17日に最終回を迎えるNHKの大河ドラマ『どうする家康』(後8:00 総合ほか)。主人公の徳川家康は、260年間続く天下泰平の礎を築いた人物だったが、『どうする家康』でも新しい働き方とつくり方の礎を築く取り組みしていた!?鍵を握っていたのは、大河ドラマ史上初めて本格的に導入されたバーチャルプロダクション。合戦シーンのロケ撮影(野外撮影)を従来より格段に減らし、戦に明け暮れた徳川家康の生涯を描き切った。この“壮大な実験”に演出統括の加藤拓氏は「結構うまくいったんじゃないか。現状でやれる範囲のことはやれたと思う」と振り返る。
■バーチャルプロダクションとは?
最新技術であるインカメラVFXに加えて、従来のVFXやLEDウォールを活用したスクリーンプロセスの総称として「バーチャルプロダクション」という言葉を使っている。この記事では、特に最大のチャレンジであったインカメラVFXを指している。
インカメラVFXは、リアルタイムで映像処理するゲームエンジンの技術を活かし、巨大なLEDウォールにカメラの位置や方向に合わせたバーチャル背景を表示させ、被写体と背景を同時に撮影することができる技術。
これまで一般的だったグリーンバック撮影では、何もないグリーンの空間で演じる役者のシーンを撮影してから、ポストプロダクションと呼ばれる作業工程で、背景やそのほかのオブジェクトを映像に加えていった。一方、インカメラVFXによる撮影では、役者の芝居を撮りながら、背景の映像やオブジェクトをその場で調整でき、カメラ内で最終的な合成映像が作れてしまう。あたかもバーチャル背景の世界に入り込んだかのような自然な仕上がりになるのも特長だ。
この手法が世の中に広く知られるきっかけになったのは、2019年に米ディズニーがローンチした動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」で配信された「スター・ウォーズ」のドラマシリーズ『マンダロリアン』。広大な砂漠のシーン、宇宙船の格納庫のシーンなど、全体の50%以上がバーチャルプロダクションを使って撮影された。何より、映画シリーズと遜色ないクオリティの映像表現を、限られたスケジュールと予算内で実現させたことが、世界中の映像制作者に大きなインパクトを与えたのだ。加藤氏もバーチャルプロダクションにさまざまな可能性を感じた一人だった。
大河ドラマでは前作『鎌倉殿の13人』でも一部バーチャルプロダクションを取り入れた撮影を行っていたが、全編にわたって本格的に運用したのは、『どうする家康』が初めて。しかも、「桶狭間の戦い」「三方ヶ原の戦い」「姉川の戦い」「小牧長久手の戦い」「関ヶ原の戦い」「大坂の陣」など、“戦国フルコース”ともいえる合戦シーンや各武将の行軍シーンのほぼすべてをバーチャルプロダクションで撮影した。
■どうしてバーチャルプロダクション?
大河ドラマは1963年にスタートして60年。その歴史の中で約半分が戦国時代を描いたもので、“合戦シーン”は大きな見せ場。『葵〜徳川三代〜』(2000年)の第1回で描かれた関ヶ原の戦いのロケには、参加した馬の数60頭、俳優・エキストラを含めた出演者が270人、東軍西軍雑兵の衣装もすべて違うものが用意され、旗の数は5000本以上という大規模なものだった。見応えたっぷりの合戦シーンは、その後の大河ドラマをはじめとしたさまざまな作品で再利用されている。
『真田丸』(16年)では主人公がその場にいなかった関ヶ原の合戦シーンは描かず、ラストの大坂の陣は砦「真田丸」のオープンセットを築いて撮影を行うなど、大胆にメリハリをつけて面白い作品を作り上げた。
「通常の大河ドラマでも合戦シーンなどの大規模ロケはできて2回。家康の場合、地方大会から全国大会へ行くかのように、徐々に戦の規模が大きくなって、桁違いに兵馬の数が増えていくわけです。従来のやり方では到底、描き切れない。どうする?と頭を悩ませていた時に『マンダロリアン』をきっかけにバーチャルプロダクションのことを知り、これで大規模なロケ撮影にも引けを取らないような映像が作れるならチャレンジしたいと思いました。ロケをしたってお金はかかる。だったらリソースをバーチャルプロダクションに注ぎ込んで試すことにしました」
