“ジャパニーズ・ソードアクション・エンターテインメント”と銘打ち、ドラマ史上、類を見ないスケールで描かれたTBS×U-NEXT×THE SEVENの3社によるグローバルプロジェクト『ちるらん 新撰組鎮魂歌』。5月9日からは『Song of the Samurai』のタイトルで、世界100以上の国と地域で配信され、アメリカの配信サービス『HBO Max』のデイリーTVランキング部門でも最高順位5位を記録した。
『ちるらん』が示したのは、日本のエンタメ作品が世界で十分に戦えるという可能性だ。問われるのは、その覚悟――そう語るのは、主演の山田裕貴。そして、森井輝プロデューサーも「全く同意」と頷く。
自らの仕事に対する矜持を刀に、世界へ挑む。『ちるらん』は幕末を生きた若者たちだけでなく、この作品に懸けた現代の“サムライ”たちの物語でもあった。
「全部ぶちまけた」という山田と、「絶対に目をそらしちゃだめだと思った」という森井。二人が出会ったあの日、互いの中に何を見たのか。今だから明かせる、あの瞬間の思い。そして、『ちるらん』の先にどんな景色を見据えているのかを聞いた。
■「この人、本気だな」――同じ熱量を持つ二人の出会い
――スペシャルドラマの地上波放送、ドラマシリーズの独占配信、そして『Song of the Samurai』のタイトルでの世界配信と駆け抜けてきました。改めて、おふたりが感じていることを聞かせてください。
山田:仕事をしていて、同じ熱量を持っている人に出会うのって難しいんですよ。たとえば、監督が山田裕貴を気に入ってオファーをしてくれたとしても、プロデューサーは「別に山田くんじゃなくてもよかったんだけどな」と思っていることもある。もちろん、面と向かってそうは言わないですけど、わかるんです。人間だから。
特に僕は、人の表情や言い方から繊細な感情を受け取ろうとするし、それを表現しようとする仕事をしているので。その人の本音みたいなところが、どうしても伝わってくるんです。だから、森井さんと会ったときには、まず「あ、この人、本気だな」っていうのが伝わってきました。本気で僕といい作品を作りたいと思っている。それも、日本だけじゃなくて、世界を見てるって。
――最初にオファーされた時から、世界に届ける作品としてのお話があったのでしょうか。
森井:決定していることではありませんでしたが、持っていくつもりだということはお伝えしましたね。
山田:そこは本当に、“世界を見ている人”なんだなっていうのが、語る口ぶりでわかったんです。日本のなかだけで見られればいいなんて思ってない。もっとできることがあるはずだって。だから、僕も会ったときに本音をこぼしまくったんです。自分が生きてきた中で感じてきたこと。世の中や自分が属しているものや、自分の中に眠る闇も、不安も、不満も、怒りも含めて、全部ぶちまけた。そしたら森井さんが「その鬱憤をすべて晴らしてくれ」って言ってくれたんです。その一言で、「俺はそう言われたらやっちゃう人間なんだよな」って(笑)、オファーを受けることにしたんです。
――それが初対面ですか?
