5月26日の朝4時50分、フリーアナウンサー・生島ヒロシ(66)は10分後に迫った4994回目のラジオの生放送に向け、新聞にじっくり目を通していた。取材する記者の存在に気付き、明るい声で「きょうは、よろしくね!」と迎えてくれたが、よくよく見ると、おでこに冷却シート、首にはネックウォーマー、足下は電気カーペットという不思議なスタイル。「血行を良く、でも頭はクールに」という独自の健康法を編み出し、リスナーに活力を与えてきた帯番組『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』(TBSラジオ 月〜金 前5:00)が、あす5日に放送5000回を迎える。その極意に迫るべく、現場に“潜入”してみた。
■ラジオでも身振り手振りで伝える理由 師匠・大沢悠里の“オモタメ精神”貫く
朝5時ちょうどに番組がスタートすると、生島節を効かせつつ政治・経済・スポーツ・芸能などのニュースを約10分でサラッと紹介。この部分を聞くだけで、重要なニュースがスッと耳に入ってくる。これは、師と仰ぐラジオ界のレジェンド・大沢悠里(76)の助言によるものだ。「はじめのうちは僕もそうしていたのですが、朝起きて最初の情報で、パーソナリティー個人の話をああだこうだ言われても、ためにならない。それで、悠里さんが『面白くてためになる“オモタメ”を意識しろ。旬の情報を加工しないでいいから、どんどん流してくれ。そうすれば、こんなことがあったんだなってわかるだろ』と教えてくれました」。
生島の様子をスタジオの外から眺めてみると、とにかく身振り手振りが多い。金曜日を担当するディレクター・植木和代氏は、このボディーランゲージが番組の勢いにつながっていると分析する。「本当によく動き回っていて、ちょっとでも合間の時間があれば筋トレをすることもあります(笑)。気象情報やゲストの方をお迎えする時以外は、基本的に生島さんの“ひとりしゃべり”なのですが、マイクの向こう側にいるリスナーの方々が見えていて、自分の目の前にリスナーがいるつもりで、全身を使って伝えているのだと思います」。
民放ラジオにとって、非常に重要な“生CM”のコーナーでも生島流だ。商品の情報などを伝えるため、基本的には原稿通りに読む事が求められるが、生島はそこにアレンジを加えて魅力を伝える。その生きた声がリスナーにも届いており、広告の費用対効果は最高レベル。そこにも、師匠・大沢悠里の教えが生きていると生島はしみじみと語る。
「CMもとっても重要な情報だと考えて、それをエンターテイメントにすることで、それがレスポンスにつながる。ネット広告の良さもありますが、僕たちは、パーソナリティーの生の声で温かみをプラスできる。そこはメリットだと思うので、逆にAMラジオだからこそ伝えられるものがあると僕は信じています」。
■番組スタート時は「針のむしろ」 しゃべりと愛嬌で築き上げた“生島流”で20年目
前任者の榎本勝起(87)から引き継ぐ形で1998年に番組がスタートしてから、今年で20年目。アナウンサーとしてのキャリアは十分にあった生島だが、番組が始まってからの3ヶ月は、苦悩の日々が続いた。「榎本さんは、まさにしゃべり手としての知の巨人で、ゆったりとしゃべって話しかけるタイプ。それに比べて、僕はどうしても情報を多く伝えたいと思って早口になる。そうすると、榎本さんのペースに慣れていたリスナーの方から、たくさん苦情が来て『また戻せ』とか言われて…それはもう、針のむしろの3ヶ月でした」。そんな逆境を、大沢をはじめとした先輩の教えを支えに乗り越えてきた。
先輩たちの金言を胸に走り続けてきて、気付けば5000回。朝3時半には起床するという生活スタイルも、番組の根幹もブレていない。「こんなに続くとは思わなかった。悠里さんじゃないですが、コツコツ階段を一歩ずつ上がっていく。そうすると気づけば5000段ということですから、悠里さんにはまだまだ及びませんが、僕は僕でとにかく朝の時間、世の中には大変なこともいっぱいあるけど、聞いてくださる方が元気にやってみようかって思ってくださればうれしい。一番の目標は皆さんが明るく、前向きになることですね」。
御年66歳とは思えないほど、気力・体力ともに充実している。一昨年、ライザップで2ヶ月にわたって肉体改造に挑戦。体重9.1キロ減、体脂肪率6.2%減で見事な体を手に入れたことで、絶好調に磨きがかかった。今でもラジオ終わりにはジムに通い、体型キープに努める。「あの時は、トータルで15キロ減りました。今も適正な体重っていうのを意識しています。とにかく『日本の朝を元気にする!』っていうことでやっていますから」。
スタジオ内に持ち込んでいたハチミツの瓶をひっくり返したり、大きなくしゃみをしたりといった放送中の“豪快なミス”も魅力のひとつ。「これは、萩本欽一さんが『間違いが面白いのよ。常に完璧にやろうと思わないほうがいいよ』ということをおっしゃってくれたのですが、常に家の中から放送している感じが一番面白いというアドバイスは印象に残っています。ただ、最近は花粉症の症状が軽くなっちゃって、リスナーの方から『最近は、くしゃみが少ないですね』とか言われますよ(笑)」。
記念すべき5000回目は、番組初となるハワイからの生放送。「これはありがたいですよ。コストもかかると思いますけど、局の粋なはからいと心意気に感謝しています。このご厚意に報いたいし、これからも皆さんに聞いていただきたいと思います」と意気込むと、一拍置いてこう切り出した。「ラジオは、ありのままの自分を出せるんじゃないかと思います。より素の生島ヒロシをわかってもらうためには、ラジオを聞いていただくのが一番ですね。これからも日本の朝に元気を届けますよ!」。世知辛い世の中だからこそ、これからも生島はオモタメ精神を胸に、リスナーたちの“一服の清涼剤”としてしゃべり続ける。
