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『情熱大陸』窪田等、“声を生業とする”ナレーターとしての誇り

 『情熱大陸』(MBS/TBS系)に代表される深みのあるナレーションで、長きにわたりナレーターとして活躍中の窪田等氏。近年はテレビだけでなく、YouTubeチャンネルを開設し、芥川龍之介、宮沢賢治らの名作の朗読を公開。一般的なYouTuberのように、再生数を稼ぐための戦略的な施策は一切なく、ナレーションのみで勝負するスタイルが、逆に声を武器としてきた同氏のプライドを感じさせる。ナレーター人生47年、名実ともにトップランナーとしてナレーター界に君臨する窪田氏に、これまでの歩みや、ナレーターとしての信念や美学を聞いた。

「訛りがすごかった…」コンプレックスから始まったナレーター人生

 窪田氏がナレーターとして、デビューしたのは23歳のとき。勤めていた一流企業を退職しての転身だった。

「通勤で乗っていた電車の中で、『CMナレーター養成講座 受講生募集』という中吊り広告が目に入ったんです。ナレーターという職業は、小学生のときにテレビで知って以来、非常に興味があって。高校時代も放送委員会にすごくいい声の先輩がいて、『あんなふうに喋りたい』と思って入部したくらいだったんです」

 広告を見た瞬間、学生時代に心惹かれた記憶とともに胸の高鳴りを感じた窪田氏は、すぐに応募。会社帰りに講座に通うこと1年。卒業後には、CMのナレーションの仕事がポツポツ入るようになり、「会社をそんなに休むわけにもいかないし、仕事が来るのであれば、試してみたいと欲が湧いて、思い切って会社を辞めました」と振り返る。

 転身当初こそ、アルバイトとの両立だったが、仕事を辞めて1年ほどでナレーション1本で暮らしていけるようになったという。さすが当初から実力は抜きん出ていたのだろうと思いきや、本人は「コンプレックスがあったから」とその理由を断言する。

「それまで『声がいい』と言われたこともなかったですし、褒められたことといえば、学生時代、『窪田くんの声ははっきりしている』と言われたくらい。何より(出身の)山梨訛りがすごいし、サラリーマンからナレーターになったズブの素人ですから、アナウンサーとか経験のある人たちの中で、劣っているところばかり。とにかく練習して補うしかありませんでした。そして仕事では『もうできない』は絶対言わない。何度、ダメ出しされてもやり続け、あきらめない。コンプレックスがあったから頑張れたし、しつこいほど一生懸命やるから、仕事も増えていったのではないかと思います」

「アイルトン・セナ追悼で感極まり」感情を入れた後、乾いた気持ちで読むことで生まれる抑揚

 そんな窪田氏に転機が訪れたのは、30歳前の頃。企業説明や新商品の説明のためのビデオパッケージ(VP)の仕事に携わるようになったことがきっかけだった。

「VPの原稿は長いんですよ。それまでCMの短い文章しか読んだことがなかったから、間違いばかりでぜんぜんうまく読めなくて。悔しくて、また練習の毎日(笑)。とにかく新聞や週刊誌の文章を読む練習をしました」

 そしてこの経験が、「説得力がある」と称賛される窪田氏のナレーターとしての技量を築く礎となった。

「CMは文章が短いので瞬発力が必要ですが、VPのような長い文章は説得力がなければ伝わりません。説得力を出すためには何が必要かというと、文章を理解すること。これがなかなか難しい。例えば、医学ものの文章なんてなかなか理解できませんよね。その文章をいかに僕の声で聞いている人にわかりやすく伝えるか。VPは広く世間一般に出る仕事じゃないし、難しいから嫌がる人も多いけど、僕は追求しているうちにだんだん面白くなってきましてね。『窪田さんにお願いするとわかりやすい』と言われることにすごく喜びを感じるようになったんです」

 もうひとつ、氏の礎となっている忘れられない経験がある。

 F1がブーム期だった94年から、『F1グランプリ』(フジテレビ系)のオープニングや総集編のナレーションを担当していた窪田氏は、F1界のスーパーヒーロー、アイルトン・セナの追悼番組で感極まり、途中、涙で原稿が読めなくなってしまったという。

