| 劇場公開中のスタジオジブリ最新作『ゲド戦記』。アーシュラ・K.ル=グウィン原作の名作ファンタジー小説を映画化し、宮崎駿監督の長男である吾朗氏が初監督を務める話題作だ。7月29日に劇場公開され、3週連続で興行成績1位を記録。この作品の挿入歌「テルーの唄」を歌っているのが、新人・手嶌 葵だ。聴き手を包み込むような、その透明感あふれる優しげな歌声は、映像とともに人々の記憶に焼き付けられる。発売以来、好調なセールスを続けているこの歌が生まれ、支持されていった背景とは。 歌が中心に据えられた映画のプロモーション展開 ジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏のもとに、数曲の洋楽カバーを録音した手嶌葵のデモCDが渡ったのは、05年の春頃。以前から、音楽PVの制作やアーティストのプロデュース等で仕事上の交流があった、ヤマハ音楽振興会から紹介されたものだった。その中には鈴木氏のフェイバリットソングであるベット・ミドラーの「ザ・ローズ」も含まれており、手嶌の歌唱に感銘を受けた鈴木氏は、宮崎吾朗監督にもCDを聴かせた。その時の衝撃について、吾朗監督はこう語っている。 |
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| サーからは何も聞かされていないのに、思わず「主題歌はこの人に歌ってもらいたいです」と言ってしまいました。まさに即決でした。これが手嶌葵さんとの出会いです」(『ゲド戦記歌集』より) 萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得て、吾郎監督が作詞し、谷山浩子が作曲して誕生したのが「テルーの唄」だった。手嶌の歌の魅力に鈴木氏や吾朗監督が惚れ込み、「映画のプロモーションは歌を中心に据えて展開していく」という方針が固まる。 劇中の重要なシーンとして歌う場面があるため、手嶌にヒロインの少女・テルーの声も担当する話が持ちかけられたのは必然的な流れだった。手嶌は演技に関してはまったく未経験だったが、アフレコのテストを行ったところ、テルーのイメージにピッタリだということで、声優としても起用されることが決まる。その時に実演したのが、作品の中でも重要なテルーの台詞である「命を大切にしないヤツなんて大っ嫌いだ」だった。 彼女の歌声が初めて人々の耳に届いたのは今年の2月下旬。『ゲド戦記』の予告編映像が2月23日放送の日本テレビ系『ズームインSUPER』でノーカット初公開され、25日からは全国の映画館で予告編上映が始まった。2分55秒という異例の長さのこの予告編は、その大半でアニメの映像と共に「テルーの唄」が流れ続け、最後にようやく台詞とナレーションが入るという、まさに歌を前面に出した作り。「手嶌 葵(新人)」というテロップが表示されるのみで、この時点では手嶌に関するプロフィールやビジュアルなどは一切明らかにされていなかった。歌が映画の世界への想像力をかきたてると共に、謎めいた存在として「あの歌を歌っている手嶌葵とは一体どんな人物なのか」とある種の飢餓感が煽られていく。 「映画の予告編は本予告まで合わせて三本が作られましたが、反響は第一弾上映開始直後から大変大きく、評価の高いものでした。また、映画館側から“映画と映画の合間にBGMとして流したいのでサンプルがほしい”という依頼があり、500枚ほど配布し、ゴールデンウィークの時期から流れていました。ジブリさん側も“普通はこちらからお願いしてかけていただくのに”と驚いていました」(手嶌葵担当A&Rディレクター・ヤマハ ミュージック コミュニケーションズ 佐多美保氏) 過去のジブリ作品では、映画公開の約一ヶ月前に主題歌シングルの発売日を設定するのが通例。しかし、あまりの反響の大きさに、ジブリ側から「できるだけ早く発売できるタイミングに前倒しできないか」とYMC社側に提案があり、発売日は急遽6月7日に繰り上げられた。 映画の要素の中でも特に高い、歌への評価 5月8日からは、手嶌の出演するアサヒ飲料のCM「三ツ矢サイダー ゲド戦記キャンペーン」がオンエア開始され、手嶌はついにそのベールを脱いだ。同CMの第一弾はマイクの前で歌う手嶌がアニメのテルーに重なる映像、第二弾は「命を大切にしないヤツなんて大っ嫌いだ!」の台詞をアフレコしている映像。『ゲド戦記』と「テルーの唄」、そして歌手・手嶌葵が、視聴者の中で強く結び付けられた。タワーレコードも積極的に協力しており、発売直前の6月5日にはタワーレコード渋谷で発売記念記者会見が行われ、宮崎吾朗監督や鈴木プロデューサー、そして手嶌葵が出席。 このようなプロモーションによって、「テルーの唄」は6/19付本誌シングルチャートで初登場5位を記録。その後も映画館での予告編の他、TVCMや有線放送等で多くの人の耳にふれ、好調なセールスを保った。劇場公開前日の7月28日には、NTV系「金曜ロードショー」で放送された『となりのトトロ』本編終了後に、手嶌葵と谷山浩子が共演して「テルーの唄」をテレビ初披露。8月に入ってからも、EX系『ミュージックステーション』、NTV系『音楽戦士』等に出演したことでチャートを再浮上した。 劇場公開後にオリコンが行った『ゲド戦記』の満足度調査アンケートの結果を見ると、各項目のうち、「音楽」に対する評価の点数が、他の項目よりも高いことがハッキリ見てとれる。テルーの声に関する感想は、「劇中のあの歌を聴かせるには、テルーの声は、この人でなければダメだったと思います」(福岡県/30代/女性)、「声がとてもよかった」(兵庫県/30代/男性)など。挿入歌「テルーの唄」に関しても、「歌で泣きそうになるぐらい、上手」(東京都/中高生/女性)、「聴くたび何とも言えない気分になる。癒されるというか、涙がこみ上げてきそうになる。魔法にかかったよう」(北海道/30代/女性)、「心から素直になれる曲に感動し、自然と涙が出た」(長野県/20代社会人/男性)など、多くの人の感動を呼んでいる。 佐多氏は、手嶌のボーカルの魅力についてこう語る。 「決して大げさな表現ではなく、“人を救うことができる声”だと思います。ただ気持ちいいとか癒されるといったものを超越した声の魅力を持っていますね」 一曲のみ収録で500円というマキシシングルの価格設定。写真や絵を使わず、文字情報のみのジャケットデザイン。モノトーンの衣装のアーティスト写真。そして、ボーカルのよさを活かすためのアレンジ。これらすべてに一貫して、余計なものを削ぎ落とし、シンプルに徹するという姿勢が感じられる。 「鈴木さんがよくおっしゃっていたのが、“飾り立ててごまかすのが今の世の中だから、かえってシンプルで強いもののほうが目立つ”ということでした。あえてCDのジャケットに『ゲド戦記』の絵を使わなかったのも、この先彼女が末長くアーティスト活動を続けていくにあたり、このデビュー曲によって“アニメの歌手”というイメージがつかないように、という配慮をしていただいたためです。一連のこういったプロモーション展開も、他のアーティストに同じことをやってもうまくいかなかったかもしれません。素材としての彼女のよさ、今の世の中にピッタリ合う部分が大きかったからこそ成功したのだと思います」(佐多氏) | |||||
2006/09/13