2024年5月、東京・東宝スタジオ。映画『宝島』の撮影が行われていた。スタジオ内に再現されていたのは、1970年12月20日未明に発生した「コザ暴動」の舞台となった沖縄県コザ市(現沖縄市)のゲート通り。
アスファルトを敷き詰め、車道部分を作り込み、ブルーバックと美術セットを組み合わせる。美術チームとVFXチームの緻密な連携によって、当時の街並みがよみがえる。
セットの中では、車同士が衝突するシーンの撮影を前に、スタントチームが入念なリハーサルを行っていた。そこへ、1970年代当時の衣装とヘアメイクを施した人々が次々と入ってきた。アクション部の俳優も一部混じっているが、ほとんどはエキストラ。限られた空間の中で、数百人が動き回り、横転した車が転がっている――まさにカオスな光景だった。
コザ暴動のシーンだけで延べ2000人のエキストラを動員したという。大友啓史監督はこう振り返る。
「コザ暴動は深夜に起こった出来事で、映像がほとんど残っていません。だから、当時を知る方々に取材し、そこで語られた証言をもとに想像力を駆使して再現しました。怒りだけではなく、“俺たちもここで生きている”という心の咆哮をどう表現するか。エキストラ一人ひとりにまで丁寧に演技指導をしました」
民衆に取り囲まれた車の中にいたのは、主人公・グスク役の妻夫木聡だ。車から抜け出した彼は、感情を爆発させて絶叫する。「なんくるないで済むかぁ! なんくるならんどぉ!!」
「『なんくるないさ』というのは、すごくたくましい言葉だと思うんです。いろんなことを経験してきて強いからこそ、『それくらい大したことないよ』と言える優しさがある。でも、人には守るべき一線がある。その線を越えた時、人は行動に移さざるを得ない。その瞬間があったんだと思います。人それぞれ主義主張があって、守りたいものも人それぞれだけれど、それらがチャンプルーされて、一つの大河となって大きなエネルギーになっていった。当時の人々の魂の叫びを、この暴動シーンに集約させました」
本作のハイライトの一つであるコザ暴動シーンを再現するにあたり、大友監督は「実際のゲート通りで撮影したい」と考えていたそうだが、それはかなわず。沖縄にオープンセットをつくる予定でいたが、クランクイン後にスタジオ撮影に変更となった。さらに、問題だったのが“車”。アメリカ統治下の沖縄は右側通行で左ハンドル。しかし、今の日本に残る車のほとんどは右ハンドルに改造されており、当時のままの姿を持つものはほぼ存在しない。
そこで製作陣は、アメリカや韓国に残るヴィンテージカーを探し出して輸入。およそ50台を集めた。だが、それらは単なる背景として置かれるだけではない。暴動の混乱を描くために、横転させ、火を放つ必要があった。
総製作費25億円の大プロジェクトとなった本作。「この規模で沖縄と向き合える映画は最後かもしれない”と感じながら撮っていました。今やらなければ届かない。けれど、本当にちゃんとできているだろうか、と不安は尽きなかったです。ヴィンテージカーをひっくり返して、燃やしてしまうなんて。スタッフの中でも“もったいない”という声はありました。でも実際に当時は80台くらいの車が焼かれている。そこをきちんと再現しなければ、歴史を伝えることにはならないと思ったので、燃やしました。円安の時代にこれだけの準備を整えるのは、本当に大変でした。“ここまでやらなくてもいいんじゃないか”という迷いと、“いや、沖縄と向き合う以上は妥協してはいけない”という想いが、ぐるぐる回り続けていました」
■『ちゅらさん』から続く沖縄への想い
沖縄を舞台にしたNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』(2001年)で演出を手がけて以来、大友監督はいつか復帰前の沖縄と向き合いたいと思ってきたという。
「『ちゅらさん』の主人公えりぃ(古波蔵恵里/演:国仲涼子)は、沖縄が復帰した年、1972年生まれの設定で、復帰後の沖縄を描いた作品でした。その中で、堺正章さん演じた恵文さんや、平良とみさん演じたハナおばあの優しさや穏やかさは、戦前戦中、戦後の苦難をくぐり抜けた人だからこそ持ち得たもの。その背景にある“1972年以前の沖縄”を描かないと物語は完結しない――そんな想いが強くありました。沖縄を舞台にした小説が出るたびに手に取って読んでいたんです」
その想いを抱え続け、2018年に出会ったのが真藤順丈氏の『宝島』だった。「これだ」と直感したという。小説『宝島』が2018年下半期の直木賞を受賞すると、一気に映画化に向けて動き出した。沖縄復帰50周年(2022年)のタイミングでの公開を目指し、2021年にクランクインする予定だったが、コロナ禍の影響で撮影は2度、延期を余儀なくされた。
