世間にあふれる番組やコンテンツの数だけ、数多くの言葉が紡がれている。そんなあふれる言葉の波の中から、気になるものを紹介する連載【エンタメ言葉帳】。第8回は、7日に公開された上沼恵美子のYouTubeチャンネルおよび、古舘伊知郎のYouTubeチャンネルで実現した28年ぶりの“舌戦”を紹介したい。
■上沼「決着つけておいた方がいい」 紅白現場で孤軍奮闘
1994年、95年にともに紅白歌合戦の司会を務めた2人だが、以降一度も交わることがなく“不仲説”もささやかれていた。上沼は、古舘を迎える前に「傷だらけになって東京から帰ってきた思い出があります。39歳でございました。その時に、古舘さんと確執があったんじゃなかろうかとか、どうやったんやろうとか、よく言われました。気に留めてなかったんですが、1回決着つけておいた方がいいんじゃないかな」と率直な思いを打ち明けた。母の形見を身につけ、いざ決戦の時が訪れる。
上沼が待ち受ける部屋に入室した古舘は「すいません、失礼いたします」と深々と一礼。上沼が「ご無沙汰でございます。よくお越しにくださりました」と笑顔で迎えると、古舘が「今回は特別な気持ちでまいりました。上沼さんに配慮がなかったことを謝りにまいりました」と改めて謝罪すると、上沼が「全然、そんなこと思って過ごしておりません。28年ぶりでございます。うれしいです!」と迎え入れた。
話題はもちろん紅白での司会のこと。上沼が自身の認識を語りはじめ、古舘の司会ありきで自身へのオファーがあったのだと類推すると、古舘はすかさず「上沼さんのしゃべりはすごかったから、僕は東西舌戦で同時に決まったとしか思ってない」と応戦。上沼が「それは違うのでございます。古舘さん、どんな気持ちで私は東に向かったと思います?21歳の本当に何も知らないマネージャーなど、4人で行ったんです」とアウェイな現場であったことに触れ「あの頃の紅白は、紅と白のスタッフさえ違いましたもんね。NHKの建物に入った途端、ケンカしなさいよっていうところに置かれた気がするんです」と振り返った。
そんな上沼にとって、さらに追い打ちをかける出来事になったのは出場者たちの反応だったという。「当時、大女優さんが司会をやることが多かったから、ある演歌の方は『女優さんがよかったわ』っておっしゃったんですよ」などといった出来事を明かしながら「本当にナイフで刺される覚悟で行っていましたけど、ホンマに痛かったですね。来る人たちが感じ悪い」と孤軍奮闘ぶりを告白。「(出場歌手にとっては)やっと入れたとかっていう気持ちがあったんだと思います。大みそかの大イベント、歌手の方にとってみたら一番のお祭り。そこの司会がこれかいという感じでした。でも、それは私が歌手(の立場)であっても同じことを感じます。『この方、沖縄ですごい方なんです』って言われても、私もなんじゃこりゃって思います(笑)」と慮った。
■古舘が明かす双方の“認識のズレ” 上沼もしみじみ「人間っていうのは怖いですね」
ともに東西きっての“しゃべり手”ゆえに、自在に攻守が入れ替わりながら、互いに当時抱いていたことを率直に語っていく。当時の古舘にとって、上沼は“関西の女王”であることから「東西舌戦」に引けを取らないように必死だったようで、上沼が感じていた“アウェイ”への配慮が足りなかったと謝罪。「初めて顔合わせしたときに、上沼さんが『古舘さんのどたまかち割って見てみたい』って言ってくれたんですよ。いい意味で、盛り上げで。それで『私の方こそ、上沼さんの頭かち割って見てみたい』って言って、そこから舌戦になっちゃって、だから上沼さん大余裕だと思っていた」と認識にズレがあったと語っていく。
上沼は、司会をしていた時に古舘から嫌なことをされた認識はないと強調し「もういっぱいいっぱいでしたよ。古舘さんも必死でした」としみじみ。古舘が「上沼さんとやっている時は一瞬のスキもつけない。2年目のときなんか、僕が時間を読んで、その時に上沼さんは時間を読みながらも、誰かと電話しているようなひとりコントみたいなことをやって、めっちゃ面白くて…」と続けると、上沼は「ちょっとまってください。今真実をしゃべってらっしゃるんだったら、人間っていうのは怖いですね。誤解って」とかみしめるように話した。
そこから、さらに話は核心へと向かっていき、なぜ28年間も交わらなかったのかについてトーク。上沼が古舘への不信感を抱いた出来事を切り出し、紅白司会の数年後、とあるパーティーでのこととして、自身のラジオで共演しているアナウンサーが「上沼さんとラジオをやっている〇〇です」と古舘にあいさつしたところ、古舘から「本当にあの女には参ったよ、えらい目にあっちゃった」との言葉が返ってきたことを知り「その時、ムカつきました(笑)」と率直な思いをぶつけた。