新技術に挑戦することを選択した『どうする家康』チーム。その背景には、映像制作現場の労働環境改善という課題もあった。
「僕も大規模ロケは何度も経験していますが、面白くてやりがいはある。面白いけど、大きな負担にもなる。何ヶ月も前からロケ場所を確保して、いろいろ手配して、準備して、いざ撮影となっても天候の影響を受けることもあって。放送では1分くらいの映像を撮るのに1日がかりなんてことはざらで。当然、スタッフや俳優には疲労が蓄積しますし、環境にかかる負荷も大変大きいものです。さらに、感染症対策が加わって。
現実問題としてお金も時間もない。合戦のロケをしたくても、『葵〜徳川三代〜』のような大規模なものはできないです。予算的に馬は20頭、エキストラは100人がMAX。徳川軍と豊臣軍、50人ずつで撮影してもしょぼいですよね。だから100人でまず徳川軍を撮って、衣装や旗を変えて豊臣軍を撮って、ということをするのですが、衣装や旗を変えるのだって一苦労です。もちろん、その苦労に見合うだけの価値がロケにはあると思います。あるんだけど、過酷な労働環境のせいで若手が定着しなければ、慢性的な人手不足に陥り、撮影技術や作品の質の低下につながります。映像に興味を持つ若い人に対して体力が第一関門という常識を変え、制作現場を未来志向の魅力的なものにしない限り、この業界に将来はありません。バーチャルプロダクションを本格導入して、ロケを減らすという選択は、これまでの働き方とつくり方の劇的な改革に取り組むチャンスだと思いました」
結果、全体の約95%がバーチャルプロダクションを使った撮影となった。一部グリーンバックも使いつつ、「ロケは、桶狭間の戦いの後、逃げ出した元康(家康)を本多忠勝が捕まえる浜辺のシーンや、信長と家康が馬に乗って走るシーンなど数回やりましたが、いずれも出演者2、3人の大河ドラマのロケにおいては相当小規模なものでした。合戦シーンにおいても最小限にとどめています」
■目指したのはスタジオ撮影表現の拡張
一年以上かけて作品をつくっていくことができる大河ドラマは、常に最先端の実験場としての役割も担ってきた。『どうする家康』も「壮大な実験だった?」という問いかけに、「そうです」と答えた加藤氏。“実験”と言うより、“博打”に近いものもあったようだが…。
「2021年の夏からR&D(Research and Development=研究開発)に着手しました。バーチャルプロダクションのノウハウや設備が十分にない中で、最初は絶望的にうまくいかなかった。LEDウォールにCGが映らなくて、スタッフ全員が呆然と立ち尽くす日が3日続いたこともありました。そうこうしているうちに後に引けなくなってしまった。バーチャルプロダクションに賭けてしまっていたので、従来のロケ撮影に切り替えようにも、何一つ準備していなかった。でも、いざとなったら戦国時代劇についてはこれまでの蓄積があるので、何とかなると思った」と腹をくくった。
通常のドラマ制作スタッフ、バーチャルプロダクションの技術スタッフ、LEDに映し出す映像をつくるCGチームなど、各セクションの連携を高めながら課題を一つひとつ解決していき、22年2月頃にはバーチャルプロダクション撮影のかたちが見えてきたという。スタジオでの撮影開始は予定どおり22年6月。第1回で描かれた桶狭間の戦い(家康が果たした役割は大高城兵糧入れ)からインカメラVFXによる撮影を実施した。LEDウォールを背景にスタジオに建て込んだ美術セットの中で役者たちが芝居する。「初期にしてはよくできたと思います。1年かけてアップデートしていくのが大河ドラマ、もっと良くなるという確信も生まれました」と、加藤氏。
その後もあらゆる場面に活用しつつ、今年2月に、第22回の設楽原の戦い以降の合戦シーンに使う大軍勢の行軍や陣形、戦闘シーンをまとめた大規模な撮影を実施。関ヶ原の戦いや大坂の陣は台本が出来ていなかったが、時系列に沿っていろいろなシチュエーションの素材を撮影した。
「さらに、2月に撮った合戦映像をLEDに映し出しながら、その手前で本物の役者やエキストラたちの芝居を撮る。回を重ねるごとにノウハウが溜まっていき、ダイナミックな演出ができるようになっていきました。表現の幅が広がっていく実感がありました。兵馬合わせて4000体を超える合戦シーンを4日間で70パターンほど描写することもできたので、結構うまくいったんじゃないか、と。現状でやれる範囲のことはやれたと思います」