森井:初対面でしたね(笑)。でも、同じ熱量の方と出会うのが難しいという感覚は、お願いする側としても同じですよ。前提として、これは仕事じゃないですか。仕事に対するスタンスって、やっぱり人によってさまざまなんですよね。たとえば、事務所を通じて話が進んで、現場でこちらが熱を持ってお願いしても「いや、そこまでは……」という方もいます。それぞれが、どう仕事と向き合っているのか、その熱量が通じる人なのかどうかは、プロデューサーが自分の熱量をぶつけるしかない。応えてもらえるかどうかはわからないけれど、まずはぶつけるしかないんです。
――最初に主演を山田さんにと思った理由は、どこにあったのでしょうか。
森井:ふっと湧いたんです(笑)。「山田裕貴だ」って、バチンと降りてきた。原作漫画を実写化するにあたって、似ているかどうかは僕の中ではさほど重要ではないんですが、でも今回に関しては土方歳三というキャラクターに、山田さんと近い雰囲気も感じていました。なので、「山田さんしかいない」と思って、お願いする以上ちゃんと会って話すべきだと思ったし、会いに行くしかないと思ったんです。
山田:そのお話も、かなりお待たせしていたんです。先ほどもお話ししたように、当時の僕はいろんな鬱憤を抱えていて。一言で言えば、すごく孤独に感じていました。それは俳優という仕事そのものへの不満ではないし、現場や作品や応援してくださる方のせいでももちろんない。ただ、「みんなでやろうぜ!」って振り返っても、誰もいない。そんな心境でした。「あ、ひとりで頑張ってんじゃん……」って。でも、前を見たら森井さんが立っていて、「やってくれよ」って言われた。そんな状況でした。
――聞いていると、覚悟と緊張が入り混じる空気を想像したのですが、実際はどのような雰囲気だったんですか?
森井:いや、もうそのとおりですよ(笑)。僕は、その時「今日は1ミリも嘘を言うべきじゃない」と思って。当時はまだ正式に決定していない部分も含めて「俺はこうしたい」という話をしました。とにかく「期待してくれ、俺に!」と。その間、山田さんは1ミリも目をそらさずに聞いていたんです。だから、こちらも絶対に目をそらしちゃだめだと思った。なんというか、虎と向き合っているような感覚でしたね。
僕は、俳優さんにとって作品って人生をかけて挑んでいるものだと思っていて。でも、それはプロデューサーとしても同じなんですよね。だから「あまり人生をかけていないです」という姿勢では失礼じゃないですか。もうお互いの人生をかけた対峙でしたから、帰り道は思った以上にクタクタで。思わず立ち寄ったBARのマスターがいろいろと察してくれるくらいには、心地よい疲労感でいっぱいでした(笑)。
山田:正直、僕じゃなくてもいいんです。世の中には、ほかにもたくさん素敵な俳優さんがいらっしゃるので、「じゃあ、他の人でもいいか」となることも、多くあります。でも、今回に関しては「いや、山田くんでやりたいんだ」と言ってくださった。その思いには応えたいと思ったんです。
森井:その日、山田さんはその場では答えを出さないと話していたんです。話しているときにも「僕にできると思いますか?」と言っていましたね。「僕についてくる俳優さんなんていますかね」とも言っていた。でもそれは、俳優仲間とかのせいではなくて。そういう話を誰彼構わずに言えるものでもないですし。本当にいろんなタイミングがあって、目の前に全部こぼせる人がいた、ということだったんだと思います。
山田:なにより本気だったのが、うれしかったんです。それは僕に対して本気というのもありますけど、まず作品に対して本気なのがうれしくて。そこが大事でした。「これは無理ですね」「あれは無理ですね」「じゃあ、できませんね」と言われる作品もある。でも、森井さんと話していると、「これだったら本気になれる」「この人とだったらできる」そう思えたんです。
森井:結局、人なんですよ。人と人として、こちらの思いに対して真剣に向き合おうとしてくれている。今日ここまでの話をしてくれているんだと思ったから、受け止められたんです。
■「この作品はいける」――役と現実がリンクした、あのセリフの瞬間
――そこから撮影に入って、山田さんの姿は森井さんの想像を超えるものでしたか。
森井:それはもう期待以上でした。劇中に「誰にもできないことをやるのが、かっけぇんだろうが」という大事なセリフがあるんです。この企画自体、地上波でやって、配信でやって、海外へ持っていくという、誰でもできる企画ではありません。受ける俳優もそうですし、作品全体がそのまんまだったんですよね。
そのセリフを言う本番をモニターで見ながら、僕は思わず涙がこぼれてしまって。「あ、泣いちゃった俺」と思って監督を見たら、監督も泣いていました(笑)。あの瞬間に、全員が「大丈夫だ」と思えた気がしました。「山田裕貴に頼んでよかった」と思ったし、「この作品はいける」という感覚がありました。
山田:あの日はすごい日でした。監督やプロデューサーさんは、いちばん最初のお客さんなんですよ。最初に見てもらう人たち。その人たちに刺さらなかったら終わりなんです。そこで一発かまさないと。どれだけ後から評価を受けても、僕は満足できない。だから森井さんが「本当によかった」、キャストの人たちが「あれは痺れました」と言ってくださったことが大きかった。それまで、後ろを振り返ったら誰もいなかったと思っていたけど、その時から、前を見たらいっぱいいたんです。それで、僕は「この人たちのために頑張ろう」と思いました。
――「期待してくれ」という熱意を込めて山田さんへオファーを出した森井さんご自身は、作品づくりに対して不安はなかったのでしょうか?