上沼が「古舘さんおっしゃったと思います。私は、口調と表情まで見えましたもん」と笑いにくるみながらも呼びかけ、古舘も「えん罪で自白する人の気持ちがわかった。上沼さん、すみませんでした。言った可能性が十分ある」と謝罪する一幕も。上沼が「紅白の司会をされて1〜2年ですよ。もう絶好調ですもん。日本一ですもん。調子乗っていました」と指摘すると、古舘も恐縮しながら、その発言があったとしたらとの前置きで「上沼さんは面白いことを言う人で、僕はそこまで言えないので、上沼さんは時間も読める人だけど、これはスタッフとも話して、楽なポジションで面白いことを言ってもらうポジションになってもらって、こっちが時間読みを全部一手に引き受けようとやっていたので、その自負があって、やりこなした感で、時間読める人だけど、時間読まないでやってもらったから、こっちは大変だったんだよみたいなことを…」と思いを伝えた。
■上沼「もう私は古いんだなと思いました」 トーク終えて充実感「あったかい普通の方なんだ」
トークも佳境へと差し掛かり、上沼が当時の紅白について「あんな神経すり減らせる番組いかんと思います。それ比べたら今楽ですよ。紅白に限らずね」と吐露。各局のバラエティーに出演すると、カンペが用意されていたり、VTRを見る番組が中心になっていることに気づき「もう私は古いんだなと思いました。自分で回すっていうのが。大阪の番組は予算がないので、昔から司会者に託すんです。自分の自己満足の番組ができるんですけど、それはもう許されないんですよ。コンプライアンスというものもありますけども…」と話していった。
28年間交わらなかった相手と、時間を忘れてのトークに、上沼も「歳を重ねていって、今こんな感じで古舘さんとこんなところでおしゃべりできるっていうのが、むちゃくちゃ時間ってすごい力を持っているな」と喜びをかみしめ、エンディングを迎えていった。
古舘とのトークを終えて、上沼は充実感をにじませていた。「久しぶりに疲れましたね。いい疲れです。口調とか物腰とかやわらかくなられましたね。だって28年だもんね。ちょうど40歳くらいですよね、古舘さん。あの頃ね。尖ってはった。こういう機会は、やるべきやなって思いました。やっぱりなんでも扉は開いてみらなアカンなと。あったかい普通の方なんだなと思いました。ちょっと冷たい血が流れているような誤解がずっとあったから。(古舘には)一生しゃべっていてほしいと思います」。
28年という年月があったからこその空気感が流れる中で繰り広げられた、今なお現役バリバリな2人による“トーク一本勝負”から、それぞれの思い、矜持がにじみ出ていた。
■上沼「決着つけておいた方がいい」 紅白現場で孤軍奮闘
1994年、95年にともに紅白歌合戦の司会を務めた2人だが、以降一度も交わることがなく“不仲説”もささやかれていた。上沼は、古舘を迎える前に「傷だらけになって東京から帰ってきた思い出があります。39歳でございました。その時に、古舘さんと確執があったんじゃなかろうかとか、どうやったんやろうとか、よく言われました。気に留めてなかったんですが、1回決着つけておいた方がいいんじゃないかな」と率直な思いを打ち明けた。母の形見を身につけ、いざ決戦の時が訪れる。
上沼が待ち受ける部屋に入室した古舘は「すいません、失礼いたします」と深々と一礼。上沼が「ご無沙汰でございます。よくお越しにくださりました」と笑顔で迎えると、古舘が「今回は特別な気持ちでまいりました。上沼さんに配慮がなかったことを謝りにまいりました」と改めて謝罪すると、上沼が「全然、そんなこと思って過ごしておりません。28年ぶりでございます。うれしいです!」と迎え入れた。
話題はもちろん紅白での司会のこと。上沼が自身の認識を語りはじめ、古舘の司会ありきで自身へのオファーがあったのだと類推すると、古舘はすかさず「上沼さんのしゃべりはすごかったから、僕は東西舌戦で同時に決まったとしか思ってない」と応戦。上沼が「それは違うのでございます。古舘さん、どんな気持ちで私は東に向かったと思います?21歳の本当に何も知らないマネージャーなど、4人で行ったんです」とアウェイな現場であったことに触れ「あの頃の紅白は、紅と白のスタッフさえ違いましたもんね。NHKの建物に入った途端、ケンカしなさいよっていうところに置かれた気がするんです」と振り返った。
そんな上沼にとって、さらに追い打ちをかける出来事になったのは出場者たちの反応だったという。「当時、大女優さんが司会をやることが多かったから、ある演歌の方は『女優さんがよかったわ』っておっしゃったんですよ」などといった出来事を明かしながら「本当にナイフで刺される覚悟で行っていましたけど、ホンマに痛かったですね。来る人たちが感じ悪い」と孤軍奮闘ぶりを告白。「(出場歌手にとっては)やっと入れたとかっていう気持ちがあったんだと思います。大みそかの大イベント、歌手の方にとってみたら一番のお祭り。そこの司会がこれかいという感じでした。でも、それは私が歌手(の立場)であっても同じことを感じます。『この方、沖縄ですごい方なんです』って言われても、私もなんじゃこりゃって思います(笑)」と慮った。
