「物心ついた頃には始まっていた父親からの性的虐待、宗教にのめり込む家族たち。愛子は自分も、自分が生きるこの世界も、誰かに殺して欲しかった。阪神淡路大震災、オウム真理教、酒鬼薔薇事件…時代は終末の予感に満ちてもいた」。ふみふみこ氏によるコミック『愛と呪い』(新潮社)は、阪神淡路大震災と酒鬼薔薇事件を10代に体験してきた、いわゆる「キレる10代」の物語となっている。今月9日に第2巻が発売されたことを受け、同時期に「毒親」をテーマにした『血の轍』を出版した押見修造氏と、ふみ氏が対談を行った。
■性差のない世界への憧れ 押見&ふみ作品の共通点は「性的な自分に対しての自己否定感」
【ふみ】私は愛子のお父さんの顔だけじゃなくて、そもそも男の人を描くのが苦手なんです。
【押見】そうですか? 愛子が想いを寄せる塩谷くんとか、ちゃんと描いてるじゃないですか。
【ふみ】だから、塩谷みたいな女の子っぽい男の子しか興味がなくて。セフレの田中とか告白してくる遠藤とか、別に顔とか興味ないからサングラスとかメガネかけたりしてごまかしてるんですけど。
【押見】本当だ(笑)。ふみさんの性への光の当て方は独特で、すごく面白いですよね。
【ふみ】自分がちょっと変だなと思うのは「性をなくしたい」みたいなことばっかり描いてしまうんです。男性性みたいなものがすごく怖いし、本当に苦手なんですよね。だから好きに描いていいと言われたら、『ぼくらのへんたい』みたいに女装男子とか描いちゃうんですよ。
【押見】確かに性別とか性差みたいなものをなくしたい、という欲望をすごく感じるんですけど、同時にそこがふみさんにとって出口なのかな、という感じもしますね。
【ふみ】出口?
【押見】あの、つまり性が消えるということが苦しみからの出口というか。何か魂が救われる手段、希望のようなものとして描いているのかなって。
【ふみ】ああ、そうかもしれないですね。私は可愛い女の子だけがいるアニメとか、『らんま1/2』みたいな性差のない漫画の世界観に救われてきたんですよね。だから「アニメとか漫画ってそういう夢の世界だよね」っていう気持ちがあって、性のない状態に憧れて描いている。でも出来上がってみると、男もいるしセックスもするし、自分から出てくるものとのギャップに苦しんでいますね。あれ、おかしいな、みたいな(笑)。
【押見】僕は逆に、作品の中で過剰に性的なものに助けを求めがちなんです。
【ふみ】私、押見さんの作品のように、自分を助けようとしてくれる異性も描けないんですよ。男になんて救われないというのが根底にあるのかもしれない。普通の女でいるということをやめて、ようやくひとりの人間になれた、みたいな話を描こうとは思っているんですけど。
【押見】いまそれ聞いて思ったんですけど、もしかしたら、僕はまだ男をやめられないのかもしれない(笑)。自分の中の男が、助けに来てくれる妄想の女の子を描かせているのかも。
【ふみ】それ面白い(笑)。
【押見】だけど結果的に、助けに来てくれる女の子はいるんだけど、自分がその人に応えられないという話ばっかり描いてますね。自分は助けてもらえる資格がない、というコンプレックスなんだと思います。ふみさんの作品に出てくる男は、確かに助けてはくれないけれど、田中が「お前は自分を特別な人間やと思いたいねん」って言うじゃないですか。あれは物語上すごく重要なセリフですよね。
【ふみ】そうなんです。田中の言ったことって冷たいんだけど、あの時の愛子に必要だったから無理やり言わせたんです。自分が被虐待児だということを拠り所にして、それを個性にしてしまうことが一番よくないと思っていたので。誰かに「そんなの特別じゃない」と言わせないといけなかった。一方で、結局自分の痛みは他人には分からないんだよ、というアンビバレントなセリフでもありますよね。「アフリカにはご飯を食べられない人がいるんだから残しちゃダメだよ」という説教とかと一緒で。
