これからの時代、個人や社会は何にお金と時間を投資すべきなのか――? 著書『イシューからはじめよ』でも知られる、慶應義塾SFC教授/ヤフーCSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の安宅和人さんに、ロボット運用を展開するウェルスナビCEOの柴山和久さんが、変化の激しい時代を生き抜き、ハッピーになるための方法を聞いていきます。(撮影:梅沢香織)
偏差値80であることに価値はない
柴山和久さん(以下、柴山) 安宅さんはヤフーのCSOに加えて、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)の教授も務めておられますよね。今の若い方は、将来を見据えて時間とお金を何に投じるべきだ、とお考えですか。財務総合政策研究所「イノベーションを通した生産性向上に関する研究会」で発表された「シン・ニホン 〜AI×データ時代における日本の再生と人材育成」 の内容に重なる部分もあるかと思いますが。
安宅和人さん(以下、安宅) 色々思うところはありますね。
SFCは未来を作る人を生み出すために創立されたキャンパスで(☆)、学生たちも(慶應に以前からある学部が集まる)三田や日吉でなく、わざわざ選んでSFCに来ているはずなんですよ。でも、私のゼミ生の多くも、国内外のいわゆる大企業への就職を考えている。学生が内定の報告に来てくれたら「頑張って、社長を目指してください。三田会は、経団連(日本経済団体連合会)企業のなかで一番多くの社長を輩出しているわけだし」と声をかけます。
でも、いったい何のためにわざわざSFCに来たんだ?!という本音もつい出て(笑)、「君たちは、この4年間で積み上げてきたすべてを捨て去ろうとしているんだぞ」とついつい言ってしまう。ただ、あまり理解はされないですね。学生いわく「僕らも、とにかく1〜2年は普通の会社で働きたいんですよ」と反論します。「その1〜2年で洗脳されるんだよ」と言うんですけどねえ(笑)。
柴山 たしかに、学部と就職先の選択基準が一貫していない気がしますね。
安宅 特にこれからの時代は、稀少化して余人に替えがたい存在になることが、その人の価値創造につながる。それを学び、未来に向けて仕掛けるのがSFCというキャンパスのはずなのに、普通のレールに乗って大企業に就職するなんて、学部時代に培ってきた何かを最後の最後で捨てる行為の可能性がある、と僕は思う。
人材としてレアさを目指すのが、すべての成功要因の源泉だ、ということが腹落ちしていない。同じ尺度で競争しているなかで、偏差値80です、なんていうのはあくまでズレの範囲です。結局同じ軸で過当競争しているだけ。そうではなくて、他と違う生き物だからこそ価値がある時代に突入しているのですが…。
柴山 そうすると、新卒の就職先を間違えたというよりは、そもそものゴール設定を間違えているということですね。北に行くべきところを、南に行ってしまっている。人材としてのレアさを目指すべきところ、人気企業での過当競争に勝ち抜こうとしている。なぜ、ゴール設定に躓いてしまうのでしょうか。
安宅 親とキャンパス外の友達が「大企業に行ったほうがいいよ」とそそのかすわけです。学生たち自身も不安だから、その囁きを聞いてしまう。SFCの先生や周りの人のノリにしたがって、とりあえず会社をつくったり、大学なんて7年でもいていいんだ、なんて人と違う道をいってしまって、本当に先行き大丈夫なんだろうかと。
でもね、高級住宅地に行くとよくわかりますが、親からもらった遺産で住んでいる人以外で、大企業勤めの人なんて一人もいませんよ。つまり、大企業に行くというのは、そういう高級住宅地に住むような収入レベルに絶対到達できない道を選んでいる、ということですよね。この驚くべき事実を、まったく認識せずに生きている若者は、親と友達に洗脳されているんだと思います。
柴山 なるほど。確かに私の両親も大企業勤めでしたが、高級住宅地とはまったく縁がありません。つまり、ゴール設定を間違っているだけじゃなくて、リスクを把握できていない、ということですね。過当競争に引き込まれて消耗していくだけ、というリスクを把握・認識できていない。ただ、私も元公務員ですから、もとはそちらの道を目指していました。先ほどの話で言えば、偏差値80の世界です。
今こそ実践すべきマタイ伝の教え
安宅 柴山さんは、王道を行っていたはずの人なんですよね。もともとは(ホワイトボードで正規分布を示しつつ)、柴山さんはこの偏差値80くらいのところで生きてた人。一方で僕はそもそも軸が違う世界で生きてきました。いわゆる「ねじれの位置」の関係ですから、偏差値の世界と交わっていない。どこまでいっても交わらないことが大事なんです(笑)。柴山さんもいつの間にか、こっちの世界に降りてきた(笑)。偏差値ワールドで生きているときに、全然関係のない軸に飛び移ると、ハッピーになれるわけですよ。これって、聖書にも書いてあるんですよ、マタイ伝に。
