俳優の三國連太郎さん(享年90)が14日に死去したことを受け、映画『釣りバカ日誌』全シリーズの脚本を担当してきた山田洋次監督(81)が、松竹を通してFAXでコメントを発表した。
山田監督は、長年共に作品を作り続けてきた三國さんについて「一本の作品にワンカット出演するだけで、その作品全体がぐっと安定する、三國連太郎さんはそんな錨(いかり)のような、重い重い錨のような俳優でした。いや、一本の作品だけではなく、戦後の長い歴史の中で、錨のように日本映画を支え続けたこの人の功績の大きさははかりしれません」と故人を回顧。
さらに「三國さんをもう見ることができない、あの大きなどっしりした身体、彫りの深い顔、そして魅力的なバリトンの声が再び聞けないことを、心から淋しく、悲しく思います」と別れを偲んだ。
また、同シリーズ11〜13まで監督を務めた本木克英氏(49)もコメントを寄せ、「助監督であった『利休』(勅使河原宏監督)から『釣りバカ日誌』シリーズまで、身内のように優しくさせて頂いた。書き込んで真っ赤になった台本を前に、いつも議論を重ねた。役への妥協なき探究心だけでなく、喜劇論や巨匠監督の逸話など、多くを学んだ。日本映画全盛期を支えた大名優でありながら気さくに接して下さった優しいお人柄も忘れられない。この一年体調が悪く心配していたが、1月にお見舞いに伺ったのが最後となり、無念に思うばかりである」と無念の思いを明かした。
山田監督は、長年共に作品を作り続けてきた三國さんについて「一本の作品にワンカット出演するだけで、その作品全体がぐっと安定する、三國連太郎さんはそんな錨(いかり)のような、重い重い錨のような俳優でした。いや、一本の作品だけではなく、戦後の長い歴史の中で、錨のように日本映画を支え続けたこの人の功績の大きさははかりしれません」と故人を回顧。
また、同シリーズ11〜13まで監督を務めた本木克英氏(49)もコメントを寄せ、「助監督であった『利休』(勅使河原宏監督)から『釣りバカ日誌』シリーズまで、身内のように優しくさせて頂いた。書き込んで真っ赤になった台本を前に、いつも議論を重ねた。役への妥協なき探究心だけでなく、喜劇論や巨匠監督の逸話など、多くを学んだ。日本映画全盛期を支えた大名優でありながら気さくに接して下さった優しいお人柄も忘れられない。この一年体調が悪く心配していたが、1月にお見舞いに伺ったのが最後となり、無念に思うばかりである」と無念の思いを明かした。
2013/04/15