ワラビーズを率いた時、最初におこしてしまった間違いとは?
――2001年ワラビーズのA代表(ワラビーズに準ずるオーストラリア代表チーム)の指揮を執ることになったエディーさんは、ここでなんとブリティッシュライオンズを破ってしまう画期的な勝利をあげたんですよね
ラグビーでは「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」、つまりイギリス代表チームは存在しません。これに該当するいわゆるイギリス4ヵ国のオールスターチームが、このブリティッシュライオンズです。しかも4年に一度しか編成されない貴重なチームで、その都度、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの3ヵ国に順繰りに遠征して行くのです。つまりイギリスのプレーヤーにとって、ライオンズに選ばれるのはとても名誉なことですし、まして対戦する南半球の3ヵ国からすれば、ラインズは12年に一度しかやってこない、いわば憧れのチームなのです。
エディーさんはワラビーズの正代表ではない、いわば準代表を率いてこのライオンズを破ったわけですから、これは大変なことでした。
――そしていよいよ、2001年7月にワラビーズのヘッドコーチに就任しますね
一方エディーさんはブランビーズを率い、初めてスーパー12を制したオーストラリア人コーチとなり、必然的にマックイーンの後継者と目され、2001年7月下旬にワラビーズのヘッドコーチに任命されたわけです。ワラビーズにヘッドコーチが置かれるようになってから5代目のコーチでした。ちなみに初代はエディーさんの師匠筋にあたるボブ・ドゥワイヤーで、現在のヘッドコーチ、デイブ・レニーで10代目です。
――2003年のワールドカップ自国開催まで、あとわずか2年の時でした
――ここで、間違いをおかしたとエディーさんは振り返ってますね
ビジネスでも、互いに理解しあえていると信じ合う上司と部下のあいだでさえ、時としてこうした行き違いが見られるのではないでしょうか。
――本書では、「勝てる戦いに集中すること」を学んだと書かれてますね
――ワールドカップ直前にニュージーランドに大敗してしまうんですよね
ところがエディーさんは、このゲームを通じて「ニュージーランドを倒す方法が明確に見えてきた」と語っています。
――そして、照準をあわせていた準決勝ニュージーランド戦をむかえますね
このときエディーさんのとった戦略は明確でした。ニュージーランドは、フィールド上に「アンストラクチャー」と呼ばれる陣形の整わないカオスの状態が生まれたとき、一気にカウンターアタックを仕掛けてくるチームです。その強みを消すために常にボールを保持し続けようというのが、エディーさんの考えた基本的戦略だったのです。
言うのは簡単ですが、実際にそのとおり遂行するには、チーム力とプレーヤーの規律が求められます。2年前にピークを過ぎたワラビーズを引き継ぎ、ここまで立て直したエディーさんの手腕は、高く評価されて然るべきだと思いますね。
――ありがとうございます。「ワラビーズを立て直すためにエディーさんがやったこと」ついてお話をお聞きしました。次回もよろしくお願いします。...