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井上陽水『名盤『氷の世界』を“解凍” 自身が語る制作舞台裏!!』

 史上初のミリオンセラーを記録した歴史的名盤『氷の世界』。発売から40年が経過し、デジタルリマスター盤が発売。ORICON STYLEでは井上陽水にインタビューを敢行し、当時の制作秘話や、故・忌野清志郎さんとの思い出など、貴重な話を聞いた。

「帰れない二人」は清志郎と1行ずつ書いてたんじゃないかな…

――あと、お一人で楽曲を作る井上さんにしては珍しく、『氷の世界』は共作が多いですね。個人的に印象深いのは忌野清志郎さんとの共作である「帰れない二人」なんですけど。
井上あの曲は僕にとって初めて他のアーティストとの共作だったんじゃないかなぁ。

――そもそも、忌野さんとの出会いって覚えていますか?
井上僕が駆け出しの頃は、アンドレ・カンドレっていう名義で活動していてね。何だかよく分からない時代がありましてね(笑)。その頃、渋谷にライブ喫茶があって、僕とかRCサクセションとか泉谷しげるとか色んな人が出演していて。

――今考えると豪華なライブ喫茶ですねぇ。
井上そこで観たRCサクセションがなかなか印象的な曲を披露していてね。お互いヒマだったので、清志郎に「一緒に曲でも作らない?」って持ちかけたんですね。で、僕の中野のアパートに忌野清志郎が来て、お互いギターを持って一緒に作ることになったんですけど、「どうしようかねぇ〜」なんて言ってなかなか進まないんですよね(笑)。で、と交互に詞を作っていったんですよ。

――NHKの特番では、みうらじゅんさんらが冗談半分で「2行ずつくらいで作ってたんじゃないか!?」って話してましたけど。
井上たぶん……1行ずつ作ってたんじゃないかな(笑)。もう記憶が定かじゃなくてうろ覚えですけどね。でも、あっという間に完成しましたよ。たぶん2時間位かなぁ〜。

――あの名曲が2時間で完成したんですか(笑)。
井上うん。で、その時、もう一曲清志郎と作った合作があるんですけどね。「待ちぼうけ」という。

――『氷の世界』に収録されていますね。
井上全く覚えてないんだよね(キッパリ)。

――アハハハハ! そうなんですか(笑)。
井上僕がカレーライスを作って清志郎に振る舞ったことは覚えているんですよ。ファミレスもスターバックスもない時代ですから、2人で寂しく食べてねぇ。そんな時代ですよ(笑)。

もうちょっとオシャレな見られ方をされた可能性も(笑)

――アルバム『氷の世界』の先行シングルとして、「心もよう」が発売され、そのB面として「帰れない二人」が収録されたわけですが、当時の若い制作スタッフは頑なに「帰れない二人」をA面に推していたんですよね。
井上そうそう。でも、プロデューサーの多賀(英典)さんは「心もよう」をA面にすべきだって言ってね。

――ちなみに、井上さんは、その時は正直どちらが良かったんですか?
井上うーーん。正直、どちらでもよかったよね。まぁ両方とも僕の曲だし(笑)。でもまぁ、どちらかというと「帰れない二人」だったかなぁ。「心もよう」は歌謡曲の延長だったけど、「帰れない二人」は新しい息吹を感じていましたからね。 ただ、多賀さんは業界のベテランですから、どういう曲が多くの人が好むか一日の長があったんでしょうね。

――結果としてはアルバムに向けての序章としては最高のスタートとなりました。これは、あくまで“if”の話なんですけど、もし「帰れない二人」がA面で発売されていたらどうなっていたと思いますか? 違った見られ方していた可能性もあると思うんです。
井上うーん。どうなってたんでしょうね……。もうちょっと“オシャレ”な感じの見られ方をしてたかも知れないですね(笑)。

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