【押見】そこは恋人のような男に言われることで愛子の孤独が際立つというか、自問自答でたどり着くのとまた違いますよね。
【ふみ】実は最初、田中を女の子の設定で考えてたんです。同世代のギャルで、売春しまくってて、愛子に斡旋するくらいの。だけど女同士ってきれいなんですよ、どう描いても。
【押見】ああ、そうですね。
【ふみ】そこに幻想が生まれちゃうから、愛子に必要なことを言わせるのは、きれいな、かわいい存在じゃダメだなと思ってギリギリで変えました。男に幻想はありませんから。
【押見】男の子に救われない感じとか、女の子を拒む感じとか、僕とふみさんの作品の根底には、性的な自分に対しての自己否定感がありますよね。
【ふみ】強烈にあると思います(笑)。
【押見】自分が抱えている母親との問題が解決したりとかすれば変わるのかな、とか思ったこともあるんですけど。仮に親が死んだとしても、そのまま続いていくのかなと最近は思います。
■「酒鬼薔薇的なものを“殺す”」ために必要なこと 諦めから始まる未来がある
――『愛と呪い』2巻の衝撃的なラストは、ある意味でふみさんがこれまで描いてこられた「中二病的自我」の死とも思えるシーンでした。
【ふみ】うんうん、そうですね。自殺しようとする直前の「私は何にも悪くないのに」っていうのは、象徴的な中二病のセリフですよね(笑)。
【押見】中二病って、肥大した自意識ですよね。社会から自分が隔絶されているという意識があって、それが反転して、自分以外は全部殺そうとするのが中二病だと思っていて。でも、そういう感情自体は正常な状態だと思うんです。『愛と呪い』を読んでいても、「自分もこんな感じだったな」という瞬間がたくさんあるんですよね。クラスメートを殺す妄想とか、親の枕元でゴルフクラブを振り上げたい欲求とか。もちろん実際に振り上げてはいませんけど(笑)。だから前回ふみさんが浅野いにおさんとの対談の中で、「自分の中の酒鬼薔薇的なものを“殺す”までを描きたい」と仰っていたのが、すごくよく分かるなと思ったんです。
【ふみ】愛子は家族を殺して中二病的自我を成就させようとしたんだけど、無理だったんです。普通にもなれなかったし、特別にもなれなかった。それが二巻のラストです。
【押見】愛子はこの先、どうなっていくんでしょうね。
【ふみ】いやもう、救うために一生懸命描いてるんですけど…気づけば「救いなんてないんだ」という話ですよね(笑)。この「愛と呪い」は一生続いていくぞ、と受け入れるしかない。逆説的ですが、もしも救いがあるとしたら、諦めと慣れしかないのかなと。
【押見】よく分かります。僕も普通を諦め、特別も諦めて今があります(笑)。そこに縛られなければ、多少は楽になりますからね。
【ふみ】肥大した自意識を小さくして生きていくことが、「酒鬼薔薇的なものを“殺す”」ことに繋がるのでは、と現時点では思っています。
【押見】僕、わりとそれが成長だと思ってたんですけどね、諦めたり慣れたりすることが。
【ふみ】成長って言っていいんですかね。諦めることで、人間に対して鈍感にならざるをえない感じもあるんですよね。
【押見】でも、今までが敏感すぎたから、ちょうどよくなってるという説もありますよね(笑)。
【ふみ】たしかに(笑)。それに昔は「未来はかならず良くなるもの」って信じてたから、しんどかったんだと思うんですよね。
【押見】ふみさんが?
【ふみ】そうそう。愛子と同じで、「みんなが特別で、将来何にでもなれるよ」っていう個性教育を受けてきたので、「いや特別じゃないし、無理じゃん」っていう絶望が生まれるんだと思うんです。
【押見】僕自身は、大学では溶け込めないし、友達できないし、留年するし、お先真っ暗だと思ってましたね。だから未来に期待するとかなかったですね。それは今もあんまり変わらないです。
【ふみ】そう、未来なんてないじゃんっていうところに立って、諦めがついて、初めてはじまる道があるんじゃないかと思って描いてますね。押見さんは、登場人物を救うことを考えますか?
