15日に心不全のため亡くなった作詞家・星野哲郎さんの葬儀告別式が19日、東京・青山葬儀所にて営まれ、長年にわたりコンビを組んだ作曲家で葬儀委員長を務めた船村徹をはじめ、星野さんの弟子で歌手の水前寺清子、都はるみら800人が故人を偲んだ。船村と水前寺は涙ながらに弔辞を述べ、参列した都や中村美律子は恩師との別れを惜しんだ。以下は参列者の主なコメント。
船村徹(弔辞)
初めてお会いしたのは昭和32年で、あれから53年。ワガママで生意気な私をよく見守ってくださいました。今になってそう思います。本当にありがとうございました。早めにあけみさん(夫人)の方へ行って、また2人で仲良くやってください。
水前寺清子(弔辞)
亡くなったその日にお会いさせていただいて、ベッドで寝ていらした時、ご病気されていた時より10歳も20歳も若く(見え)、とてもきれいなお顔で嬉しゅうございました。ぜひ今日天国に行ったらかすみ草を敷き詰めて、大好きな奥さまと素晴らしい再婚をなさいますようにと、皆で祈っております。
中村美律子
私はデビューが遅く、先生と出会ったのも遅かった。「赤いエプロン」という曲をいただいて、(同曲は)素朴で心温まる奥さんへの思いをたくさん感じる曲でした。天国でもたくさん詞を書いてください。
都はるみ
16歳のとき星野先生の「アンコ椿は恋の花」で世に出していただいて、歌を歌っていられるのは星野先生のおかげ。16歳のときの歌が60歳になったらとにかく愛おしく感じる。私たちだけでなく色々な人に同じ対応をする方で、初心を忘れるなということを学びました。
大月みやこ
出会いがあって、別れがある…。一番思い出すことは、『かわいそうだな』といつも(星野さんから)言われていた。残念ながらいただいたその曲で、何も賞が取れなかったからということみたいなのですが、あんなに素晴らしい曲をいただいて感謝しています。私にとっては、なんてお礼を言ったらいいのか分からない。いただいた曲を大事に歌っていきたい。
そのほか葬儀告別式には荒木とよひさ、十勝花子、湯川れい子、島津悦子、田辺靖雄、中川博之、岡千秋、加藤和也、香田晋、大川栄策、畠山みどり、都倉俊一、鳥羽一郎、森若里子、島津亜矢、服部克久、イルカ、徳光和夫らが参列した。
⇒ ご冥福をお祈りします・・・「おくやみ・訃報」記事一覧
船村徹(弔辞)
初めてお会いしたのは昭和32年で、あれから53年。ワガママで生意気な私をよく見守ってくださいました。今になってそう思います。本当にありがとうございました。早めにあけみさん(夫人)の方へ行って、また2人で仲良くやってください。
亡くなったその日にお会いさせていただいて、ベッドで寝ていらした時、ご病気されていた時より10歳も20歳も若く(見え)、とてもきれいなお顔で嬉しゅうございました。ぜひ今日天国に行ったらかすみ草を敷き詰めて、大好きな奥さまと素晴らしい再婚をなさいますようにと、皆で祈っております。
中村美律子
私はデビューが遅く、先生と出会ったのも遅かった。「赤いエプロン」という曲をいただいて、(同曲は)素朴で心温まる奥さんへの思いをたくさん感じる曲でした。天国でもたくさん詞を書いてください。
都はるみ
16歳のとき星野先生の「アンコ椿は恋の花」で世に出していただいて、歌を歌っていられるのは星野先生のおかげ。16歳のときの歌が60歳になったらとにかく愛おしく感じる。私たちだけでなく色々な人に同じ対応をする方で、初心を忘れるなということを学びました。
大月みやこ
出会いがあって、別れがある…。一番思い出すことは、『かわいそうだな』といつも(星野さんから)言われていた。残念ながらいただいたその曲で、何も賞が取れなかったからということみたいなのですが、あんなに素晴らしい曲をいただいて感謝しています。私にとっては、なんてお礼を言ったらいいのか分からない。いただいた曲を大事に歌っていきたい。
そのほか葬儀告別式には荒木とよひさ、十勝花子、湯川れい子、島津悦子、田辺靖雄、中川博之、岡千秋、加藤和也、香田晋、大川栄策、畠山みどり、都倉俊一、鳥羽一郎、森若里子、島津亜矢、服部克久、イルカ、徳光和夫らが参列した。
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2010/11/19