従来のロケでは表現できなかったが、バーチャルプロダクション撮影によって可能になったことも多々あったという。例えば…。
「大河ドラマで小牧長久手の戦いの回を僕自身が演出するのは、今回が3回目。『功名が辻』(2006年)の時は局地的な戦闘シーンをスタジオで撮っただけでした。第36回だったので、とてもロケをするようなスケジュール的な余裕はなかったし、物語としてもその必要性がなかった。その前の『秀吉』(1996年)では戦闘シーンすらありませんでした。秀吉と家康の丁々発止の駆け引きだけで進行して、それはそれでとても面白かったと思います。『どうする家康』では、榊原康政が小牧山城の周りに堀と土塁を築く過程や、のちに徳川四天と呼ばれる井伊直政、本多忠勝の合戦シーンまで描くことができました。これはバーチャルプロダクションだったからこそ映像化できたと思います」
合戦以外のシーンも、城、町、農村、森などを3DCGで作り、バーチャルプロダクションを駆使して撮影された。
「大河ドラマは基本的にスタジオで作っているドラマ。バーチャルプロダクションによるスタジオ撮影表現の拡張も狙いの一つでした。これまで、障子やふすまを閉めて撮ることが多かったのは抜けをつくるのが大変だったから。奥行きが感じられず、単調な雰囲気になってしまいがちでした。また、実際の大坂城はものすごく広くて、建物や調度品には金や銀がふんだんに使われ、飾り付けられていたと言われます。それをセットで再現するのは大変ですが、バーチャルプロダクションなら、どこまでも金のふすまが続いているような空間をLEDウォールに映し出すことができる。二条城のふすまとか一乗谷の土塀とか、現存する貴重な史料を撮影したデータをベースにCGを制作して、それらを組み合わせて、『どうする家康』の世界観は作られていきました。時代考証的にも非常にしっかりした空間をより大きなスケールで見せることができたと思います」
もし、バーチャルプロダクションを選んでいなかったら?
「脚本どおりの戦闘シーンはほぼ映像化できなかったでしょうから、全く違った『どうする家康』になっていたと思います」
■バーチャルプロダクションを持続可能な撮影手法に
今回、バーチャルプロダクションに取り組んで学んだことは多かったという。
「今後の課題としては、ドラマ制作において、バーチャルプロダクションの運用をいかにサステナブル(持続的)なものしていくか。今回つくったデジタル素材は、すべて汎用的に組み合わせてアップデートできるようになっています。オープンセットのように破棄するコストもかからないし、倉庫で保管する必要もない、ずっと使える、かつユニバーサルフォーマットな資産。しかも、『どうする家康』で試して一番意義があったのは、桶狭間から大坂の陣まで使える行軍や合戦など、戦国時代の主な場面のほぼすべての素材を作ることができたこと。それは信長でも秀吉でもなく徳川家康という長命の覇者の人生を描いたからこそできたことです。無駄にしたくないですね。
ただ、一番大きなLEDウォールを使った撮影でも横幅25メートル×高さ6メートル、かなり広がりのある画は作れましたが、やはり本物のロケーションを生かした撮影を選択した方がいい時もあると思うんです。バーチャルプロダクションか、ロケか、ではなく、いいとこ取りをしながら、視聴者にとっても現場で働く人間にとっても魅力的なドラマを作っていけたらと思います」
来年の大河ドラマは平安で、その次は江戸。ドラマ制作のデジタルシフトを止めなければ、幅広い時代をカバーする、考証的にも正確なデジタルワールドが充実・拡張していくことになる。次に『どうする家康』のデジタルワールドを生かせる戦国が舞台になるのはいつかわからないが、日本でバーチャルプロダクションを使った撮影は始まったばかり。初挑戦で『どうする家康』のクオリティが実現できたのであれば、今後、もっと普及して、進化して、運用に係るコストも極小化されれば、人手不足や限られた制作予算など、さまざまな壁を乗り越えなくてはならない映像制作現場の一つの突破口になるのは間違いないなさそうだ。
■バーチャルプロダクションとは?