「正直、2度目の延期が決まった時は“もう無理かもしれない”と追い込まれました。でも、妻夫木くんが『1%の望みに賭けよう』と言ってくれて、ほかのキャストやスタッフも待ってくれて。ようやくの思いでクランクインしてからは、規模が大きすぎて“途中で止まるんじゃないか”という不安もありましたし、この規模で沖縄と向き合える映画は最後かもしれないと感じながら撮っていました」と打ち明ける。
そんな大友監督たちを突き動かしてきたものはなんだったのか。
「映画ジャンルとして“歴史への関心”は確実に薄れてきていると思います。アメリカと日本が戦争したことすら知らない若い世代も増えている。ヒップホップは踊れても、伝統のカチャーシーは踊れないとか。そうやって、いろんなものが忘れられていく。でもそれが“良いか悪いか”ではなく、僕は映画監督だから、映画として問いかけたい。
あくまで僕の感覚なので、人に押し付ける気はないんですけど……令和になってからというか、コロナ禍を経て、外に向けての関心や、そのあり方がガラッと変わった気がするんです。日本だけでなく、世界全体がSNSの時代になって、AIにおすすめされて、“好きな情報”だけを取り入れる、身の回りのことだけで生きていける時代になった。沖縄も新しい街へどんどん変わっている。もちろん、それはそれで良いことなんですが、それでもやっぱり、次の世代に伝えていかなければならないことはある。原作者の真藤さんが『すべての物語は沖縄に通じる』とおっしゃっていましたが、本当にその通りで現代に生きる私たちに突き刺さる問いや答えが、『宝島』に詰まっていると思うんです」
■「知らないことを知る」というエンターテインメント
大友監督が強調するのは、「知らないことを知る」という映画の力だ。
「僕は盛岡で育ち、学生時代にケガで野球を諦めたことをきっかけに映画に出会いました。映画は、その場にいながら自分が体験できない世界に触れることができるもの。フランス映画でも、イタリア映画でも、ハリウッド映画でも、決して出会わない人物の人生を一緒に生きられる。映画館に行くことは、未知の世界に触れることなんです。『宝島』を通して、知らないことから逃げるのではなく、知らないことを知ってほしい。知ることが人生を豊かにするし、それこそが一番のエンターテインメントだと思っています。観客それぞれが持ち帰ってくれたらうれしいです」
2025年は戦後80年という節目の年。大友監督が語るように、『宝島』は忘れられかけた歴史をそっと現在へと手渡し、観客一人ひとりに新しい発見をもたらしてくれる作品になりそうだ。
【画像】ヴィンテージカーが燃えている!映画『宝島』メイキング写真
アスファルトを敷き詰め、車道部分を作り込み、ブルーバックと美術セットを組み合わせる。美術チームとVFXチームの緻密な連携によって、当時の街並みがよみがえる。
セットの中では、車同士が衝突するシーンの撮影を前に、スタントチームが入念なリハーサルを行っていた。そこへ、1970年代当時の衣装とヘアメイクを施した人々が次々と入ってきた。アクション部の俳優も一部混じっているが、ほとんどはエキストラ。限られた空間の中で、数百人が動き回り、横転した車が転がっている――まさにカオスな光景だった。
コザ暴動のシーンだけで延べ2000人のエキストラを動員したという。大友啓史監督はこう振り返る。
「コザ暴動は深夜に起こった出来事で、映像がほとんど残っていません。だから、当時を知る方々に取材し、そこで語られた証言をもとに想像力を駆使して再現しました。怒りだけではなく、“俺たちもここで生きている”という心の咆哮をどう表現するか。エキストラ一人ひとりにまで丁寧に演技指導をしました」
「『なんくるないさ』というのは、すごくたくましい言葉だと思うんです。いろんなことを経験してきて強いからこそ、『それくらい大したことないよ』と言える優しさがある。でも、人には守るべき一線がある。その線を越えた時、人は行動に移さざるを得ない。その瞬間があったんだと思います。人それぞれ主義主張があって、守りたいものも人それぞれだけれど、それらがチャンプルーされて、一つの大河となって大きなエネルギーになっていった。当時の人々の魂の叫びを、この暴動シーンに集約させました」
本作のハイライトの一つであるコザ暴動シーンを再現するにあたり、大友監督は「実際のゲート通りで撮影したい」と考えていたそうだが、それはかなわず。沖縄にオープンセットをつくる予定でいたが、クランクイン後にスタジオ撮影に変更となった。さらに、問題だったのが“車”。アメリカ統治下の沖縄は右側通行で左ハンドル。しかし、今の日本に残る車のほとんどは右ハンドルに改造されており、当時のままの姿を持つものはほぼ存在しない。
そこで製作陣は、アメリカや韓国に残るヴィンテージカーを探し出して輸入。およそ50台を集めた。だが、それらは単なる背景として置かれるだけではない。暴動の混乱を描くために、横転させ、火を放つ必要があった。