柴山 え!?どこですか……(ウェブを検索しながら)なるほど。「狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広く、これより入る者多し。生命にいたる門は狭く、その道は細く、これを見出す者少なし。」と…
安宅 その通り! 2000年前からわかっていたことだけど、いまだにこの教えが広まっていないんです。
柴山 安宅さんは、昔から偏差値の世界からそれたところにいらしたんですか。
安宅 僕は子どもの頃から「変わってる」と言われ続けてきました。常に問題児というかちょっと外れた子どもで、中学校でも年中職員室に呼び出されて、「君は授業は受けなくていいから」と校長室の前で正座させられていたり。集団行動に向かない生き物なんですよね(笑)。みんなで仏像を見学に来たのに、一人で裏の山門の下のアリの巣に夢中になって、いなくなった!と大騒ぎされるような子どもでした。
柴山 ということは、レアな方向を意識して目指していたわけではなく、ご自身が面白いと思う方向が、他の人と違っていてレアだった、ということなのでしょうか。
安宅 競争が好きじゃないですね。人生には競争がついてまわる。でも人生というのは、ハッピーに生きることです。自分が生きる軸を、自分で見出せる人はいいんですけど、多くの人が、その判断を他人――特に身近な人に依存してしまう点に問題があると思いますね。
偏差値空間に移った瞬間、組織のパワーは失われる
柴山 だとすると、大学で教えていらっしゃることに矛盾はないのでしょうか。ご自身の判断でハッピーに生きなさい、と教えようとしても、安宅さんみたいに最初からアリの巣を観察するようにはなれないのではないか……とふと思ったのですが。
安宅 いや、SFCも入学したばかりの1年生の時点では、かなり変な人、普通ではない人が多いんですよ。意図的にそういう人をアトラクトしよう(惹きつけよう)としているので濃度は高い。だから、そういう人たちが、やっぱり周りに従ってまずは大企業に行こうなんて不安を抱かないように、不安脱却フィールドのパワーを我々がもっとあげないといけませんよね。
柴山 そうだとしたら、今やヤフーはどうなんでしょう。
安宅 うーん、「変人の巣です」といいたいですが、とはいえ今では経団連企業ですからね。ニューエコノミー側でも親が知っているということで来ている若い人も多いと思います。マナーが良く、バランスの取れた人が多い。少なくとも僕が来た11年前に沢山いたハチャメチャで面白すぎる人は明らかに減っている、少なくとも若者には少ない気がします。20年前にヤフーを選ぶような人は有望ですね。
柴山 マッキンゼーも2000年ぐらいまででしょうか。
安宅 いや、もう僕らが入社した2〜3年後くらいから世代が変わった、と言われていました。いわゆる有名企業になっちゃってたんですよ。僕らは大前(研一)さんから「草の根分けても、変なヤツを採れ」と言われてたんですけど、1995-96年あたりから東京大学の学生の2〜3人に1人は受けるような状態になっていましたよね。
柴山 じゃあマッキンゼーもヤフーも、かつては捻じれの世界にいたところから、偏差値の世界へ、空間を移ってきたんですね。
安宅 そうですね。偏差値の空間に移った時に、組織のパワーは失われると思う。エスタブリッシュメントのルートに乗ったという点では、いいのかもしれませんけど。この世界では、かけっこをただ速く走る競争に入っていくので、何も楽しくなくて辛いだけ。だから、普通にはあり得ない領域に、新粒子のような存在でいると、比較されないし、いいんですよね。
柴山 なぜエスタブリッシュ化していくんですかね。組織が大きくなるという単純な理由だけではないですよね。
安宅 いや、バブル崩壊の影響が大きかったのではないでしょうか。90年代末期には、山一證券や日本長期信用銀行(長銀)だとか、日本屈指の名門企業が軒並み崩壊していきましたよね。そこで、ジャパニーズ・スタンダードではダメなんじゃないか、外資系を目指そう、という雰囲気が広がったせいだと思います。僕が2001年末に(留学先から)マッキンゼー東京オフィスに戻ってきたときには、すっかりそういう風景になっていて、後輩たちと会うと、なんだか違う生き物みたいでしたよ。「君ら、なんだか、シュッとしてきれいだね」と(笑)。僕らドブネズミ的な人種から見ると、チーターみたいなカッコいいヤツらがいたわけですよ。...