■ラジオでも身振り手振りで伝える理由 師匠・大沢悠里の“オモタメ精神”貫く
朝5時ちょうどに番組がスタートすると、生島節を効かせつつ政治・経済・スポーツ・芸能などのニュースを約10分でサラッと紹介。この部分を聞くだけで、重要なニュースがスッと耳に入ってくる。これは、師と仰ぐラジオ界のレジェンド・大沢悠里(76)の助言によるものだ。「はじめのうちは僕もそうしていたのですが、朝起きて最初の情報で、パーソナリティー個人の話をああだこうだ言われても、ためにならない。それで、悠里さんが『面白くてためになる“オモタメ”を意識しろ。旬の情報を加工しないでいいから、どんどん流してくれ。そうすれば、こんなことがあったんだなってわかるだろ』と教えてくれました」。
生島の様子をスタジオの外から眺めてみると、とにかく身振り手振りが多い。金曜日を担当するディレクター・植木和代氏は、このボディーランゲージが番組の勢いにつながっていると分析する。「本当によく動き回っていて、ちょっとでも合間の時間があれば筋トレをすることもあります(笑)。気象情報やゲストの方をお迎えする時以外は、基本的に生島さんの“ひとりしゃべり”なのですが、マイクの向こう側にいるリスナーの方々が見えていて、自分の目の前にリスナーがいるつもりで、全身を使って伝えているのだと思います」。
民放ラジオにとって、非常に重要な“生CM”のコーナーでも生島流だ。商品の情報などを伝えるため、基本的には原稿通りに読む事が求められるが、生島はそこにアレンジを加えて魅力を伝える。その生きた声がリスナーにも届いており、広告の費用対効果は最高レベル。そこにも、師匠・大沢悠里の教えが生きていると生島はしみじみと語る。
「CMもとっても重要な情報だと考えて、それをエンターテイメントにすることで、それがレスポンスにつながる。ネット広告の良さもありますが、僕たちは、パーソナリティーの生の声で温かみをプラスできる。そこはメリットだと思うので、逆にAMラジオだからこそ伝えられるものがあると僕は信じています」。
■番組スタート時は「針のむしろ」 しゃべりと愛嬌で築き上げた“生島流”で20年目
前任者の榎本勝起(87)から引き継ぐ形で1998年に番組がスタートしてから、今年で20年目。アナウンサーとしてのキャリアは十分にあった生島だが、番組が始まってからの3ヶ月は、苦悩の日々が続いた。「榎本さんは、まさにしゃべり手としての知の巨人で、ゆったりとしゃべって話しかけるタイプ。それに比べて、僕はどうしても情報を多く伝えたいと思って早口になる。そうすると、榎本さんのペースに慣れていたリスナーの方から、たくさん苦情が来て『また戻せ』とか言われて…それはもう、針のむしろの3ヶ月でした」。そんな逆境を、大沢をはじめとした先輩の教えを支えに乗り越えてきた。
先輩たちの金言を胸に走り続けてきて、気付けば5000回。朝3時半には起床するという生活スタイルも、番組の根幹もブレていない。「こんなに続くとは思わなかった。悠里さんじゃないですが、コツコツ階段を一歩ずつ上がっていく。そうすると気づけば5000段ということですから、悠里さんにはまだまだ及びませんが、僕は僕でとにかく朝の時間、世の中には大変なこともいっぱいあるけど、聞いてくださる方が元気にやってみようかって思ってくださればうれしい。一番の目標は皆さんが明るく、前向きになることですね」。
御年66歳とは思えないほど、気力・体力ともに充実している。一昨年、ライザップで2ヶ月にわたって肉体改造に挑戦。体重9.1キロ減、体脂肪率6.2%減で見事な体を手に入れたことで、絶好調に磨きがかかった。今でもラジオ終わりにはジムに通い、体型キープに努める。「あの時は、トータルで15キロ減りました。今も適正な体重っていうのを意識しています。とにかく『日本の朝を元気にする!』っていうことでやっていますから」。
スタジオ内に持ち込んでいたハチミツの瓶をひっくり返したり、大きなくしゃみをしたりといった放送中の“豪快なミス”も魅力のひとつ。「これは、萩本欽一さんが『間違いが面白いのよ。常に完璧にやろうと思わないほうがいいよ』ということをおっしゃってくれたのですが、常に家の中から放送している感じが一番面白いというアドバイスは印象に残っています。ただ、最近は花粉症の症状が軽くなっちゃって、リスナーの方から『最近は、くしゃみが少ないですね』とか言われますよ(笑)」。
記念すべき5000回目は、番組初となるハワイからの生放送。「これはありがたいですよ。コストもかかると思いますけど、局の粋なはからいと心意気に感謝しています。このご厚意に報いたいし、これからも皆さんに聞いていただきたいと思います」と意気込むと、一拍置いてこう切り出した。「ラジオは、ありのままの自分を出せるんじゃないかと思います。より素の生島ヒロシをわかってもらうためには、ラジオを聞いていただくのが一番ですね。これからも日本の朝に元気を届けますよ!」。世知辛い世の中だからこそ、これからも生島はオモタメ精神を胸に、リスナーたちの“一服の清涼剤”としてしゃべり続ける。
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2017/06/04