見つけるのだった。

 女学生たちにスポーツをすすめ、全力・熱血指導で信頼を集めていく四三。スポーツが育ってきたと感じた治五郎は、日本でオリンピックを開催できるよう神宮外苑競技場の完成を急ぐ。その矢先、大正12(1923)年9月1日、関東大震災が発生した。

 第24回では、壊滅状態になった東京の街の変わりようにショックを受けた四三だったが、“今、自分にできることは何か”に気づき、救援物資を届けるため、東京中を走り回る姿が描かれる。そして、スポーツで人びとを元気づけるために、復興運動会を開催するアイデアを思いつくのだった。

 震災直後の東京を再現したシーンを演じながら勘九郎は「ショックでしたね。どうしたらいいかわからない、という気持ちでいっぱいになりました」と、振り返った。「震災という、本当にもう何を憎めばいいというか、何に怒りをぶつけていいかわからないものに、金栗さんは出合う。僕も3.11の時、九州で舞台公演をしていたのですが、今、芝居をやっていていいのか?と、本当に思いました。みんなで話し合って、僕たちにはこれしかない、芝居しかないと。芝居を見て元気になってほしいというか、力が全国に伝わればいいなというのを信じて公演を続けました。それが金栗さんにとっては走ること、そしてスポーツの力でした」。

 復興運動会のシーンは「懐かしい人たちも出てきてお祭りのような感じで、第24回の前半とは全然違う感情で終わることができて、すごく楽しかった」と語っていた勘九郎。

 演出を担当した一木正恵氏は「勘九郎さんが3.11時に九州で公演されていた話も私の心の中に置きながら演出させていただきました。森山未来さんが出演された阪神・淡路大震災を描いた作品(2010年にNHKで放送された『その街のこども』)も頭の中にありました。東北・山形出身の峯田和伸さん、あるいは熊本出身の橋本愛さん、それから劇中で復興節を歌っていただいている大友良英さん(県立福島高校の卒業生)ら、福島の復興に向け一生懸命活動されている方たちとともに作り上げることができ、エポックメイキングな回になったと思っております」と自負を語っている。

関連写真

  • 大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』第24回(6月23日放送)より。援助物資を届ける四三(中村勘九郎)(C)NHK
  • 関東大震災により、東京は壊滅状態に(C)NHK
  • 崩れかけた寄席で落語を披露する孝蔵(森山未來)(C)NHK
  • 大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』第24回(6月23日放送)より。東京市長の永田秀次郎(イッセー尾形)に、神宮外苑競技場を避難所として提供すると申し出る嘉納治五郎(役所広司) (C)NHK
  • 大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』第24回(6月23日放送)より。震災後、熊本に帰省した四三(中村勘九郎)と、出迎えたスヤ(綾瀬はるか)(C)NHK
  • 大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』第24回(6月23日放送)より。富江(黒島結菜)ら女学生が傷ついた人々の救済にも尽力(C)NHK

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