森井:もちろんありました。作品づくりは、いつも不安しかないです。だから、そのために準備をする。こういうことが起きたらどうしよう、こうなったらどうしようと考えをめぐらせて、あらゆるシミュレーションをして「こうなっても大丈夫だ」と固めていく作業を積み重ねていく。本番のクオリティを高めていく。そのために準備ができるスタッフを集めて、成功の確率を上げています。
山田:僕は森井さんのそういうところが好きなんです。「大丈夫です。山田さんがやってくれたらうまくいくんで!」なんて言われても、僕にはそんなに信用できない。もちろんそう思ってくれているのはわかりますが、それだけ本当の意味で同じ覚悟を持って向き合ってくれている感じがしなくて。
――山田さんは、土方歳三を演じた中で、今だから話せる思いはありますか。
山田:あの日、自分でセリフを言いながら衝撃を受けたんです。不思議な話なんですけど、役が自分の人生を救ってくれることがあるんだなと。これはもう第六感とかそういう感覚のもので、自分の置かれている状況と、役の思いがシンクロする瞬間があるんです。他の作品でもそういうことはあったんですけど、この作品でも「誰にもできないことをやるのが、かっけぇんだろうが」と叫んだあと、ふっと「あ、俺はそう生きればいいのか」と思えて。
俳優という仕事は、雇われの職業です。これまで築き上げられたシステムの中で回っていて、それでお金をいただいている。でも僕は、お金やビジネスだけではなくて、この瞬間に「一生懸命生きている」ということをやりたいんです。それを疑似体験できるのがお芝居の楽しさであり、俳優の醍醐味だと思っていて。この現場を見た時に、ここには同じような“心の人たち”がいっぱいいると思ったんです。だから、この人たちのためにやろうと思った。
それは、土方歳三が何を思ったのかにもつながっていくように感じたんです。仲間たちと何でつながったのか、何で家族と思えたのか。結局、心でしかない。心意気と生き様なんです。
――山田さんにとって、この作品を最後まで生ききることは、自分自身の変化にもつながる感覚がありますか。
山田:もし続編があって、土方歳三として生ききった時には、自分がものすごく変わっている、そんな予感がするんです。進化なのか、世界が広がることなのか、もっと深く潜ることなのかはわからない。でも何かが変わる気がしている。そして、それは僕ひとりに起こることではなくて、主演である以上、この作品に関わった全員に起きていると思っていて。それは観る方も含めて、本当に全員が幸せになる作品であってほしいんです。
だから、たくさんの方に見ていただきたいし、世界ランキングでも1位になれるなら、その方がいい。それは数字にこだわっているということではなくて、みんなで「これをやって楽しかったよね」「あのアクション感動したよね」「あのシーンよかったよね」と言い合いたいから。“みんなでまた、うまい飯を食うために”。
――森井さんから見て、山田さんのプロフェッショナルさを感じた部分を教えてください。
森井:撮影中の山田さんは、あまり話しかけてこなかったのが印象的でした。もちろん、顔を合わせれば普通に挨拶はするんだけれど。「今日の本番はどう見えたのか」「プロデューサーや監督はどう思ったのか」「この作品の行き先をちゃんと考えてくれているのか」「俺はこう思うぞ」っていうのを、お芝居でぶつけてくれていたんじゃないか、と感じていました。
山田:あれは決して壁を作っていたわけじゃなくて、初日に「よかった」と言ってもらえたことに、満足してはいけないと思っていたんです。「それを毎日叩き出せよ、俺」と。毎日言われなくてもいいから、森井さんに「よかった」と思っていただける日を増やしたい。それは僕ひとりでやることではなくて、みんなでやることだから「助けてほしい」と周りにも言いました。
