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岩城滉一&萬田久子、世界遺産登録目前の富士山へ 地井さん一周忌を偲ぶ

 俳優の岩城滉一萬田久子が、BS朝日の人気番組『極上空間』(8日 後11:09)に出演し、世界遺産登録目前の富士山へ向けてドライブを楽しんだ。同番組は、さまざまな組み合わせのゲスト二人が、車に乗ってさまざまな場所へ出かけながらトークを繰り広げる番組。20数年来の友人で、共演する時はいつも恋人同士の役だったという二人は、今回のロケもドラマの1シーンのような大人のムードたっぷり。また、二人と親交があり昨年6月に亡くなった故・地井武男さんを偲んで思い出を語り合った。

 日本のタレント初となる民間人宇宙飛行に挑戦することを発表している岩城。少年の頃からオートバイが大好きで、バイクチーム「クールス」を結成していた。東映にスカウトされ、1975年『青春讃歌・暴力学園大革命』で俳優として芸能界デビューした。当初は演技などに興味もなかったというが、脚本家の倉本聰氏との出会いで変わったという。1981年の『北の国から』に出演した際は、「本読み・立稽古の時泣いちゃったんだよ。初めて」と明かす。

 1年のうち10ヶ月も北海道ロケを行っていたため、当時4歳の娘からの手紙でホームシックにかかって布団で泣いてしまったこともあったという。そんな時に、元気づけてくれたのが共演の地井さんだったといい、「本当の兄貴のような存在だった」としみじみ。萬田も地井さんが亡くなる直前までレギュラー番組で共演し、「親戚のオジサンみたいな存在」だったと懐かしんだ。

 「ミス・ユニバース 日本代表」に選ばれたのをキッカケに芸能界入りした萬田も「当時は東京に行きたい一心で、女優の仕事をやる自覚なんてなかった」と話す。「あの頃は、髪もクルクルに巻いて厚化粧してオーディション行っても落ちまくりだった」と笑い、当時のマネージャーから「次はスッピンで、パーマを落としてオーディションに行きなさいと言われて言う通りにしたら、NHKの朝ドラ(『なっちゃんの写真館』)で女優デビューが決まった」と若き日のエピソードを披露。26歳で出会い、2011年に亡くなったパートナーのことや「ニューヨークでの出産が私の転機だった。子育ても楽しかった」とも話していた。



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