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城彰二氏は「日本の宝だった」と述懐 “市船”史上最高ストライカーを大追跡

11月18日放送、TBS系『消えた天才』市立船橋の歴代最高選手と言われた彼の今を大追跡(C)TBS

11月18日放送、TBS系『消えた天才』市立船橋の歴代最高選手と言われた彼の今を大追跡(C)TBS

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 18日放送のTBS系『消えた天才』(後7:00〜8:54)では、高校サッカーの名門・市立船橋の歴代最高選手と言われながら、プロのリーグ戦に1度も出場することなく消えた天才ストライカーを追跡する。

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 市立船橋高校サッカー部は、これまで79人ものプロ選手を輩出し、全国高校選手権優勝5回、インターハイ優勝9回を誇る名門校。そんな精鋭揃いのチームで歴代最高の天才は誰かと関係者に訊くと、誰もがその名を挙げる天才がいた。

 その天才は、1994年の全国高校サッカー選手権決勝でハットトリックを達成し、チームを優勝に導いた選手。現在、同校サッカー部監督で、天才のチームメイトだったという朝岡隆蔵氏がインタビューに応じ、「天才でした。あんなストライカーは指導人生で見たことがない」と、そのスゴさを絶賛。他の関係者も、「得点嗅覚が素晴らしい。天性のもの」「原石の大きさは一番だった」と口を揃える。

 そして、高校卒業後は鳴り物入りでJリーグ・ジェフ市原に入団。天才と同じポジションで、1年早く同チームに入団した元サッカー日本代表の城彰二氏は、「ずば抜けた天才」「日本の宝だった」と、当時を振り返る。

 しかし、城氏が20歳で日本代表に選ばれ、エースとしてW杯初出場に貢献したのに対し、天才は日本代表に選ばれるどころか、リーグ戦に一度も出場することなく入団後2年で戦力外通告を受けた。

 番組では“消えた天才”の今を大追跡。インタビューに応じた天才は「モチベーションが完全になくなった」という当時の心境を告白する。また、日本サッカー界を激震させた1998年のある出来事が、その後の人生を変えたというエピソードも明かす。

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  • 市立船橋の歴代最高選手と言われた天才について語る城彰二氏(C)TBS

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