大阪・PL学園で1年夏から甲子園に夏春5大会すべて出場し、投手として通算20勝を挙げた桑田真澄氏が、30日放送のTBS系『消えた天才』(後9:00〜10:48)に出演。天才集団と呼ばれた、1985年夏の甲子園優勝メンバーについて語る。
当時のPLは、エース・桑田と怪物・清原和博だけでなく、甲子園歴代最高の1試合でのチーム打率(5割9分3厘)や1試合の安打数(32本)と得点(29点)の今も破られていない大記録を作った。100年続く甲子園の歴史の中で“史上最強チーム”と言われているメンバーに対し桑田氏は、「優勝メンバー全員がプロにいける実力があった」と、当時を振り返った。
あれから33年、プロ野球でも活躍した桑田、清原以外のPL最強メンバーは、高校卒業後どのような人生を歩んだのか。番組では、桑田氏の解説を交えて彼らの今をまとめて大追跡する。
すると、ある天才は10億円もの借金を背負い極貧生活を送り、桑田氏が「僕と清原に負けないくらいの才能を持っていた」と認める天才は総資産4兆5千億円の世界一の大企業で成功していた、などの衝撃の事実が明らかになる。
当時のPLは、エース・桑田と怪物・清原和博だけでなく、甲子園歴代最高の1試合でのチーム打率(5割9分3厘)や1試合の安打数(32本)と得点(29点)の今も破られていない大記録を作った。100年続く甲子園の歴史の中で“史上最強チーム”と言われているメンバーに対し桑田氏は、「優勝メンバー全員がプロにいける実力があった」と、当時を振り返った。
すると、ある天才は10億円もの借金を背負い極貧生活を送り、桑田氏が「僕と清原に負けないくらいの才能を持っていた」と認める天才は総資産4兆5千億円の世界一の大企業で成功していた、などの衝撃の事実が明らかになる。
2018/09/29