森井:その思いが、すごいですよね。お芝居をしていると、台本には書いてあるけれど実際にやってみると違和感がある、ということもあります。そういう時に、俳優部が話し合って調整していくんですが、その輪の中に僕も入って、「俺はこう思う」と言う。そうやって話すことは、良くなることにしかつながらないんです。
山田:だんだん後半は、みんなで話すようになっていきましたよね。森井さんも「こうした方がいいんじゃないか」と意見をくださって。最初は小さかった輪が、どんどん広がっていく感じがありました。
■「はみ出してもいい」――愚直なほどまっすぐに、自分たちの“本気”を信じて
――『ちるらん』の中で描かれる物語も、そしてこの現場で生まれた熱い感情も。ともすれば、さまざまなことがシステマチックになった令和の時代においては、誰もが簡単には到達できないものに映るかもしれません。あえて今、この作品を届ける意味をどう考えていますか。
山田:僕は、この時代を生きる人たちの姿は、人間が持つ当然の防衛本能だと思っているんです。大多数の常識やルールを守っていれば、安全に生きていける。それこそシステムのなかにいることで、当たり障りなく生きられるし、「こっちが正しいよね」と言ってくれる人がいれば、味方もいる。みんなと同意していれば怖くないし、「いいね」をもらえれば安心じゃないですか。
でも一方で、それって自分を正当化して守っているだけなんじゃないかと思うんです。本当は戦いたい気持ちがあるなら、戦えばいいのに。「あの人はこう言っていたし」「こういう世の中だし」「社会ってそういうものだし」と言って、戦わずに済ませてしまう。それでいいのかな、と思うんです。
森井:今の時代は混沌としていますよね。その中で、何かしなくちゃ、何かしたい、自分はこうだと声を上げた人たちの話が、この作品にはある。若い人たちが当時の土方たちを見て、「自分も何かしていいんじゃないか」と思ってくれたらいいなと思います。
山田:僕は昔から、みんなと一緒が苦手なんです。ただ、「みんなで行こう」と言っていること自体は嫌じゃない。「みんなと一緒は嫌だよね」「俺も」「俺も」という人たちが集まっていくなら、それは仲間なんです。そういう「はみ出してもいい」って思える作品があることで、社会がちょっと変わっていくかもしれない。難しい話がわからないっていう方も、この作品を見て「かっこいい」とか、「なんで戦うの」とか、きっとわかると思うんです。そういう生き方みたいなものが、“これから”を生きる人たちにも伝わってほしいですね。
――「はみ出していい」という思いのこもった作品が、実際に世界へはみ出しましたね。
山田:いやいや、宇宙までいかないと「はみ出した」って言えないですよ(笑)。
森井:日本にはハリウッドに憧れる映画文化があって、もちろん僕自身もそのひとりでした。でもどこかで、「どうせ日本のものなんて見てもらえない」と勝手に刷り込まれていたところもあったと思うんです。でも、時代が流れて実際に作ってみると、向こうの人たちも面白ければ普通に見てくれる。だから勝手にビビっていてはいけないんだと思うんですよね。
山田:本当に、必要なのは覚悟だけだったんじゃないかなと。「敵わない」「追いつかない」って思っているのは自分たちのほうだったって気づいたんです。憧れるだけじゃなくて、自分たちにもできるって思えるかどうか。僕の背中じゃ小さいかもしれないけれど、そんな歩みも見せられたらいいなって思うんです。きっと新撰組のメンバーも偉人になろうとしてなったわけじゃなくて、自分の道を信じて本気で突き進んだだけじゃないですか。『ちるらん』という作品も、そんなふうに振り返ったら「すごい作品だよね」って語られるような作品に育っていってもらいたいです。
(編集:岩本和樹)
『ちるらん』が示したのは、日本のエンタメ作品が世界で十分に戦えるという可能性だ。問われるのは、その覚悟――そう語るのは、主演の山田裕貴。そして、森井輝プロデューサーも「全く同意」と頷く。
自らの仕事に対する矜持を刀に、世界へ挑む。『ちるらん』は幕末を生きた若者たちだけでなく、この作品に懸けた現代の“サムライ”たちの物語でもあった。
