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作家活動30周年の千住明、映像音楽の歴史と極意とは

大河をやったら映像音楽を辞めようと思った

――これが『風林火山』など大河ドラマだと、作り方はまた変わるんですか?
千住 大河をやったら映像音楽を辞めようと思ったぐらい、それまでやってきたものを全部出し切りました。大河ドラマは、キャストもスタッフもそれぞれの世界で極めた人たちが集まった一種の他流試合というか。要はものすごく豪華なコラボレーションなわけで、そこに耐えうる音楽にしなくてはいけない。しかも本放送が1年間あって、さらに再放送やBSを含めると、200回ぐらい世の中に流れる。それに対抗できる音楽を作るとなると、(作家人生の中で)平均でも1回か2回ぐらいしかできない。それぐらい出し切っちゃうんですよ。

――制作サイドからのダメ出しも多いんですか?
千住 『風林火山』は1回でオッケーでした。いつもは5つぐらいテーマ曲を作るけど、ひとつだけ持ってきてと言われて、それが一番怖かった(笑)。試されるわけで、どの曲を持っていくのか難しくて、悩んだ末に家族に聴いてもらったら、母にダメ出しをされたんですよ。馬が走っている映像に曲が流れる予定だったので、「これじゃまだ馬が走ってない、もっと走らせろ」って(笑)。

――ハードルの高いダメ出しですね(笑)。
千住 でも僕の場合、プロデュースやアレンジの仕事もしていたので、無理な注文には慣れていて。アーティストは、音へのこだわりや注文が多いので。『風林火山』ではそこで培った職人仕事のテクニックを使いました。しかも劇中曲はワルシャワ(ポーランド)で録音するなど、僕の作家としてのキャリアと個性も活かしたので、他の人にはできないものを表現できたと思います。

――音楽家と職人の両方をやっている、千住さんならではの引き出しの多さですね。
千住 映像だけ、あるいは映画だけでやってきた人たちには、アーティストのように的確なワガママを言ってくれる制作者がいないですからね。ただ、アニメだけは別。僕は『機動戦士Vガンダム』(テレビ朝日系)もやらせてもらったんだけど、作品によるとアニメはかなりのハイクオリティを期待される世界だから、そこに応えなくてはいけない。しかもコアファンが納得するようなクオリティを求められるので、これはこれで体力も気力もかなり消耗するんですよね。

――同じ映像でも特殊な世界なんですね。
千住 でも、大抵の場合はそこまで細かいオーダーはないし、音楽の世界でアレンジをやるときのような無理な注文もない。「馬が走っているように」っていう母の注文も、アーティストから「もっと勢いをつけて」って言われたのと同じだから、そのテクニックを使ってちょっとエネルギーをつけるような作業をしました。そうしたら「走っている馬の耳まで見えた」と言われたのでこれでいいなと(笑)。

――そんな千住さんが目指す、理想の“映像音楽”とは?
千住 基本的に僕は音楽家なので、命を持っている音楽をどんなジャンルでも書きたいと思っています。音楽って人に聴いてもらって、初めて命を得るものだから、それがないもの、つまり人に聴いてもらえない音楽は可哀想ですよ。だから、僕は映像の後ろで何となく流れていても、何か主張してくるようなもの。例えばセリフの間にバシッと聴こえてくるものにしたり、逆に例えば女性が話している場面だったら、ヴァイオリンよりチェロだけにしてちょっと周波数を変えてみたり、セリフの後ろにいても、きちっと血の流れている音楽にしたい。

最近は主題歌にこだわらず、強力なインストをメインテーマにする流れもある

――確かに、映像音楽は作り手を意識させないもの、いわば邪魔にならない音楽も多いですが、千住さんの曲は作曲者がわからなくても「これは誰が作ったんだろう?」とふと耳が止まる。作り手の存在を感じさせる音楽だったりしますね。
千住 僕はずっとアーティストが歌っている主題歌に対抗していたんです。だから僕が書く曲は主題歌がなくなっていくというか、それが僕の音楽に変わっていきます。特に80年代はタイアップが盛んで、とにかく歌のある曲がメインで、劇中に流れる音楽も主題歌をインストにアレンジしたものを流すという時代だった。でも最近は欧米の映画のようになってきて、民放のプロデューサーも主題歌にこだわらず、むしろ強力なインストをメインテーマにする流れも出てきています。

――千住さん自身、作りやすい題材=作品のジャンルってあるんですか?
千住 わりと何でも大丈夫。というのは、映像音楽はテキストをもらってそれに合わせて書いていくものなので、オーダーには何でも応えます。

――ちなみに30年間に書いた曲数はどれくらい?
千住 登録しているだけでも3000曲ぐらいですかね。

――単純計算で1年に100曲ペース!
千住 さらにそれ以外にも映像音楽では細かい曲も書きますから、本当に時間との勝負。2週間で30曲ってこともあるので、1日3曲ぐらいのペースで書かないと間に合わない。だから、いい意味で、“あきらめ”は早いです。全部考えて作っていたら終らないし、いい曲を作ってもモタモタしてたら、使ってもらえないですから。

――それだけのペースで曲を書くモチベーションはどうやって保っているんですか。
千住 オーダーだからできるんです。頭に浮かばなくても、とりあえず何かを音符にしていきます。逆に自分発の音楽になると、短時間では絶対にできないです。そこがオーダーされて書く映像音楽と、アーティストとしてゼロから書くものの違いで、作る過程も時間もまったく別モノです。ただ、決められたフォームのある映像音楽の中でも、誰もやっていないことは何か? ということは常に考えています。

――アルバムの中で、千住さんご自身もこれは自分のカラーが色濃く出たと思う曲を挙げるなら?
千住 2010年にやったNHKの古代史ドラマスペシャル『大仏開眼』のテーマ曲「天空」ですね。曲のバックに東大寺のお坊さんたちの声明(仏教の儀式で僧侶が唱える声楽)を流しました。これは僕が東大寺でコンサートをしたときに知り合ったお坊さんが、声明を録音して送ってくれたもので、それをバラバラに繋ぎ合わせて曲の後半に入れました。そうしたら、曲のために録音したものでは作れない臨場感が出ました。

――でも、それって、すごく実験的なことですよね?
千住 音楽業界だと音的にクオリティが高くないといけないから、コンンパクトに録音された音を使うなんて発想はないかもしれない。でも、音のクオリティが高くなると逆に音楽的な主張がなくなったりすることもあるので、ビビッときたものはどんなに簡単に録音したものでもそのまま使う。そこは映像音楽だからこそできることで、こういうことを僕はずっとこの世界でやってきました。でもこれができるのは何10年もやってきた職人仕事の経験で培った勘とテクニックがあるから。それを称して誰もできない、あるいは僕にしかできない音楽と言ってもらえるのかもしれないですね。

(文:若松正子/写真:(C)oricon ME inc.)

ライブインフォメーション

『活動30周年千住明 個展コンサート2015 with Orchestra』
9月25日(金) 愛知県芸術劇場大ホール
10月8日(火) 大阪・フェスティバルホール
10月21日(水) 東京・Bunkamuraオーチャードホール

千住明 オフィシャルサイト(外部サイト)
ユニバーサル ミュージック オフィシャルサイト(外部サイト)
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