Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔(35)が主演を務める映画『そして僕は途方に暮れる』が1月13日(金)より公開される。2018年にシアターコクーンで上演されたオリジナル舞台を、脚本・監督・三浦大輔氏×主演・藤ヶ谷の再タッグで映画化。平凡な1人のフリーター・菅原裕一が、ささいなことから、あらゆる人間関係を断ち切る“現実逃避型”エンタテインメントだ。
今回ORICON NEWSでは藤ヶ谷にインタビューを実施。今作で演じた役柄への思い入れ、そして30代を迎えより「肩の力が抜けた」という現在の仕事への向き合い方を明かしてくれた。
■“クズ役”で新境地開拓、三浦大輔監督への感謝 アイドルらしさ「完全に外してもらえた」
――舞台でやった作品を映画化すると聞いた時の第一印象はいかがでしたか。
舞台のときには映像化の話はまだなかったので、自分の中では裕一を完全にやりきったという思いがありました。だから映画化するとなったときには、また裕一に会えるという喜びが “一瞬”だけありましたね。ですが、稽古も何百回も重ねたし、舞台でもあれだけきつかった三浦組を映像でやるとなったら、あれより大変そうだと思いテンションが下がりました。生半可な気持ちではできませんから、「楽しそうです、やりたいです」とは言えなくなってしまう。でも舞台は見に来てくださった方にしか残らない儚いものだったりしますが、それが映画で広がるというのはありがたいことですよね。映画を観た方に、舞台を見に行けばよかったと思っていただけたら、なおうれしいです。
――藤ヶ谷さん演じる菅原裕一は嫌なことから逃げてしまうキャラクターですが、共感できる部分はありましたか?
僕もつらいときには逃げたいと思うことはありますが、共感できるのはそこくらいですね。でも裕一のことは友達にほしいと思います。世の中、逃げたくても逃げられない人が大半ですが、裕一は逃げている。こちらは逃げていない側なので、どうやって戻ったのかなど聞きたい話はいっぱいありますね。
――裕一は“クズ男”ではあるけれど、なぜか嫌いになれないところがありますね。
そうなんですよ。中途半端なクズは一番嫌われて、いききったクズは愛されるというのは人間の不思議な心理ですよね。もし裕一が友達だったらと考えたときに、10回メシに誘って9回は来ないのに1回だけ来てくれたら、みんなが「来てくれてありがとう!」となるので、いいキャラクターだと思います。
――裕一は逃げていくうちにどんどん悲壮感が顔に出てきますが、その感情をどう芝居の時に溜め込んでいましたか。
そこで得たものを忘れずに、ずっと力を入れて握っておくしかないんです。撮影の途中でバラエティーの収録が入ったりもしましたが、僕は器用なタイプではないのでバラエティーをやっているときも気が気じゃないんです。「前の撮影の時の感覚を覚えているかな」と収録中によぎっちゃったりする。天才肌の人は現場が終わったらそのまま帰って、次に現場に入ればすぐに芝居ができるといいますが、僕は忘れないようにしておかなければなりません。順撮りではないので、今、撮影がどういう状況になっているかということを毎回監督とイメージして話していました。
――裕一は藤ヶ谷さんにとって、それだけ思い入れのある役なのですね。
三浦さんと舞台でご一緒したときに、芝居のときのアイドルっぽさみたいなものを完全に外してもらえたなと思ったんです。今まで必死に集めてきたものを必死に剥がす作業は、剥がし方もわからないし本当に大変でした。そういうことも相まって、すごく思い入れのある役です。あのタイミングで三浦さんと出会えたことは、ものすごく大きいなと思っていますね。
■役者業に意欲も、胸にはグループへの愛情「自分を知ってキスマイを好きになってくれたら」
――ターニングポイントにはなりましたか?
