プロレスラーの坂口征夫(さかぐち・ゆきお/50)が15日、都内で会見を行い、2月7日の新宿FACE大会で引退することを発表した。所属するDDTの高木三四郎社長とともに登壇し、「体力もモチベーションが落ちた訳では無いが、いつか必ず来るという“いつか”が今なのかと思った」と引退理由語った。
父は名レスラー・坂口征二、実弟は俳優の坂口憲二の征夫は、30歳にして総合格闘家の道を志し、2007年にパンクラスでプロデビュー。08年大みそかの『Dynamite!!』ではボビー・オロゴンの弟のアンディ・オロゴンと対戦した。10年2月には格闘家として引退したが、同年12月に復帰。12年からはプロレスラーとしてDDTに参戦し、14年10月から同単体に所属すると、KO-D無差別級やKO-Dタッグ、アジアタッグなどのタイトルを獲得した。
会見に登壇した坂口は、「プロレスが生まれてすぐ目の前にあって、子供の頃に遊ぶ公園が新日本プロレスの道場で、近くの遊んでくれる兄ちゃんがレスラーで。そんな家柄で生まれて、この家業をやるのは宿命だと思っていた」と人生を振り返る。しかし、偉大なる父親と同じ道を歩んだことで「いつからか坂口という名前が嫌で嫌でしょうがなかった。名字を変えたいと思うときが何度もあったし、逃れたいとずっと思っていた」と苦悩を抱えていた。
しかし、「そんな呪縛から解いてくれたのが、DDTであり仲間たちだった。いい歳した大人たちが真面目な顔をして全力でバカをするのがDDT。この団体に入らせてもらって、そこで試合ができることが夢のようだった」とDDTとの出合いでプロレスラーとしての喜びを感じられたことに感謝した。
思い出を聞かれると、数々の激闘はもちろん「ビアガーデンプロレスで泥酔したのは、ごめんなさい」とやりすぎも反省したが、高木社長は「地方大会は率先して打ち上げを盛り上げてくれるし、一緒になってバカやってくれる人。選手は離れるかもしれないけど、大きな大会の打ち上には必ず呼び続けますので、“永久打ち上げ要員”としてお願いします」と声をかけると、坂口も照れながらうなずいた。
「引退ロードはあまりやりたくない。親父も最後は木村健悟さんとタッグで試合をして木村さんが勝った。悲しいのが長く続くのが嫌なので、普通に試合をやりたい。そして、足を止める人間じゃなくて、新しい道を歩く人間を見てほしい」という理由で、残りの試合は今月28日の後楽園、2月4日の長野、そしてラストの新宿FACEと3試合のみ。
引退試合の相手には「尊敬している選手でずっと対峙してきたHARASHIMAさんと最後にサシでやらせてください」と高木社長に要求した。
父は名レスラー・坂口征二、実弟は俳優の坂口憲二の征夫は、30歳にして総合格闘家の道を志し、2007年にパンクラスでプロデビュー。08年大みそかの『Dynamite!!』ではボビー・オロゴンの弟のアンディ・オロゴンと対戦した。10年2月には格闘家として引退したが、同年12月に復帰。12年からはプロレスラーとしてDDTに参戦し、14年10月から同単体に所属すると、KO-D無差別級やKO-Dタッグ、アジアタッグなどのタイトルを獲得した。
しかし、「そんな呪縛から解いてくれたのが、DDTであり仲間たちだった。いい歳した大人たちが真面目な顔をして全力でバカをするのがDDT。この団体に入らせてもらって、そこで試合ができることが夢のようだった」とDDTとの出合いでプロレスラーとしての喜びを感じられたことに感謝した。
思い出を聞かれると、数々の激闘はもちろん「ビアガーデンプロレスで泥酔したのは、ごめんなさい」とやりすぎも反省したが、高木社長は「地方大会は率先して打ち上げを盛り上げてくれるし、一緒になってバカやってくれる人。選手は離れるかもしれないけど、大きな大会の打ち上には必ず呼び続けますので、“永久打ち上げ要員”としてお願いします」と声をかけると、坂口も照れながらうなずいた。
「引退ロードはあまりやりたくない。親父も最後は木村健悟さんとタッグで試合をして木村さんが勝った。悲しいのが長く続くのが嫌なので、普通に試合をやりたい。そして、足を止める人間じゃなくて、新しい道を歩く人間を見てほしい」という理由で、残りの試合は今月28日の後楽園、2月4日の長野、そしてラストの新宿FACEと3試合のみ。
引退試合の相手には「尊敬している選手でずっと対峙してきたHARASHIMAさんと最後にサシでやらせてください」と高木社長に要求した。
2024/01/15