【押見】最終的に何らかの救いというか、生き延びる道は示されて終わるべきだと思っているので、どの作品もその道を探ることがいちばんのテーマになっている気がします。
【ふみ】『惡の華』の春日は最後、物語を書きますよね。
【押見】そうですね、あれは希望のつもりです。春日という男の子が、仲村さんという女の子の内面を想像して書いたという側面もあって。ちゃんと想像したんだよっていう意味での救いというか。
【ふみ】相手の立場を想像できるようになった。
【押見】そうですね。人のことを考えられるようになった(笑)。
【ふみ】仲村さん、狂ってないですもんね。
【押見】狂ってないですね。
【ふみ】そこが面白いなと思うんですよ。『ハピネス』の吸血鬼になりたい男も狂ってないし、本当は『血の轍』のお母さんも狂ってないじゃないですか。
【押見】そうですね。いや、そこを看破していただいて嬉しいです。僕は狂っていると思われている人にも、その人なりの必然性や苦しみがあると思うんですよ。それは他人には分からないことだと思うので、そういう意味で狂っている人は一人もいないんじゃないかと思って描いてるんですけど。
【ふみ】人間をよく見ていらっしゃるのかもしれませんね。
【押見】でも『血の轍』はどうなるかまだ本当に分からないですね。救いが見つかるかも分からないし、描き終わったら引退するかもしれないとさえ思ってます(笑)。
【ふみ】そうなんですか?
【押見】毎回そういう気持ちではいるんですけど。もうこれ以上描きたいものはないと。『惡の華』の時も全部吐き出して、その時はどこか「治った」感じがするんです。でもしばらく経つと、「なんか違うな」「まだあるな」と思って、また描き出す。『血の轍』は終わってないですけど、最後までいったら虚脱しそうだなという気がします。その描きたいものがなくなっちゃった状態で、また食い扶持(ぶち)を見つけないといけないのかと、すでに怯えてますね。
【ふみ】また「未来はない」って話になってしまった(笑)。
【押見】(笑)。そうやってまた、続いていくのかもしれないですね。
【ふみふみこ】
1982年奈良県生まれ。2006年『ふんだりけったり』で「Kiss」ショートマンガ大賞・佳作を受賞しデビュー。既刊作に『女の穴』、『ぼくらのへんたい』など。『愛と呪い』を「yom yom」で連載するほか、「LINEマンガ」で『qtμt』も連載中(作画担当)
【押見修造】
1981年群馬県生まれ。2002年、ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン掲載の「スーパーフライ」にてデビュー。既刊作に19年秋の映画化を控える『惡の華』、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』、『ハピネス』、『血の轍』などがある。
■性差のない世界への憧れ 押見&ふみ作品の共通点は「性的な自分に対しての自己否定感」
【押見】そうですか? 愛子が想いを寄せる塩谷くんとか、ちゃんと描いてるじゃないですか。
【ふみ】だから、塩谷みたいな女の子っぽい男の子しか興味がなくて。セフレの田中とか告白してくる遠藤とか、別に顔とか興味ないからサングラスとかメガネかけたりしてごまかしてるんですけど。
【押見】本当だ(笑)。ふみさんの性への光の当て方は独特で、すごく面白いですよね。
【ふみ】自分がちょっと変だなと思うのは「性をなくしたい」みたいなことばっかり描いてしまうんです。男性性みたいなものがすごく怖いし、本当に苦手なんですよね。だから好きに描いていいと言われたら、『ぼくらのへんたい』みたいに女装男子とか描いちゃうんですよ。
【押見】確かに性別とか性差みたいなものをなくしたい、という欲望をすごく感じるんですけど、同時にそこがふみさんにとって出口なのかな、という感じもしますね。
【ふみ】出口?