総製作費25億円の大プロジェクトとなった本作。「この規模で沖縄と向き合える映画は最後かもしれない”と感じながら撮っていました。今やらなければ届かない。けれど、本当にちゃんとできているだろうか、と不安は尽きなかったです。ヴィンテージカーをひっくり返して、燃やしてしまうなんて。スタッフの中でも“もったいない”という声はありました。でも実際に当時は80台くらいの車が焼かれている。そこをきちんと再現しなければ、歴史を伝えることにはならないと思ったので、燃やしました。円安の時代にこれだけの準備を整えるのは、本当に大変でした。“ここまでやらなくてもいいんじゃないか”という迷いと、“いや、沖縄と向き合う以上は妥協してはいけない”という想いが、ぐるぐる回り続けていました」
■『ちゅらさん』から続く沖縄への想い
沖縄を舞台にしたNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』(2001年)で演出を手がけて以来、大友監督はいつか復帰前の沖縄と向き合いたいと思ってきたという。
「『ちゅらさん』の主人公えりぃ(古波蔵恵里/演:国仲涼子)は、沖縄が復帰した年、1972年生まれの設定で、復帰後の沖縄を描いた作品でした。その中で、堺正章さん演じた恵文さんや、平良とみさん演じたハナおばあの優しさや穏やかさは、戦前戦中、戦後の苦難をくぐり抜けた人だからこそ持ち得たもの。その背景にある“1972年以前の沖縄”を描かないと物語は完結しない――そんな想いが強くありました。沖縄を舞台にした小説が出るたびに手に取って読んでいたんです」
その想いを抱え続け、2018年に出会ったのが真藤順丈氏の『宝島』だった。「これだ」と直感したという。小説『宝島』が2018年下半期の直木賞を受賞すると、一気に映画化に向けて動き出した。沖縄復帰50周年(2022年)のタイミングでの公開を目指し、2021年にクランクインする予定だったが、コロナ禍の影響で撮影は2度、延期を余儀なくされた。
「正直、2度目の延期が決まった時は“もう無理かもしれない”と追い込まれました。でも、妻夫木くんが『1%の望みに賭けよう』と言ってくれて、ほかのキャストやスタッフも待ってくれて。ようやくの思いでクランクインしてからは、規模が大きすぎて“途中で止まるんじゃないか”という不安もありましたし、この規模で沖縄と向き合える映画は最後かもしれないと感じながら撮っていました」と打ち明ける。
そんな大友監督たちを突き動かしてきたものはなんだったのか。
「映画ジャンルとして“歴史への関心”は確実に薄れてきていると思います。アメリカと日本が戦争したことすら知らない若い世代も増えている。ヒップホップは踊れても、伝統のカチャーシーは踊れないとか。そうやって、いろんなものが忘れられていく。でもそれが“良いか悪いか”ではなく、僕は映画監督だから、映画として問いかけたい。
あくまで僕の感覚なので、人に押し付ける気はないんですけど……令和になってからというか、コロナ禍を経て、外に向けての関心や、そのあり方がガラッと変わった気がするんです。日本だけでなく、世界全体がSNSの時代になって、AIにおすすめされて、“好きな情報”だけを取り入れる、身の回りのことだけで生きていける時代になった。沖縄も新しい街へどんどん変わっている。もちろん、それはそれで良いことなんですが、それでもやっぱり、次の世代に伝えていかなければならないことはある。原作者の真藤さんが『すべての物語は沖縄に通じる』とおっしゃっていましたが、本当にその通りで現代に生きる私たちに突き刺さる問いや答えが、『宝島』に詰まっていると思うんです」
■「知らないことを知る」というエンターテインメント
大友監督が強調するのは、「知らないことを知る」という映画の力だ。
「僕は盛岡で育ち、学生時代にケガで野球を諦めたことをきっかけに映画に出会いました。映画は、その場にいながら自分が体験できない世界に触れることができるもの。フランス映画でも、イタリア映画でも、ハリウッド映画でも、決して出会わない人物の人生を一緒に生きられる。映画館に行くことは、未知の世界に触れることなんです。『宝島』を通して、知らないことから逃げるのではなく、知らないことを知ってほしい。知ることが人生を豊かにするし、それこそが一番のエンターテインメントだと思っています。観客それぞれが持ち帰ってくれたらうれしいです」
2025年は戦後80年という節目の年。大友監督が語るように、『宝島』は忘れられかけた歴史をそっと現在へと手渡し、観客一人ひとりに新しい発見をもたらしてくれる作品になりそうだ。
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2025/09/26