人は自分の死を自覚した時、あるいは死ぬ時に何を思うのか。そして家族は、それにどう対処するのが最善なのか。
16年にわたり医療現場で1000人以上の患者とその家族に関わってきた看護師によって綴られた『後悔しない死の迎え方』は、看護師として患者のさまざまな命の終わりを見つめる中で学んだ、家族など身近な人の死や自分自身の死を意識した時に、それから死の瞬間までを後悔せずに生きるために知っておいてほしいことを伝える一冊です。
「死」は誰にでも訪れるものなのに、日ごろ語られることはあまりありません。そのせいか、いざ死と向き合わざるを得ない時となって、どうすればいいかわからず、うろたえてしまう人が多いのでしょう。
今回は、『後悔しない死の迎え方』の著者で看護師の後閑愛実(ごかんめぐみ)さん、『「残された時間」を告げるとき』の著者で緩和医の西智弘(にしともひろ)先生、『医者の本音』の著者で外科医の中山祐次郎(なかやまゆうじろう)先生という3人の医療者による対談を収録しました。いずれも1980年生まれの次世代を担う医療者が「これからのいのちの終わりの向き合い方」をテーマに対談しました。
看護師、医師という2つの視点から、患者さん、あるいは家族が命の終わりとどう向き合ってほしいかを語ってもらいます。(撮影:永井公作)
奇跡の時間「なかなおり」
後閑愛実さん(以下、後閑):急性期と緩和ケアの現場で働かれているお二人の先生にすごくうかがいたいことがありました。お二人は「なかなおり現象」をどう捉えていますか?
「なかなおり」は辞書だと「中直り」と書きます。どういう現象かというと、死ぬ直前に、ちょっと元気を取り戻したように見える時期のことを言います。医学的には、アドレナリンやエンドルフィンなどが作用していると言われています。
講演会でこういう話をすると「私にもあった!」「そういえばあれってそうだったのかも」って結構みなさん経験されているようです。これを『臨床の七不思議』(三五館)という本で、医師である著者の志賀貢先生は「中治り現象」と書いていますが、病気がまさに「治った」のではないかと思える時間だからでしょう。
他にもこの時間をご著書の中で「入舞(いりまい)」と書かれている先生もいます。入舞とは、歌舞伎などで演技終了後にカーテンコールみたいに舞台に演者が集まってきて「ありがとうございました」と挨拶することです。人生にもそういう時間があるよ、ということです。また、「仲良しの時間」と呼ぶ先生もいます。
私は「なかなおり」と呼んでいますが、漢字で書くと「仲直りの時間」。ちょっと元気を取り戻したように見える時期に、家族に「ありがとう」と言ったり、今までのわだかまりを解消するようなことをする患者さんが多いからです。このことをFacebookに投稿したら、看護師の友人から「うちは『仲良しタイム』って言ってる」「うちは『中直りタイム』って言ってる」などとコメントがありました。
科学的には明らかではないのだけれど、臨床の看護師は結構経験しています。これを医師はどう捉えているのかというのを聞いてみたかったんです。
中山祐次郎先生(以下、中山):「あっ、今が最後のチャンスだ」と感じることがあると、ご家族を呼び出して患者さんとの外出や外泊をすすめたり、今帰ったほうがいいですよという提案をしたりしています。今、後閑さんの話を聞いて「あるある」と思いました。
西智弘先生(以下、西):医療者でも「中直り」を知らない人のほうが多い気がしています。僕たちは医師なので、自分たちがやってる治療が効いているから今、元気になっていると思ってしまいがちかもしれません。それで中直りを見逃しているケースも結構あるようには思います。
中山:言葉自体は、僕は初めて聞きました。緩和ケアの先生たちは、みんな知っていることなんですか?
西:緩和ケア医の中でも、たぶん半分くらいしか知らないと思います。
後閑:あれだけ名前がいろいろあるから、あるのは何となくわかっているけれど、科学的に証明されているわけでも教科書に載っているわけでもないので、知らない人も多いということなんでしょうね。必ず全員にあるわけでもないですから。
西:そうそう。...