ともに東西きっての“しゃべり手”ゆえに、自在に攻守が入れ替わりながら、互いに当時抱いていたことを率直に語っていく。当時の古舘にとって、上沼は“関西の女王”であることから「東西舌戦」に引けを取らないように必死だったようで、上沼が感じていた“アウェイ”への配慮が足りなかったと謝罪。「初めて顔合わせしたときに、上沼さんが『古舘さんのどたまかち割って見てみたい』って言ってくれたんですよ。いい意味で、盛り上げで。それで『私の方こそ、上沼さんの頭かち割って見てみたい』って言って、そこから舌戦になっちゃって、だから上沼さん大余裕だと思っていた」と認識にズレがあったと語っていく。
上沼は、司会をしていた時に古舘から嫌なことをされた認識はないと強調し「もういっぱいいっぱいでしたよ。古舘さんも必死でした」としみじみ。古舘が「上沼さんとやっている時は一瞬のスキもつけない。2年目のときなんか、僕が時間を読んで、その時に上沼さんは時間を読みながらも、誰かと電話しているようなひとりコントみたいなことをやって、めっちゃ面白くて…」と続けると、上沼は「ちょっとまってください。今真実をしゃべってらっしゃるんだったら、人間っていうのは怖いですね。誤解って」とかみしめるように話した。
そこから、さらに話は核心へと向かっていき、なぜ28年間も交わらなかったのかについてトーク。上沼が古舘への不信感を抱いた出来事を切り出し、紅白司会の数年後、とあるパーティーでのこととして、自身のラジオで共演しているアナウンサーが「上沼さんとラジオをやっている〇〇です」と古舘にあいさつしたところ、古舘から「本当にあの女には参ったよ、えらい目にあっちゃった」との言葉が返ってきたことを知り「その時、ムカつきました(笑)」と率直な思いをぶつけた。
上沼が「古舘さんおっしゃったと思います。私は、口調と表情まで見えましたもん」と笑いにくるみながらも呼びかけ、古舘も「えん罪で自白する人の気持ちがわかった。上沼さん、すみませんでした。言った可能性が十分ある」と謝罪する一幕も。上沼が「紅白の司会をされて1〜2年ですよ。もう絶好調ですもん。日本一ですもん。調子乗っていました」と指摘すると、古舘も恐縮しながら、その発言があったとしたらとの前置きで「上沼さんは面白いことを言う人で、僕はそこまで言えないので、上沼さんは時間も読める人だけど、これはスタッフとも話して、楽なポジションで面白いことを言ってもらうポジションになってもらって、こっちが時間読みを全部一手に引き受けようとやっていたので、その自負があって、やりこなした感で、時間読める人だけど、時間読まないでやってもらったから、こっちは大変だったんだよみたいなことを…」と思いを伝えた。
■上沼「もう私は古いんだなと思いました」 トーク終えて充実感「あったかい普通の方なんだ」
トークも佳境へと差し掛かり、上沼が当時の紅白について「あんな神経すり減らせる番組いかんと思います。それ比べたら今楽ですよ。紅白に限らずね」と吐露。各局のバラエティーに出演すると、カンペが用意されていたり、VTRを見る番組が中心になっていることに気づき「もう私は古いんだなと思いました。自分で回すっていうのが。大阪の番組は予算がないので、昔から司会者に託すんです。自分の自己満足の番組ができるんですけど、それはもう許されないんですよ。コンプライアンスというものもありますけども…」と話していった。
28年間交わらなかった相手と、時間を忘れてのトークに、上沼も「歳を重ねていって、今こんな感じで古舘さんとこんなところでおしゃべりできるっていうのが、むちゃくちゃ時間ってすごい力を持っているな」と喜びをかみしめ、エンディングを迎えていった。
古舘とのトークを終えて、上沼は充実感をにじませていた。「久しぶりに疲れましたね。いい疲れです。口調とか物腰とかやわらかくなられましたね。だって28年だもんね。ちょうど40歳くらいですよね、古舘さん。あの頃ね。尖ってはった。こういう機会は、やるべきやなって思いました。やっぱりなんでも扉は開いてみらなアカンなと。あったかい普通の方なんだなと思いました。ちょっと冷たい血が流れているような誤解がずっとあったから。(古舘には)一生しゃべっていてほしいと思います」。
28年という年月があったからこその空気感が流れる中で繰り広げられた、今なお現役バリバリな2人による“トーク一本勝負”から、それぞれの思い、矜持がにじみ出ていた。
2023/07/10