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新生ファンモン、グループへの想いと2人での再始動への葛藤「“あの日の涙”に申し訳ない思いは今もある。でも…」
盛大な解散ライブへの罪悪感、8年で思いに変化「批判の声があっても歌いたい」

ファンキー加藤
モン吉 寂しいのはやっぱり楽屋かな。(3人の時は)ガヤガヤやっていたし、空き時間があったらどっかに遊びに行っていたし。メンバーがいたらなと思うのは、歌詞を書く時。ファンちゃん(ファンキー加藤)は歌詞担当みたいなところがあったので、ファンちゃんに書いてもらえたら助かるなあって。1回、フィーチャリングアーティストとしてオファーしたこともあるんですけど…。
ファンキー加藤お断りしたような気がします(笑)。
モン吉その時は時期尚早ということで実現しなかったんです(笑)。
――ソロの時に特に大変だなと思ったことはありますか。
ファンキー加藤ライブ中ですね。ファンモンの時って、自分がちょっと体調が悪い日は、モンちゃん(モン吉)に事前に「ちょっとカバーしてもらえる?」とか、ケミカルに「DJブースから出て来て、俺の方で煽ってくれる?」って言ったり。ソロではそれができないので、精神的に結構キツかったですね。
モン吉
ファンキー加藤俺はそこが一番デカかったんです。ケミカルがいなくなるということで、東京ドームという大きい会場で解散ライブを行ったんで、自分の中でつじつまが合わないというか。あの日、ファンの方たちが流した涙に対して申し訳ない、みたいな。そこは今も完全には割り切れていなくて…。でも、コロナ禍でやりたいこともなかなかできない今の状況下で、人生80年と考えたら、もう42歳で折り返しが過ぎてるし、やり残す後悔みたいなことは嫌だなと思ったんです。批判の声があったとしても、歌えるステージがあるなら、それで喜んでくれる人がいるなら、歌った方がいいのかなと。
モン吉解散当初はこだわりもありましたけど、時が経つにつれてそれが和らいでいって。求められているものがあるなら、それに対してやれたらなっていう思いでしたね。
――DJケミカルさんには2人で再始動することは事前に伝えましたか?
モン吉僕は直接ケミちゃんと話しました。「いいんじゃないですか?」くらいの感じでした(笑)。
ファンキー加藤ケミカルはもともと2人でやってほしかったみたいですね。あいつはあいつで、ファンモンの解散理由が自分にあるということに負い目のようなものがあったみたいで。俺らはケミカルが住職になることを最初からわかった上で一緒にやっていたので、全然負い目なんて感じる必要はないんですけど。やっぱりあいつは、そういう優しい男なんで、勝手にそう思っていたフシがあって。だから、2人でやるってなった時は、あいつは喜んでくれてました。