「全部ぶちまけた」という山田と、「絶対に目をそらしちゃだめだと思った」という森井。二人が出会ったあの日、互いの中に何を見たのか。今だから明かせる、あの瞬間の思い。そして、『ちるらん』の先にどんな景色を見据えているのかを聞いた。
――スペシャルドラマの地上波放送、ドラマシリーズの独占配信、そして『Song of the Samurai』のタイトルでの世界配信と駆け抜けてきました。改めて、おふたりが感じていることを聞かせてください。
山田:仕事をしていて、同じ熱量を持っている人に出会うのって難しいんですよ。たとえば、監督が山田裕貴を気に入ってオファーをしてくれたとしても、プロデューサーは「別に山田くんじゃなくてもよかったんだけどな」と思っていることもある。もちろん、面と向かってそうは言わないですけど、わかるんです。人間だから。
特に僕は、人の表情や言い方から繊細な感情を受け取ろうとするし、それを表現しようとする仕事をしているので。その人の本音みたいなところが、どうしても伝わってくるんです。だから、森井さんと会ったときには、まず「あ、この人、本気だな」っていうのが伝わってきました。本気で僕といい作品を作りたいと思っている。それも、日本だけじゃなくて、世界を見てるって。
――最初にオファーされた時から、世界に届ける作品としてのお話があったのでしょうか。
森井:決定していることではありませんでしたが、持っていくつもりだということはお伝えしましたね。
山田:そこは本当に、“世界を見ている人”なんだなっていうのが、語る口ぶりでわかったんです。日本のなかだけで見られればいいなんて思ってない。もっとできることがあるはずだって。だから、僕も会ったときに本音をこぼしまくったんです。自分が生きてきた中で感じてきたこと。世の中や自分が属しているものや、自分の中に眠る闇も、不安も、不満も、怒りも含めて、全部ぶちまけた。そしたら森井さんが「その鬱憤をすべて晴らしてくれ」って言ってくれたんです。その一言で、「俺はそう言われたらやっちゃう人間なんだよな」って(笑)、オファーを受けることにしたんです。
――それが初対面ですか?
森井:初対面でしたね(笑)。でも、同じ熱量の方と出会うのが難しいという感覚は、お願いする側としても同じですよ。前提として、これは仕事じゃないですか。仕事に対するスタンスって、やっぱり人によってさまざまなんですよね。たとえば、事務所を通じて話が進んで、現場でこちらが熱を持ってお願いしても「いや、そこまでは……」という方もいます。それぞれが、どう仕事と向き合っているのか、その熱量が通じる人なのかどうかは、プロデューサーが自分の熱量をぶつけるしかない。応えてもらえるかどうかはわからないけれど、まずはぶつけるしかないんです。
――最初に主演を山田さんにと思った理由は、どこにあったのでしょうか。
森井:ふっと湧いたんです(笑)。「山田裕貴だ」って、バチンと降りてきた。原作漫画を実写化するにあたって、似ているかどうかは僕の中ではさほど重要ではないんですが、でも今回に関しては土方歳三というキャラクターに、山田さんと近い雰囲気も感じていました。なので、「山田さんしかいない」と思って、お願いする以上ちゃんと会って話すべきだと思ったし、会いに行くしかないと思ったんです。
山田:そのお話も、かなりお待たせしていたんです。先ほどもお話ししたように、当時の僕はいろんな鬱憤を抱えていて。一言で言えば、すごく孤独に感じていました。それは俳優という仕事そのものへの不満ではないし、現場や作品や応援してくださる方のせいでももちろんない。ただ、「みんなでやろうぜ!」って振り返っても、誰もいない。そんな心境でした。「あ、ひとりで頑張ってんじゃん……」って。でも、前を見たら森井さんが立っていて、「やってくれよ」って言われた。そんな状況でした。
――聞いていると、覚悟と緊張が入り混じる空気を想像したのですが、実際はどのような雰囲気だったんですか?