最新技術であるインカメラVFXに加えて、従来のVFXやLEDウォールを活用したスクリーンプロセスの総称として「バーチャルプロダクション」という言葉を使っている。この記事では、特に最大のチャレンジであったインカメラVFXを指している。
インカメラVFXは、リアルタイムで映像処理するゲームエンジンの技術を活かし、巨大なLEDウォールにカメラの位置や方向に合わせたバーチャル背景を表示させ、被写体と背景を同時に撮影することができる技術。
これまで一般的だったグリーンバック撮影では、何もないグリーンの空間で演じる役者のシーンを撮影してから、ポストプロダクションと呼ばれる作業工程で、背景やそのほかのオブジェクトを映像に加えていった。一方、インカメラVFXによる撮影では、役者の芝居を撮りながら、背景の映像やオブジェクトをその場で調整でき、カメラ内で最終的な合成映像が作れてしまう。あたかもバーチャル背景の世界に入り込んだかのような自然な仕上がりになるのも特長だ。
この手法が世の中に広く知られるきっかけになったのは、2019年に米ディズニーがローンチした動画配信サービス「Disney+(ディズニープラス)」で配信された「スター・ウォーズ」のドラマシリーズ『マンダロリアン』。広大な砂漠のシーン、宇宙船の格納庫のシーンなど、全体の50%以上がバーチャルプロダクションを使って撮影された。何より、映画シリーズと遜色ないクオリティの映像表現を、限られたスケジュールと予算内で実現させたことが、世界中の映像制作者に大きなインパクトを与えたのだ。加藤氏もバーチャルプロダクションにさまざまな可能性を感じた一人だった。
大河ドラマでは前作『鎌倉殿の13人』でも一部バーチャルプロダクションを取り入れた撮影を行っていたが、全編にわたって本格的に運用したのは、『どうする家康』が初めて。しかも、「桶狭間の戦い」「三方ヶ原の戦い」「姉川の戦い」「小牧長久手の戦い」「関ヶ原の戦い」「大坂の陣」など、“戦国フルコース”ともいえる合戦シーンや各武将の行軍シーンのほぼすべてをバーチャルプロダクションで撮影した。
■どうしてバーチャルプロダクション?
大河ドラマは1963年にスタートして60年。その歴史の中で約半分が戦国時代を描いたもので、“合戦シーン”は大きな見せ場。『葵〜徳川三代〜』(2000年)の第1回で描かれた関ヶ原の戦いのロケには、参加した馬の数60頭、俳優・エキストラを含めた出演者が270人、東軍西軍雑兵の衣装もすべて違うものが用意され、旗の数は5000本以上という大規模なものだった。見応えたっぷりの合戦シーンは、その後の大河ドラマをはじめとしたさまざまな作品で再利用されている。
『真田丸』(16年)では主人公がその場にいなかった関ヶ原の合戦シーンは描かず、ラストの大坂の陣は砦「真田丸」のオープンセットを築いて撮影を行うなど、大胆にメリハリをつけて面白い作品を作り上げた。
「通常の大河ドラマでも合戦シーンなどの大規模ロケはできて2回。家康の場合、地方大会から全国大会へ行くかのように、徐々に戦の規模が大きくなって、桁違いに兵馬の数が増えていくわけです。従来のやり方では到底、描き切れない。どうする?と頭を悩ませていた時に『マンダロリアン』をきっかけにバーチャルプロダクションのことを知り、これで大規模なロケ撮影にも引けを取らないような映像が作れるならチャレンジしたいと思いました。ロケをしたってお金はかかる。だったらリソースをバーチャルプロダクションに注ぎ込んで試すことにしました」
新技術に挑戦することを選択した『どうする家康』チーム。その背景には、映像制作現場の労働環境改善という課題もあった。
「僕も大規模ロケは何度も経験していますが、面白くてやりがいはある。面白いけど、大きな負担にもなる。何ヶ月も前からロケ場所を確保して、いろいろ手配して、準備して、いざ撮影となっても天候の影響を受けることもあって。放送では1分くらいの映像を撮るのに1日がかりなんてことはざらで。当然、スタッフや俳優には疲労が蓄積しますし、環境にかかる負荷も大変大きいものです。さらに、感染症対策が加わって。
現実問題としてお金も時間もない。合戦のロケをしたくても、『葵〜徳川三代〜』のような大規模なものはできないです。予算的に馬は20頭、エキストラは100人がMAX。徳川軍と豊臣軍、50人ずつで撮影してもしょぼいですよね。だから100人でまず徳川軍を撮って、衣装や旗を変えて豊臣軍を撮って、ということをするのですが、衣装や旗を変えるのだって一苦労です。もちろん、その苦労に見合うだけの価値がロケにはあると思います。あるんだけど、過酷な労働環境のせいで若手が定着しなければ、慢性的な人手不足に陥り、撮影技術や作品の質の低下につながります。映像に興味を持つ若い人に対して体力が第一関門という常識を変え、制作現場を未来志向の魅力的なものにしない限り、この業界に将来はありません。バーチャルプロダクションを本格導入して、ロケを減らすという選択は、これまでの働き方とつくり方の劇的な改革に取り組むチャンスだと思いました」
