『メアリと魔女の花』(2017年)以来6年ぶりとなるスタジオポノックの長編アニメーション映画最新作『屋根裏のラジャー』が、15日から全国で公開されている。愛を失くした少女アマンダと、彼女が生み出した“想像の友達(イマジナリ)”のラジャーが、現実と想像が交錯する大冒険を繰り広げる。アマンダの母リジーの声を担当した安藤サクラ、ラジャーを付け狙う謎の男、ミスター・バンティングの声を担当したイッセー尾形に、こどもの時には、本当に存在しているように感じていたが、大人になっていつの間にか忘れてしまったイマジナリはいたのか、聞いた。
――まず、おふたりの接点は?
【安藤】『ペコロス、母に会いに行く』(2013年、NHK BSプレミアム)で、イッセーさん演じる主人公のお母さんの若い頃を演じたことがありますが…
【イッセー】直接、お芝居したことはないんです。連続テレビ小説『まんぷく』(18年後期、NHK)にも出ましたけど、安藤さんと共演するシーンはなかったもんね。
――安藤さんはアマンダの母親役ということで、どのように役作りをしたのでしょうか?
【安藤】私にもアマンダと同じぐらいの年頃の娘がいるからなのか彼女の気持ちに寄り添える自信があって、自分自身に近い感覚になったんですね。リジーの演技や感情表現はアニメーションになっていて、私は聴こえない声を代わりに言うだけだったからなのか、実写の映画やドラマでお芝居する時は役に対してそんな感覚になったことがなかったので、すごく不思議な感じでした。アフレコ現場ではプロの声優さんから自分の体を動かしながら声を出す方法やせりふを言うタイミングのつかみ方など、いろいろアドバイスをいただいて勉強になりました。
――イッセーさん演じるバンティングは、アマンダとラジャーが離れ離れになってしまう元凶となるキャラクターですね。
【イッセー】少年少女の敵ということで、とんでもないおじさんの役でしたね。人の顰蹙(ひんしゅく)を買うことばかりやってて。今回の作品における悪役ですけど、だからといっていかにも悪役らしい芝居はやらない、というのが昔からの自分のポリシーでもあるんです。悪役を悪役っぽくやると、世界が小さくなってしまう。要は勧善懲悪の世界に収まってしまう。それはとても小さな世界です。善と悪の二つで簡単に分けられるものではない、世界はもっと大きなものだから。それにね、なんだか哀れみを感じるんですよ。彼もイマジナリ(黒髪の少女)を連れて歩いているでしょ、きっと孤独な男なんだろうな、って。それは、最初からそう直感していたわけではなくて、アフレコも済んで、完成した作品を見て、時間が経ってからそう感じるようになりましたね。
――本作には、人間に忘れさられた想像たち(イマジナリ)がたくさん登場します。こどもの頃、イマジナリがいた記憶はありますか?
【イッセー】制作発表会見の時、ラジャー役の寺田心さんから「イマジナリーフレンドがいた」という話を聞いて、「僕にはいなかった」と返事したんだけど、その後、しばらくして思い出したんです。小学2、3年生の頃、「少年」という少年漫画誌の付録に紙で組み立てられる「鉄人28号」があって、その「鉄人28号」と寝食を共にしてたな、って。寝ても覚めても一緒にいたんだけど、いつの間にかいなくなっていた。小学3年の頃、(福岡から)東京に引っ越したので、そのどさくさでいなくなっちゃったんだと思うのですが、自分にもイマジナリーフレンドがいたんだなって。なんだかいとおしくなりました。紙のおもちゃの「鉄人28号」もいとおしいし、こどもの頃の自分もいとおしい。すっかり忘れていましたけど(笑)。
【安藤】私にはラジャーみたいなイマジナリーフレンドはいなかったんですけど、もともと視覚的なイメージが次々と思い浮かぶタイプで、実際に見ている景色の中にイメージしたものを見たり、動かしたり、といったことをずっと日常的にやっているな、と気づきました。それをイマジナリと言っていいのであれば、私はイマジナリの世界の人間だったのかな、って(笑)。イマジナリの存在に力をもらったり、助けてもらったりしてきたんだと思います。ただ、最近、この話をするようになったら、意識しちゃっているせいか、見えなくなってしまったんですよね(笑)。
――想像力が豊かなんですね。
【安藤】どうだろう(笑)。人間の想像力は素晴らしいものを生み出すものであるけれども、最悪に怖いものも生み出せる。ポジティブな方向にもネガティブな方向にも働くものだと思うから、付き合い方が大事なのかなって思いますね。
――イッセーさんの一人芝居は、それこそ想像力がないとできないような気がします。
【イッセー】僕は「想像」という言葉だとちょっと曖昧すぎるから、「可能態」という言葉を使いたいんだけど、例えば、今、目の前にテーブルがありますが、このテーブルをひっくり返すことはやってやれないことはない。やらないけど(笑)。そういう、「やってやれなくはないこと」を膨らませて表現するのが役者の仕事だと思っています。現実化できないことをしても伝わらないから。現実主義なんですよ、私は。
――『屋根裏のラジャー』の見どころを聞かせてください。
【安藤】私は周りの人に「ラジャーみたいなイマジナリーフレンドいた?」と聞きまくっていて、「いた」という人もいましたし、イッセーさんがお話しされていたみたいに、「そういえばこどもの頃…」と思い出す人もいて、そういう話で盛り上がってもらえたら楽しいだろうな、と思います。
【イッセー】この作品は、ほとんど忘れていたけど、かすかに残像のように残っているものに光を当てて、そこから広がっていく、いろんな気づきを与えてくれる作品。他人がどう思うかなんて関係ない、他の人には見えなくたっていい、自分にとって一番大事な人やものを自分の中で再認識してもらえたら、この作品を気に入ってくれたということだと思うので、僕もうれしいです。
――まず、おふたりの接点は?