【押見】あの、つまり性が消えるということが苦しみからの出口というか。何か魂が救われる手段、希望のようなものとして描いているのかなって。
【ふみ】ああ、そうかもしれないですね。私は可愛い女の子だけがいるアニメとか、『らんま1/2』みたいな性差のない漫画の世界観に救われてきたんですよね。だから「アニメとか漫画ってそういう夢の世界だよね」っていう気持ちがあって、性のない状態に憧れて描いている。でも出来上がってみると、男もいるしセックスもするし、自分から出てくるものとのギャップに苦しんでいますね。あれ、おかしいな、みたいな(笑)。
【押見】僕は逆に、作品の中で過剰に性的なものに助けを求めがちなんです。
【ふみ】私、押見さんの作品のように、自分を助けようとしてくれる異性も描けないんですよ。男になんて救われないというのが根底にあるのかもしれない。普通の女でいるということをやめて、ようやくひとりの人間になれた、みたいな話を描こうとは思っているんですけど。
【押見】いまそれ聞いて思ったんですけど、もしかしたら、僕はまだ男をやめられないのかもしれない(笑)。自分の中の男が、助けに来てくれる妄想の女の子を描かせているのかも。
【ふみ】それ面白い(笑)。
【押見】だけど結果的に、助けに来てくれる女の子はいるんだけど、自分がその人に応えられないという話ばっかり描いてますね。自分は助けてもらえる資格がない、というコンプレックスなんだと思います。ふみさんの作品に出てくる男は、確かに助けてはくれないけれど、田中が「お前は自分を特別な人間やと思いたいねん」って言うじゃないですか。あれは物語上すごく重要なセリフですよね。
【ふみ】そうなんです。田中の言ったことって冷たいんだけど、あの時の愛子に必要だったから無理やり言わせたんです。自分が被虐待児だということを拠り所にして、それを個性にしてしまうことが一番よくないと思っていたので。誰かに「そんなの特別じゃない」と言わせないといけなかった。一方で、結局自分の痛みは他人には分からないんだよ、というアンビバレントなセリフでもありますよね。「アフリカにはご飯を食べられない人がいるんだから残しちゃダメだよ」という説教とかと一緒で。
【押見】そこは恋人のような男に言われることで愛子の孤独が際立つというか、自問自答でたどり着くのとまた違いますよね。
【ふみ】実は最初、田中を女の子の設定で考えてたんです。同世代のギャルで、売春しまくってて、愛子に斡旋するくらいの。だけど女同士ってきれいなんですよ、どう描いても。
【押見】ああ、そうですね。
【ふみ】そこに幻想が生まれちゃうから、愛子に必要なことを言わせるのは、きれいな、かわいい存在じゃダメだなと思ってギリギリで変えました。男に幻想はありませんから。
【押見】男の子に救われない感じとか、女の子を拒む感じとか、僕とふみさんの作品の根底には、性的な自分に対しての自己否定感がありますよね。
【ふみ】強烈にあると思います(笑)。
【押見】自分が抱えている母親との問題が解決したりとかすれば変わるのかな、とか思ったこともあるんですけど。仮に親が死んだとしても、そのまま続いていくのかなと最近は思います。
■「酒鬼薔薇的なものを“殺す”」ために必要なこと 諦めから始まる未来がある
――『愛と呪い』2巻の衝撃的なラストは、ある意味でふみさんがこれまで描いてこられた「中二病的自我」の死とも思えるシーンでした。
【ふみ】うんうん、そうですね。自殺しようとする直前の「私は何にも悪くないのに」っていうのは、象徴的な中二病のセリフですよね(笑)。
【押見】中二病って、肥大した自意識ですよね。社会から自分が隔絶されているという意識があって、それが反転して、自分以外は全部殺そうとするのが中二病だと思っていて。でも、そういう感情自体は正常な状態だと思うんです。『愛と呪い』を読んでいても、「自分もこんな感じだったな」という瞬間がたくさんあるんですよね。クラスメートを殺す妄想とか、親の枕元でゴルフクラブを振り上げたい欲求とか。もちろん実際に振り上げてはいませんけど(笑)。だから前回ふみさんが浅野いにおさんとの対談の中で、「自分の中の酒鬼薔薇的なものを“殺す”までを描きたい」と仰っていたのが、すごくよく分かるなと思ったんです。
【ふみ】愛子は家族を殺して中二病的自我を成就させようとしたんだけど、無理だったんです。普通にもなれなかったし、特別にもなれなかった。それが二巻のラストです。
【押見】愛子はこの先、どうなっていくんでしょうね。
【ふみ】いやもう、救うために一生懸命描いてるんですけど…気づけば「救いなんてないんだ」という話ですよね(笑)。この「愛と呪い」は一生続いていくぞ、と受け入れるしかない。逆説的ですが、もしも救いがあるとしたら、諦めと慣れしかないのかなと。
【押見】よく分かります。僕も普通を諦め、特別も諦めて今があります(笑)。そこに縛られなければ、多少は楽になりますからね。
【ふみ】肥大した自意識を小さくして生きていくことが、「酒鬼薔薇的なものを“殺す”」ことに繋がるのでは、と現時点では思っています。
【押見】僕、わりとそれが成長だと思ってたんですけどね、諦めたり慣れたりすることが。
【ふみ】成長って言っていいんですかね。諦めることで、人間に対して鈍感にならざるをえない感じもあるんですよね。
【押見】でも、今までが敏感すぎたから、ちょうどよくなってるという説もありますよね(笑)。
【ふみ】たしかに(笑)。それに昔は「未来はかならず良くなるもの」って信じてたから、しんどかったんだと思うんですよね。
【押見】ふみさんが?