結果、全体の約95%がバーチャルプロダクションを使った撮影となった。一部グリーンバックも使いつつ、「ロケは、桶狭間の戦いの後、逃げ出した元康(家康)を本多忠勝が捕まえる浜辺のシーンや、信長と家康が馬に乗って走るシーンなど数回やりましたが、いずれも出演者2、3人の大河ドラマのロケにおいては相当小規模なものでした。合戦シーンにおいても最小限にとどめています」
■目指したのはスタジオ撮影表現の拡張
一年以上かけて作品をつくっていくことができる大河ドラマは、常に最先端の実験場としての役割も担ってきた。『どうする家康』も「壮大な実験だった?」という問いかけに、「そうです」と答えた加藤氏。“実験”と言うより、“博打”に近いものもあったようだが…。
「2021年の夏からR&D(Research and Development=研究開発)に着手しました。バーチャルプロダクションのノウハウや設備が十分にない中で、最初は絶望的にうまくいかなかった。LEDウォールにCGが映らなくて、スタッフ全員が呆然と立ち尽くす日が3日続いたこともありました。そうこうしているうちに後に引けなくなってしまった。バーチャルプロダクションに賭けてしまっていたので、従来のロケ撮影に切り替えようにも、何一つ準備していなかった。でも、いざとなったら戦国時代劇についてはこれまでの蓄積があるので、何とかなると思った」と腹をくくった。
通常のドラマ制作スタッフ、バーチャルプロダクションの技術スタッフ、LEDに映し出す映像をつくるCGチームなど、各セクションの連携を高めながら課題を一つひとつ解決していき、22年2月頃にはバーチャルプロダクション撮影のかたちが見えてきたという。スタジオでの撮影開始は予定どおり22年6月。第1回で描かれた桶狭間の戦い(家康が果たした役割は大高城兵糧入れ)からインカメラVFXによる撮影を実施した。LEDウォールを背景にスタジオに建て込んだ美術セットの中で役者たちが芝居する。「初期にしてはよくできたと思います。1年かけてアップデートしていくのが大河ドラマ、もっと良くなるという確信も生まれました」と、加藤氏。
その後もあらゆる場面に活用しつつ、今年2月に、第22回の設楽原の戦い以降の合戦シーンに使う大軍勢の行軍や陣形、戦闘シーンをまとめた大規模な撮影を実施。関ヶ原の戦いや大坂の陣は台本が出来ていなかったが、時系列に沿っていろいろなシチュエーションの素材を撮影した。
「さらに、2月に撮った合戦映像をLEDに映し出しながら、その手前で本物の役者やエキストラたちの芝居を撮る。回を重ねるごとにノウハウが溜まっていき、ダイナミックな演出ができるようになっていきました。表現の幅が広がっていく実感がありました。兵馬合わせて4000体を超える合戦シーンを4日間で70パターンほど描写することもできたので、結構うまくいったんじゃないか、と。現状でやれる範囲のことはやれたと思います」
従来のロケでは表現できなかったが、バーチャルプロダクション撮影によって可能になったことも多々あったという。例えば…。
「大河ドラマで小牧長久手の戦いの回を僕自身が演出するのは、今回が3回目。『功名が辻』(2006年)の時は局地的な戦闘シーンをスタジオで撮っただけでした。第36回だったので、とてもロケをするようなスケジュール的な余裕はなかったし、物語としてもその必要性がなかった。その前の『秀吉』(1996年)では戦闘シーンすらありませんでした。秀吉と家康の丁々発止の駆け引きだけで進行して、それはそれでとても面白かったと思います。『どうする家康』では、榊原康政が小牧山城の周りに堀と土塁を築く過程や、のちに徳川四天と呼ばれる井伊直政、本多忠勝の合戦シーンまで描くことができました。これはバーチャルプロダクションだったからこそ映像化できたと思います」
合戦以外のシーンも、城、町、農村、森などを3DCGで作り、バーチャルプロダクションを駆使して撮影された。
「大河ドラマは基本的にスタジオで作っているドラマ。バーチャルプロダクションによるスタジオ撮影表現の拡張も狙いの一つでした。これまで、障子やふすまを閉めて撮ることが多かったのは抜けをつくるのが大変だったから。奥行きが感じられず、単調な雰囲気になってしまいがちでした。また、実際の大坂城はものすごく広くて、建物や調度品には金や銀がふんだんに使われ、飾り付けられていたと言われます。それをセットで再現するのは大変ですが、バーチャルプロダクションなら、どこまでも金のふすまが続いているような空間をLEDウォールに映し出すことができる。二条城のふすまとか一乗谷の土塀とか、現存する貴重な史料を撮影したデータをベースにCGを制作して、それらを組み合わせて、『どうする家康』の世界観は作られていきました。時代考証的にも非常にしっかりした空間をより大きなスケールで見せることができたと思います」
もし、バーチャルプロダクションを選んでいなかったら?
