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ORICON NEWS
作家活動30周年の千住明、映像音楽の歴史と極意とは
インストがメインテーマに、映像音楽界をこじ開けてきた自負がある30年
千住 最初はアレンジャーからスタートして、東京芸術大学時代に大貫妙子さんのアルバムに参加させてもらったのがデビューのきっかけです。その後に自分のアルバムを出して3年間ぐらいアーティスト活動をしたんですが、契約の問題で仕事ができなくなりまして。どうしようかと思っているときに出会ったのが、映像音楽だったんです。
――なぜ映像音楽に行き着いたんでしょう?
千住 兄が絵描きで妹がヴァイオリンをやっていますが、父親から「誰もやったことがないことをやれ。空いてる電車に乗れ」って、家訓のように言われていまして(笑)。じゃあ、空いてる電車はどこかなと思って、見つけたのがこの世界だったんです。
――でも、映像専門の作曲家は当時もいらっしゃいましたよね。
千住 たくさんいらっしゃいましたが、映像音楽作家としてやっている方が多くて、僕のように音楽の世界から来た人間はほとんどいなかった。でも僕は映像業界ではなく、あくまで音楽業界に本籍を置きたかったし、音楽を中心にやりたいと思っていたので、映像音楽はある種の修行のつもりで始めました。でも、(映像の)先輩たちから「お前、やりすぎだ、マイナス1でやれって」ってよく言われました。
――マイナス1とは?
千住 映像があるから、あまり強い音楽にしないほうがいいってことです。当時、映像音楽は効果音っていう認識がまだ強かった時代で、僕が“空いてる電車”って言っているのは、それだけ映像は音楽がメインじゃない世界だったから。例えば洋画だと映画音楽というカテゴリーが確立されていて、有名な曲もたくさんあるけど、日本の場合は大ヒットした映画音楽は『ゴジラ』ぐらい。そういうなかでメインテーマをインストで書かせてもらうっていうのは僕がこじ開けてきた世界だろうし、ここから後輩や同輩、あるいは先輩たちも続いてその流れを作った。それだけの自負がある30年ではあります。
――でも、簡単にはこじ開けられなかった世界ですよね。それに当初は批判も多かったと思います。
千住 当時の映像音楽業界には徒弟制度の様なものがあって、誰かのアシスタントから独り立ちというパターンが多かったので、下の人間が前に出るのは難しかった。でも僕の場合は、独りで出て行ったので、それがなかった。人づてに「あの先生があまりよく思ってないよ」って言われても、その人の世話になっていないし、しがらみもない、だからこそ自由に自分の世界を作れたんだと思う。そういう意味ではラッキーだったんでしょうね。
――今作『メインテーマ』は、そんな千住さんの“開拓者”としての集大成でもあって。25曲収録されていますが、どの曲も耳に残っている印象的な楽曲ばかりだなと思いました。
千住 ここに入っているのはすべて監督なりプロデューサーから発注されて作ったもので、純粋な自分発のものは1曲も入れていない。いわばオーダーメイドで作った職人仕事の集大成です。言い換えると、どれもテレビ等から流れてきた“聴く気がなくても聴こえちゃった”音楽ですから、印象に残っているものは多いかもしれないですね。
野島伸司は、ペアとしてもいい表現ができる相手
千住 映像音楽って6割から8割ぐらい最初からフォームが決まっているんですよ。で、そのなかでどうやって自分を出して行くか。つねにそこを考えていますね。でも、それをやり続けたことで自分自身でも引き出せなかった部分が開かれたというか。最近やっと自分発のものも出せるようになって、そこでは自分が目指すアーティスティック性を表現していますが、実はアーティスト活動をする上でも“職人”の部分はとても大切だと実感していまして。
――なるほど。
千住 例えば僕は一昨年までNHKの『日曜美術館』の司会をしていましたが、美術とかアートをやる人たちって芸術家と呼ばれながらも、実はとことん職人。淡々と描き続ける、あるいは造形を作り続けるという職人仕事をして初めて個性が出てくるんですね。だから僕も最初は、映像音楽はアーティスティックな世界を作るための修行だと思っていたけど、むしろこっちがメイン=幹なんじゃないかと。自分発の音楽をやるようになって、それがわかった気がします。
――そして職人でありながらアーティスティックな曲を作る千住さんの音楽を制作者側も求めていた。ニーズがあったということですよね。
千住 そこは世代が変わったせいもあると思います。昔の民放ドラマにはもっと薄い音楽が必要だったけど、だんだんと濃い音楽を求める時代になってきています。
――千住さんは野島伸司さん企画・脚本のヒットドラマを数多く手掛けていて。おふたりのタッグも“濃いドラマ音楽”の流れを作りました。
千住 でも、野島伸司さんのドラマの場合は逆に僕は“引く”ことが多いんですよ。彼の映像表現のやり方はとても強いので、僕はそれをおさめる役というか。あるプロデューサーが野島さんは父で、僕が母だって言ったんですが、要はなだめる役にならないといけない。だから、例えば残酷ないじめのシーンがあったら音楽では哀れんだり、濃いシーンがあったらできるだけ削ぎ落としていく。ギター1本だけとか、非常に薄くしていくんです。特に『高校教師』(TBS系)のときは、ゴチャゴチャ音を鳴らさずにメロディ1本にしまして。そういう和食の職人みたいな作業を求められたんですよね(笑)。
――素材=メロディだけを活かすと。
千住 そう、素材を湯引きして、何なら塩もいらないみたいな(笑)。TBSの野島さんのドラマはそういう新たなやり方を覚えられる場であり、互いにペアとしてもいい表現ができる相手だったんだと思います。でも、これが同じ野島さんのドラマでも日本テレビやフジテレビになると、すごくゴージャスなものを求められたり。監督やプロデューサーにもよりますが、局によっての音楽のテイストが変わりますね。例えばアルバムに収録の『世紀末の詩』のテーマ(日本テレビ系)は、制作側からエンターテインメントなものにして欲しいというオーダーがあって。妹の真理子にヴァイオリンを弾いてもらって、好き放題ゴージャスにやらせてもらいました(笑)。
――ヴァイオリニスト・千住真理子さんが参加している豪華な“ドラマ音楽”ですね。
千住 そうですね、すごく贅沢にやらせてもらいました(笑)。