【安藤】『ペコロス、母に会いに行く』(2013年、NHK BSプレミアム)で、イッセーさん演じる主人公のお母さんの若い頃を演じたことがありますが…
【イッセー】直接、お芝居したことはないんです。連続テレビ小説『まんぷく』(18年後期、NHK)にも出ましたけど、安藤さんと共演するシーンはなかったもんね。
【安藤】私にもアマンダと同じぐらいの年頃の娘がいるからなのか彼女の気持ちに寄り添える自信があって、自分自身に近い感覚になったんですね。リジーの演技や感情表現はアニメーションになっていて、私は聴こえない声を代わりに言うだけだったからなのか、実写の映画やドラマでお芝居する時は役に対してそんな感覚になったことがなかったので、すごく不思議な感じでした。アフレコ現場ではプロの声優さんから自分の体を動かしながら声を出す方法やせりふを言うタイミングのつかみ方など、いろいろアドバイスをいただいて勉強になりました。
――イッセーさん演じるバンティングは、アマンダとラジャーが離れ離れになってしまう元凶となるキャラクターですね。
【イッセー】少年少女の敵ということで、とんでもないおじさんの役でしたね。人の顰蹙(ひんしゅく)を買うことばかりやってて。今回の作品における悪役ですけど、だからといっていかにも悪役らしい芝居はやらない、というのが昔からの自分のポリシーでもあるんです。悪役を悪役っぽくやると、世界が小さくなってしまう。要は勧善懲悪の世界に収まってしまう。それはとても小さな世界です。善と悪の二つで簡単に分けられるものではない、世界はもっと大きなものだから。それにね、なんだか哀れみを感じるんですよ。彼もイマジナリ(黒髪の少女)を連れて歩いているでしょ、きっと孤独な男なんだろうな、って。それは、最初からそう直感していたわけではなくて、アフレコも済んで、完成した作品を見て、時間が経ってからそう感じるようになりましたね。
――本作には、人間に忘れさられた想像たち(イマジナリ)がたくさん登場します。こどもの頃、イマジナリがいた記憶はありますか?
【イッセー】制作発表会見の時、ラジャー役の寺田心さんから「イマジナリーフレンドがいた」という話を聞いて、「僕にはいなかった」と返事したんだけど、その後、しばらくして思い出したんです。小学2、3年生の頃、「少年」という少年漫画誌の付録に紙で組み立てられる「鉄人28号」があって、その「鉄人28号」と寝食を共にしてたな、って。寝ても覚めても一緒にいたんだけど、いつの間にかいなくなっていた。小学3年の頃、(福岡から)東京に引っ越したので、そのどさくさでいなくなっちゃったんだと思うのですが、自分にもイマジナリーフレンドがいたんだなって。なんだかいとおしくなりました。紙のおもちゃの「鉄人28号」もいとおしいし、こどもの頃の自分もいとおしい。すっかり忘れていましたけど(笑)。
【安藤】私にはラジャーみたいなイマジナリーフレンドはいなかったんですけど、もともと視覚的なイメージが次々と思い浮かぶタイプで、実際に見ている景色の中にイメージしたものを見たり、動かしたり、といったことをずっと日常的にやっているな、と気づきました。それをイマジナリと言っていいのであれば、私はイマジナリの世界の人間だったのかな、って(笑)。イマジナリの存在に力をもらったり、助けてもらったりしてきたんだと思います。ただ、最近、この話をするようになったら、意識しちゃっているせいか、見えなくなってしまったんですよね(笑)。
――想像力が豊かなんですね。
【安藤】どうだろう(笑)。人間の想像力は素晴らしいものを生み出すものであるけれども、最悪に怖いものも生み出せる。ポジティブな方向にもネガティブな方向にも働くものだと思うから、付き合い方が大事なのかなって思いますね。
――イッセーさんの一人芝居は、それこそ想像力がないとできないような気がします。
【イッセー】僕は「想像」という言葉だとちょっと曖昧すぎるから、「可能態」という言葉を使いたいんだけど、例えば、今、目の前にテーブルがありますが、このテーブルをひっくり返すことはやってやれないことはない。やらないけど(笑)。そういう、「やってやれなくはないこと」を膨らませて表現するのが役者の仕事だと思っています。現実化できないことをしても伝わらないから。現実主義なんですよ、私は。
――『屋根裏のラジャー』の見どころを聞かせてください。
【安藤】私は周りの人に「ラジャーみたいなイマジナリーフレンドいた?」と聞きまくっていて、「いた」という人もいましたし、イッセーさんがお話しされていたみたいに、「そういえばこどもの頃…」と思い出す人もいて、そういう話で盛り上がってもらえたら楽しいだろうな、と思います。
【イッセー】この作品は、ほとんど忘れていたけど、かすかに残像のように残っているものに光を当てて、そこから広がっていく、いろんな気づきを与えてくれる作品。他人がどう思うかなんて関係ない、他の人には見えなくたっていい、自分にとって一番大事な人やものを自分の中で再認識してもらえたら、この作品を気に入ってくれたということだと思うので、僕もうれしいです。
このニュースの流れをチェック
2023/12/28