森井:いや、もうそのとおりですよ(笑)。僕は、その時「今日は1ミリも嘘を言うべきじゃない」と思って。当時はまだ正式に決定していない部分も含めて「俺はこうしたい」という話をしました。とにかく「期待してくれ、俺に!」と。その間、山田さんは1ミリも目をそらさずに聞いていたんです。だから、こちらも絶対に目をそらしちゃだめだと思った。なんというか、虎と向き合っているような感覚でしたね。
僕は、俳優さんにとって作品って人生をかけて挑んでいるものだと思っていて。でも、それはプロデューサーとしても同じなんですよね。だから「あまり人生をかけていないです」という姿勢では失礼じゃないですか。もうお互いの人生をかけた対峙でしたから、帰り道は思った以上にクタクタで。思わず立ち寄ったBARのマスターがいろいろと察してくれるくらいには、心地よい疲労感でいっぱいでした(笑)。
山田:正直、僕じゃなくてもいいんです。世の中には、ほかにもたくさん素敵な俳優さんがいらっしゃるので、「じゃあ、他の人でもいいか」となることも、多くあります。でも、今回に関しては「いや、山田くんでやりたいんだ」と言ってくださった。その思いには応えたいと思ったんです。
森井:その日、山田さんはその場では答えを出さないと話していたんです。話しているときにも「僕にできると思いますか?」と言っていましたね。「僕についてくる俳優さんなんていますかね」とも言っていた。でもそれは、俳優仲間とかのせいではなくて。そういう話を誰彼構わずに言えるものでもないですし。本当にいろんなタイミングがあって、目の前に全部こぼせる人がいた、ということだったんだと思います。
山田:なにより本気だったのが、うれしかったんです。それは僕に対して本気というのもありますけど、まず作品に対して本気なのがうれしくて。そこが大事でした。「これは無理ですね」「あれは無理ですね」「じゃあ、できませんね」と言われる作品もある。でも、森井さんと話していると、「これだったら本気になれる」「この人とだったらできる」そう思えたんです。
森井:結局、人なんですよ。人と人として、こちらの思いに対して真剣に向き合おうとしてくれている。今日ここまでの話をしてくれているんだと思ったから、受け止められたんです。
■「この作品はいける」――役と現実がリンクした、あのセリフの瞬間
――そこから撮影に入って、山田さんの姿は森井さんの想像を超えるものでしたか。
森井:それはもう期待以上でした。劇中に「誰にもできないことをやるのが、かっけぇんだろうが」という大事なセリフがあるんです。この企画自体、地上波でやって、配信でやって、海外へ持っていくという、誰でもできる企画ではありません。受ける俳優もそうですし、作品全体がそのまんまだったんですよね。
そのセリフを言う本番をモニターで見ながら、僕は思わず涙がこぼれてしまって。「あ、泣いちゃった俺」と思って監督を見たら、監督も泣いていました(笑)。あの瞬間に、全員が「大丈夫だ」と思えた気がしました。「山田裕貴に頼んでよかった」と思ったし、「この作品はいける」という感覚がありました。
山田:あの日はすごい日でした。監督やプロデューサーさんは、いちばん最初のお客さんなんですよ。最初に見てもらう人たち。その人たちに刺さらなかったら終わりなんです。そこで一発かまさないと。どれだけ後から評価を受けても、僕は満足できない。だから森井さんが「本当によかった」、キャストの人たちが「あれは痺れました」と言ってくださったことが大きかった。それまで、後ろを振り返ったら誰もいなかったと思っていたけど、その時から、前を見たらいっぱいいたんです。それで、僕は「この人たちのために頑張ろう」と思いました。
――「期待してくれ」という熱意を込めて山田さんへオファーを出した森井さんご自身は、作品づくりに対して不安はなかったのでしょうか?
