世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。世界史を背骨に日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した『哲学と宗教全史』がついに9.2万部を突破。先日発表された「ビジネス書大賞2020」の特別賞(ビジネス教養部門)を受賞した。だがこの本、A5判ハードカバー、468ページ、2400円+税という近年稀に見る本だ。
一方、『世界標準の経営理論』も売れに売れ7万部を突破。だがこの本はさらに分厚く832ページ、2900円+税。
2冊で合計16万部! 薄い本しか売れないといわれてきた業界でこれはある種“事件”と言っていい。なぜこの「分厚い本たち」が読者の心をとらえて離さないのか。その疑問に応えるべく極めて多忙な2人の著者が初の特別対談を行った。(構成・藤吉豊)
入山:出口さんが書かれた『哲学と宗教全史』を僕は、おったまげながら読んだのですが(笑)、全世界の哲学と宗教を俯瞰的に解釈してあり、出口さんが「広い視野でものごとを見る」ことを大事にされているのがよくわかりました。
出口:部分部分が正しいからといって、全体最適にはならないですからね。
最近読んだ本の中で心に残っているのが、古代中国研究者の落合淳思(おちあいあつし)先生が書かれた『殷〜中国史最古の王朝〜』(中公新書)です。
落合先生は若い頃から、「人間の文明がこれほど進んでいるのに、どうして不正義や矛盾を解決できないのか」と、現代社会のいびつさに疑問を持ち続けていたそうです。
落合先生の専門は、中国の殷(いん)の時代の歴史です。殷では、家畜や人間をいけにえとして殺すなど、理不尽な習慣がありました。
それでも500年にわたって王朝が維持されたのは、「いけにえといったいびつな行為があっても、全体として見れば整合性がとれていて、相対的にうまくいっていた」からです。
落合先生は、「現代の社会も全体として見れば、比較的丸く収まっている」ことに気づいて、「人間社会とは、いびつな欠片が集まって一つの安定状態を形成するものだ」と結論づけています。
僕が興味を持っていたことを、落合先生はきれいに言語化してくださったと思います。大切なのは、社会全体としてうまくいっているのかどうかを見ることですよね。
入山:とても面白い指摘です。僕のような学者の仕事は、どちらかといえば木を見ること。僕も普段は、「インド地場企業の『非市場競争行動』としての賄賂活動の関する研究」といった、非常に狭い研究をしています。
『世界標準の経営理論』は、「世界で初めて経営理論を俯瞰した本」だと自負していますが、この本を学会で発表しても、業績としては認められないでしょう。経営学の世界では、全体を俯瞰する発想が欠落しているのかもしれません。...