■その他の写真はこちら
今年2月に脳幹出血のため亡くなった司会者の玉置宏さん(享年76)の「お別れの会」が12日、都内で行われ、生前親しかった関係者ら約550人が故人を偲んだ。歌謡界からは橋幸夫が代表して弔辞を読み「17歳になったばかりの頃、番組で自分の曲を歌えたのは夢のようでした。今でもあの優しい笑顔は忘れません」。演芸界代表の三遊亭円歌は「あなたにはもっと歌謡界、演芸界に尽くしていただきたかった。さようなら、玉置宏さん……」と時折、飾られた写真を見ながら語った。
祭壇には生前、玉置さんが大好きだったというウイスキーとハイボール、さらに数年前玉置さんが病に倒れた際、八代亜紀が「何かできることはないのか?」と模索して玉置さんへ贈った自画像が飾られた。中央には玉置さんには欠かせないマイクも設置。5〜6年前に撮影された写真に向かい、笑福亭鶴瓶ら参列者が手を合わせて、在りし日の玉置さんを回想しながら冥福を祈った。
会の冒頭では、実行委員長を務めた落語家・桂歌丸が「陰気なことが嫌いで、陽気なことが大好きな方だった。若い頃は歌謡界、晩年は(落語界の発展に)力を尽くしてくれました…」と感謝の弁。10代から芸能界の先輩として世話になり、その後2人の母親同士が仲良くなり家族ぐるみのつき合いだったという橋も「この世という旅を終え、あの世に行かれたあなたは、きっと私たちを見守る役目をしていただけると思います。どうぞ、心安らかにお眠りください。本当にお世話になりました。ありがとう」と話した。
献杯の後には玉置さんが長年出演し、「1週間のご無沙汰でした」の名調子で親しまれたテレビ番組『ロッテ歌のアルバム』の秘蔵映像などが流され、長門裕之、藤村俊二、山本文郎らで構成された“昭和九年会”のメンバーらが壇上に上がり、思い出やメッセージを語った。
【主な参列者 ※順不同】桂歌丸、三遊亭円歌、橋幸夫、林文子・横浜市長、八代亜紀、石川さゆり、野口五郎、長門裕之、睦五郎、牧伸二、藤村俊二、山本文郎、笑福亭鶴瓶、林家ぺー、海老名香葉子、松平直樹(マヒナスターズ)

八代亜紀|石川さゆり|野口五郎|松平直樹とブルーロマン
今年2月に脳幹出血のため亡くなった司会者の玉置宏さん(享年76)の「お別れの会」が12日、都内で行われ、生前親しかった関係者ら約550人が故人を偲んだ。歌謡界からは橋幸夫が代表して弔辞を読み「17歳になったばかりの頃、番組で自分の曲を歌えたのは夢のようでした。今でもあの優しい笑顔は忘れません」。演芸界代表の三遊亭円歌は「あなたにはもっと歌謡界、演芸界に尽くしていただきたかった。さようなら、玉置宏さん……」と時折、飾られた写真を見ながら語った。
祭壇には生前、玉置さんが大好きだったというウイスキーとハイボール、さらに数年前玉置さんが病に倒れた際、八代亜紀が「何かできることはないのか?」と模索して玉置さんへ贈った自画像が飾られた。中央には玉置さんには欠かせないマイクも設置。5〜6年前に撮影された写真に向かい、笑福亭鶴瓶ら参列者が手を合わせて、在りし日の玉置さんを回想しながら冥福を祈った。
献杯の後には玉置さんが長年出演し、「1週間のご無沙汰でした」の名調子で親しまれたテレビ番組『ロッテ歌のアルバム』の秘蔵映像などが流され、長門裕之、藤村俊二、山本文郎らで構成された“昭和九年会”のメンバーらが壇上に上がり、思い出やメッセージを語った。
【主な参列者 ※順不同】桂歌丸、三遊亭円歌、橋幸夫、林文子・横浜市長、八代亜紀、石川さゆり、野口五郎、長門裕之、睦五郎、牧伸二、藤村俊二、山本文郎、笑福亭鶴瓶、林家ぺー、海老名香葉子、松平直樹(マヒナスターズ)
八代亜紀|石川さゆり|野口五郎|松平直樹とブルーロマン
2010/04/13