森井:もちろんありました。作品づくりは、いつも不安しかないです。だから、そのために準備をする。こういうことが起きたらどうしよう、こうなったらどうしようと考えをめぐらせて、あらゆるシミュレーションをして「こうなっても大丈夫だ」と固めていく作業を積み重ねていく。本番のクオリティを高めていく。そのために準備ができるスタッフを集めて、成功の確率を上げています。
山田:僕は森井さんのそういうところが好きなんです。「大丈夫です。山田さんがやってくれたらうまくいくんで!」なんて言われても、僕にはそんなに信用できない。もちろんそう思ってくれているのはわかりますが、それだけ本当の意味で同じ覚悟を持って向き合ってくれている感じがしなくて。
――山田さんは、土方歳三を演じた中で、今だから話せる思いはありますか。
山田:あの日、自分でセリフを言いながら衝撃を受けたんです。不思議な話なんですけど、役が自分の人生を救ってくれることがあるんだなと。これはもう第六感とかそういう感覚のもので、自分の置かれている状況と、役の思いがシンクロする瞬間があるんです。他の作品でもそういうことはあったんですけど、この作品でも「誰にもできないことをやるのが、かっけぇんだろうが」と叫んだあと、ふっと「あ、俺はそう生きればいいのか」と思えて。
俳優という仕事は、雇われの職業です。これまで築き上げられたシステムの中で回っていて、それでお金をいただいている。でも僕は、お金やビジネスだけではなくて、この瞬間に「一生懸命生きている」ということをやりたいんです。それを疑似体験できるのがお芝居の楽しさであり、俳優の醍醐味だと思っていて。この現場を見た時に、ここには同じような“心の人たち”がいっぱいいると思ったんです。だから、この人たちのためにやろうと思った。
それは、土方歳三が何を思ったのかにもつながっていくように感じたんです。仲間たちと何でつながったのか、何で家族と思えたのか。結局、心でしかない。心意気と生き様なんです。
――山田さんにとって、この作品を最後まで生ききることは、自分自身の変化にもつながる感覚がありますか。
山田:もし続編があって、土方歳三として生ききった時には、自分がものすごく変わっている、そんな予感がするんです。進化なのか、世界が広がることなのか、もっと深く潜ることなのかはわからない。でも何かが変わる気がしている。そして、それは僕ひとりに起こることではなくて、主演である以上、この作品に関わった全員に起きていると思っていて。それは観る方も含めて、本当に全員が幸せになる作品であってほしいんです。
だから、たくさんの方に見ていただきたいし、世界ランキングでも1位になれるなら、その方がいい。それは数字にこだわっているということではなくて、みんなで「これをやって楽しかったよね」「あのアクション感動したよね」「あのシーンよかったよね」と言い合いたいから。“みんなでまた、うまい飯を食うために”。
――森井さんから見て、山田さんのプロフェッショナルさを感じた部分を教えてください。
森井:撮影中の山田さんは、あまり話しかけてこなかったのが印象的でした。もちろん、顔を合わせれば普通に挨拶はするんだけれど。「今日の本番はどう見えたのか」「プロデューサーや監督はどう思ったのか」「この作品の行き先をちゃんと考えてくれているのか」「俺はこう思うぞ」っていうのを、お芝居でぶつけてくれていたんじゃないか、と感じていました。
山田:あれは決して壁を作っていたわけじゃなくて、初日に「よかった」と言ってもらえたことに、満足してはいけないと思っていたんです。「それを毎日叩き出せよ、俺」と。毎日言われなくてもいいから、森井さんに「よかった」と思っていただける日を増やしたい。それは僕ひとりでやることではなくて、みんなでやることだから「助けてほしい」と周りにも言いました。