「プロとして失格です。語り手の感情が入りすぎると視聴者が引いてしまいますから。5分休憩をもらって、録り直しましたが、後にも先にもそんな経験は一度だけ。でも、今になって思うと、ナレーターとしてのキャリアの半ばで、あの経験があってよかったとすごく思っています。最初から客観的に引いた状態で淡々と読むのと、1度読めなくなるほど高ぶったうえで、その気持ちを鎮めてから読むのとでは、表現の幅が違うと思うんです。“ナレーションは客観だから感情を入れてはいけない”と教わりましたが、一度、感情を入れた後、乾いた気持ちで読むと、乾いた中にもしっとりとした質感が生まれ、それは聞いている方にも微妙に伝わるんじゃないでしょうか。その考えは今も自分の心持ちに息づいています」

『情熱大陸』は一番最初の視聴者のつもりで

 そんな経験が生かされたと言えるのが、自身の代表作といえる『情熱大陸』だろう。F1のナレーションを聞いていた番組プロデューサーからのオファーを受けたこの番組で、冷静ながらも登場人物を引き立てる氏の深みのあるナレーションに魅せられる視聴者は多い。

「『情熱大陸』は一番最初の視聴者のつもりでやっています。僕が見てわからなかったら視聴者の方もわからないという目線です。ですから、テレビ番組ではナレーションの部分だけをブロックごとに分けて録ることが多い中、僕は最初から最後まで全部見て、流れを感じたうえで、この言葉で伝わるかどうかという確認も含め、やらせていただいています。あと、主役はあくまで出演者なので、間を取ったり、タメを作ったりしながら、出演者が魅力的に映るような、また、視聴者に共感が得られるような読み方をするよう心がけています」

 常に目指しているのは、「言っていることが抵抗なく、スッと心地よく頭に入ってきて、理解できる、あるいは映像として浮かび上がるナレーション」。さらに“カッコいい”“上質感”も大きなこだわりだ。

「(吹き替えやCMナレーションで活躍した)黒沢良さんや、『JET STREAM』の城達也さんが好きで、真似していましたからね。実際の自分自身はカッコよくもないし、上質でもない。でも、だからこそ、どういうのがカッコよくて上質なのか、わかります。そういう意味では、ナレーションは素で喋ってはいるけれど、ある意味演技の部分があると言えますね」

 2020年春、コロナ禍において「人に楽しんでもらえるような何かができないか」という思いをきっかけに、YouTubeで名作小説の朗読の配信をスタート。ナレーションの第一人者である窪田氏だが、これまでの経験とは異なる体験に新鮮さを感じている。

「仕事の場合はディレクターがいてくださるので、この読み方とこの読み方どっちがいい?とか相談できますが、YouTubeは自分一人。悩みまくるし、『しました』の『ま』がちょっと汚いかもとか、細かいことまで気になっちゃって(苦笑)。誰も止めてくれないし、家でやっているから、際限なく録り直せるので、もう大変。やっていて本当に苦しいです。でも楽しいの。僕は、朗読では、役者さんのような感情の強弱ではなく、情景を説明することを大事にしているんですが、どう表現しようか考えながら文章を読むことは本当に楽しい。やっぱりナレーターなんだなって改めて感じますね」

自身の経験とともに日本語の美しさを伝えていきたい

 今年3月に70歳を迎えてなお、新たなことにどん欲に取り組んでいる窪田氏。4月から、オンラインで次世代を担うナレーターを育成する講座『ザ・ナレーター・アカデミー』で初の講師も担当している。

「意外とプロにナレーションを教わる場がないようなので、少しはお役に立てるかなと思って始めました。ほんのちょっとの読み方の違いで世界が変わりますからね。あと今、鼻濁音を知らない人も増えているけれど、些細なことで言葉は汚く、品がなくなってしまいます。日本語独特の美しさややわらかさを表現する方法はいろいろあるので、そういったことも伝えられればと思っています」

 そんな窪田氏に今後の目標を聞いてみると、「続けられればいいし、続けていたい」としみじみ。そして、包み込むような深みのある美しい声で、ナレーターという仕事へのこんな想いを語ってくれた。

「人の心に沁み入れるような仕事がしたいですね。かつて、深夜ラジオをやっていたとき、『私、死ぬのをやめました』っていうお便りをいただいたことがあるんです。私の声を聞いてホッとして『明日も頑張ろう』って思ってくださったようで、本当にうれしかった。おこがましいけれど、ひとつでもそういう仕事ができたらと思っています」

取材・文/河上いつ子
■インフォメーション
『THE NARRATOR ACADEMY』
https://www.jimpuku.co.jp/tna/(外部サイト)
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