「脚本どおりの戦闘シーンはほぼ映像化できなかったでしょうから、全く違った『どうする家康』になっていたと思います」
■バーチャルプロダクションを持続可能な撮影手法に
今回、バーチャルプロダクションに取り組んで学んだことは多かったという。
「今後の課題としては、ドラマ制作において、バーチャルプロダクションの運用をいかにサステナブル(持続的)なものしていくか。今回つくったデジタル素材は、すべて汎用的に組み合わせてアップデートできるようになっています。オープンセットのように破棄するコストもかからないし、倉庫で保管する必要もない、ずっと使える、かつユニバーサルフォーマットな資産。しかも、『どうする家康』で試して一番意義があったのは、桶狭間から大坂の陣まで使える行軍や合戦など、戦国時代の主な場面のほぼすべての素材を作ることができたこと。それは信長でも秀吉でもなく徳川家康という長命の覇者の人生を描いたからこそできたことです。無駄にしたくないですね。
ただ、一番大きなLEDウォールを使った撮影でも横幅25メートル×高さ6メートル、かなり広がりのある画は作れましたが、やはり本物のロケーションを生かした撮影を選択した方がいい時もあると思うんです。バーチャルプロダクションか、ロケか、ではなく、いいとこ取りをしながら、視聴者にとっても現場で働く人間にとっても魅力的なドラマを作っていけたらと思います」
来年の大河ドラマは平安で、その次は江戸。ドラマ制作のデジタルシフトを止めなければ、幅広い時代をカバーする、考証的にも正確なデジタルワールドが充実・拡張していくことになる。次に『どうする家康』のデジタルワールドを生かせる戦国が舞台になるのはいつかわからないが、日本でバーチャルプロダクションを使った撮影は始まったばかり。初挑戦で『どうする家康』のクオリティが実現できたのであれば、今後、もっと普及して、進化して、運用に係るコストも極小化されれば、人手不足や限られた制作予算など、さまざまな壁を乗り越えなくてはならない映像制作現場の一つの突破口になるのは間違いないなさそうだ。
このニュースの流れをチェック
- 1. 『どうする家康』第41回あらすじ 家康、周囲から”天下人”と称される
- 2. 『どうする家康』第42回あらすじ 三成の大軍に囲まれ最期の時を迎えていた
- 3. 『どうする家康』第43回あらすじ 天下分け目の"関ヶ原の戦い"が始まる!
- 4. 『どうする家康』第44回あらすじ 徳川幕府誕生! 家康、関ヶ原の戦勝報告を行う
- 5. 『どうする家康』第45回あらすじ 秀頼の麗しさに人々は熱狂する
- 6. 『どうする家康』第46回あらすじ 家康、ついに「大坂の陣」に踏み切る
- 7. 『どうする家康』第47回あらすじ 家康の大筒による攻撃で難攻不落の大坂城は崩壊
- 8. 『どうする家康』最終回あらすじ 家康が”突然の病”に倒れる
- 9. 『どうする家康』新技術“バーチャルプロダクション”本格導入でロケ最小限に 背景に働き方&つくり方“改革”
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2023/12/14