森井:その思いが、すごいですよね。お芝居をしていると、台本には書いてあるけれど実際にやってみると違和感がある、ということもあります。そういう時に、俳優部が話し合って調整していくんですが、その輪の中に僕も入って、「俺はこう思う」と言う。そうやって話すことは、良くなることにしかつながらないんです。
山田:だんだん後半は、みんなで話すようになっていきましたよね。森井さんも「こうした方がいいんじゃないか」と意見をくださって。最初は小さかった輪が、どんどん広がっていく感じがありました。
■「はみ出してもいい」――愚直なほどまっすぐに、自分たちの“本気”を信じて
――『ちるらん』の中で描かれる物語も、そしてこの現場で生まれた熱い感情も。ともすれば、さまざまなことがシステマチックになった令和の時代においては、誰もが簡単には到達できないものに映るかもしれません。あえて今、この作品を届ける意味をどう考えていますか。
山田:僕は、この時代を生きる人たちの姿は、人間が持つ当然の防衛本能だと思っているんです。大多数の常識やルールを守っていれば、安全に生きていける。それこそシステムのなかにいることで、当たり障りなく生きられるし、「こっちが正しいよね」と言ってくれる人がいれば、味方もいる。みんなと同意していれば怖くないし、「いいね」をもらえれば安心じゃないですか。
でも一方で、それって自分を正当化して守っているだけなんじゃないかと思うんです。本当は戦いたい気持ちがあるなら、戦えばいいのに。「あの人はこう言っていたし」「こういう世の中だし」「社会ってそういうものだし」と言って、戦わずに済ませてしまう。それでいいのかな、と思うんです。
森井:今の時代は混沌としていますよね。その中で、何かしなくちゃ、何かしたい、自分はこうだと声を上げた人たちの話が、この作品にはある。若い人たちが当時の土方たちを見て、「自分も何かしていいんじゃないか」と思ってくれたらいいなと思います。
山田:僕は昔から、みんなと一緒が苦手なんです。ただ、「みんなで行こう」と言っていること自体は嫌じゃない。「みんなと一緒は嫌だよね」「俺も」「俺も」という人たちが集まっていくなら、それは仲間なんです。そういう「はみ出してもいい」って思える作品があることで、社会がちょっと変わっていくかもしれない。難しい話がわからないっていう方も、この作品を見て「かっこいい」とか、「なんで戦うの」とか、きっとわかると思うんです。そういう生き方みたいなものが、“これから”を生きる人たちにも伝わってほしいですね。
――「はみ出していい」という思いのこもった作品が、実際に世界へはみ出しましたね。
山田:いやいや、宇宙までいかないと「はみ出した」って言えないですよ(笑)。
森井:日本にはハリウッドに憧れる映画文化があって、もちろん僕自身もそのひとりでした。でもどこかで、「どうせ日本のものなんて見てもらえない」と勝手に刷り込まれていたところもあったと思うんです。でも、時代が流れて実際に作ってみると、向こうの人たちも面白ければ普通に見てくれる。だから勝手にビビっていてはいけないんだと思うんですよね。
山田:本当に、必要なのは覚悟だけだったんじゃないかなと。「敵わない」「追いつかない」って思っているのは自分たちのほうだったって気づいたんです。憧れるだけじゃなくて、自分たちにもできるって思えるかどうか。僕の背中じゃ小さいかもしれないけれど、そんな歩みも見せられたらいいなって思うんです。きっと新撰組のメンバーも偉人になろうとしてなったわけじゃなくて、自分の道を信じて本気で突き進んだだけじゃないですか。『ちるらん』という作品も、そんなふうに振り返ったら「すごい作品だよね」って語られるような作品に育っていってもらいたいです。
(編集:岩本和樹)
2026/06/27