【ふみ】そうそう。愛子と同じで、「みんなが特別で、将来何にでもなれるよ」っていう個性教育を受けてきたので、「いや特別じゃないし、無理じゃん」っていう絶望が生まれるんだと思うんです。
【押見】僕自身は、大学では溶け込めないし、友達できないし、留年するし、お先真っ暗だと思ってましたね。だから未来に期待するとかなかったですね。それは今もあんまり変わらないです。
【ふみ】そう、未来なんてないじゃんっていうところに立って、諦めがついて、初めてはじまる道があるんじゃないかと思って描いてますね。押見さんは、登場人物を救うことを考えますか?
【押見】最終的に何らかの救いというか、生き延びる道は示されて終わるべきだと思っているので、どの作品もその道を探ることがいちばんのテーマになっている気がします。
【ふみ】『惡の華』の春日は最後、物語を書きますよね。
【押見】そうですね、あれは希望のつもりです。春日という男の子が、仲村さんという女の子の内面を想像して書いたという側面もあって。ちゃんと想像したんだよっていう意味での救いというか。
【ふみ】相手の立場を想像できるようになった。
【押見】そうですね。人のことを考えられるようになった(笑)。
【ふみ】仲村さん、狂ってないですもんね。
【押見】狂ってないですね。
【ふみ】そこが面白いなと思うんですよ。『ハピネス』の吸血鬼になりたい男も狂ってないし、本当は『血の轍』のお母さんも狂ってないじゃないですか。
【押見】そうですね。いや、そこを看破していただいて嬉しいです。僕は狂っていると思われている人にも、その人なりの必然性や苦しみがあると思うんですよ。それは他人には分からないことだと思うので、そういう意味で狂っている人は一人もいないんじゃないかと思って描いてるんですけど。
【ふみ】人間をよく見ていらっしゃるのかもしれませんね。
【押見】でも『血の轍』はどうなるかまだ本当に分からないですね。救いが見つかるかも分からないし、描き終わったら引退するかもしれないとさえ思ってます(笑)。
【ふみ】そうなんですか?
【押見】毎回そういう気持ちではいるんですけど。もうこれ以上描きたいものはないと。『惡の華』の時も全部吐き出して、その時はどこか「治った」感じがするんです。でもしばらく経つと、「なんか違うな」「まだあるな」と思って、また描き出す。『血の轍』は終わってないですけど、最後までいったら虚脱しそうだなという気がします。その描きたいものがなくなっちゃった状態で、また食い扶持(ぶち)を見つけないといけないのかと、すでに怯えてますね。
【ふみ】また「未来はない」って話になってしまった(笑)。
【押見】(笑)。そうやってまた、続いていくのかもしれないですね。
【ふみふみこ】
1982年奈良県生まれ。2006年『ふんだりけったり』で「Kiss」ショートマンガ大賞・佳作を受賞しデビュー。既刊作に『女の穴』、『ぼくらのへんたい』など。『愛と呪い』を「yom yom」で連載するほか、「LINEマンガ」で『qtμt』も連載中(作画担当)
【押見修造】
1981年群馬県生まれ。2002年、ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン掲載の「スーパーフライ」にてデビュー。既刊作に19年秋の映画化を控える『惡の華』、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』、『ハピネス』、『血の轍』などがある。
2019/02/27