もちろんなりました。でも難しいもので、舞台が終わった次の日に歌番組やライブがあれば「もうちょっとアイドルっぽく」ということを言われる。あちらの現場でいらなかったものが、こちらでは必要になるので、ジャニーズって大変だなと思いました。
――その場合、アイドルと裕一役で自分を出しやすいと感じるのはどちらなのでしょうか。
言葉で説明するのは難しいですけれど、今の自分のスタンスが一番やりやすいです。20代は覚えていただくためにも、カッコつけでいこうと思っていましたが、30歳を過ぎて肩の力が抜けてきました。30歳の時に三浦さんと出会いましたが、ちょうど、そういう自分の思いといろいろ重なったときだったので、それがターニングポイントにもなりましたね。アイドル活動は作るというよりは自然にできたらいいし、常にキラキラしていなくてもいいとは思っています。逆に全員がキラキラしている中で沈んでいる人がいれば目立つので、それもおもしろいとは思います。あまり決め込んでやったことはないし、特に30代からは自然にやっていますね。
――まさに、この作品で藤ヶ谷さんの新しい一面を見たという気持ちになりました。今回の作品を通して何か気づきはありましたか。また、今後芝居で挑戦してみたいことを教えてください。
芝居が好きで挑戦させていただくことが多いのですが、基本としてはグループ活動がメイン。僕はそこに支障が出るレベルのソロ活動はしないようにしていましたが、この映画でそこのバランスが崩れてしまった。でも、それが自分のキャパを見直す良い機会にもなりました。今後は、自分にないような人物像をやりたいです。サイコパスみたいな役やヒモ男もやってみたいし、韓国のヤクザ系映画も好きなのでやりたいですね。
――具体的に好きな作品があれば教えてください。
ヤン・イクチュンさんの『息もできない』が好きですね。ヤクザ系だと『チェイサー』や『すばらしき世界』。ああいうのが好きなんですよ。そういうものをやりながら一方で“ラブ”もやりたい。どっちつかずになりそうですがいろいろとやって、それがグループに還元できればと思っています。今回も三浦さんが好きで映画を見に来た人が、僕を通してキスマイを知ってくれたらいいなと思うんですよ。自分発信でキスマイに入って、違うメンバーのところで留まったら、なおさらそれが理想ですね。自分を知って自分のファンになってくださいというよりは、自分を知ってキスマイを好きになってくれたらという思いは常にどこかにありますよ。だからこそ、いろいろなことに挑戦しています。
■過酷な現場、疲弊していく役柄、それでも「めちゃめちゃつらい半面、楽しかった」
――今回のように複数の役者さんとやり取りがある作品現場において、特に気をつけていることはありますか。
(裕一は逃げ続ける役なので)自分が“前の人”から逃げてきたという感覚を常に持ち続けることを大事にしています。裕一と2番目に会った人は1番目の人との間にどういうことが起きたかを知らないけれど、自分は全部経験しているので、その経験をためた状態で会うことになる。だから疲弊するんだったらどんどん疲弊していかないといけないですよね、最後の人の時には特に。そういう部分は大事にしていました。
――まさに疲弊していく様が描かれていました。今回の過酷な撮影の中で最後まで気力を保てた理由はなんでしょうか。
この作品は逃げる側の気持ちに立つのか、逃げられた側の気持ちに立つのかで共感する部分が変わるからこそ、若い子から年配の方にまで幅広く刺さる作品だと思います。たくさんの方に見ていただいて、そこからキスマイに何かを返すことが絶対できると信じてやりきりました。あとは演劇の現場が好きなので、めちゃめちゃつらい半面、楽しかった。でも今になって思うと本当によくやったなと思います。ジャニーズならつらくても「いや僕は大丈夫です」と言うのがかっこいいというのがあったけれど、今回は「つらかった話も全部出したろう」と思いまして。だって楽しかったエピソードが一つもないので、話せることと言えばつらかった話になってしまうじゃないですか(笑)。
――最もきつかったシーンはどこですか。
経験上、セリフがない携帯の寄りの場合には、ピントが合えば1〜2回で撮影が終わっていました。けれど今回は携帯の寄りに3時間かかった。自転車も相当の距離をこぎましたが、実際に使われるシーンはピークのところの2秒くらいです。三浦さんは舞台の方なので常に良いところだけを欲しい。だから走るシーンもピークの2秒のためだけに商店街を何分も走っています。
――携帯の画面を撮るのに3時間かけたということですが、三浦さんにはどんな意図があってのことなのでしょうか。
それについて細かいところは正直わからなくて。だから大ベテランの豊川悦司さんが一報出しのときに「三浦よ、何を見ていたんだ」っていうコメントをしたのにはメチャメチャしびれました。あのコメントはすごいですよ。そのときの三浦さんのOKラインというものがあるんです。三浦さんは何でも覚えているので、携帯の撮影の時にも「前半は10回目の感じにして、後半は16回目にしようかな」などと言うのですが、ごめんなさい、こちらは覚えていないですね。それでまたやると「さっきの16回目、ちょっと親指の動きが違ったな」と言うんです。この現場を存分に味わって吸収して、自分は三浦組を経験できてよかったと思っています。オールアップしたときに三浦さんが僕にハイタッチして子供のように飛び跳ねて喜んだんですよ。それで三浦さんのことを愛くるしいなと思っちゃって。あれできっとみんな、もう一回三浦さんとやろうという気持ちになるんじゃないかと思います。そこは心の中で「いや駄目、駄目だよ。また辛い思いするぞ」と自分に言い聞かせました(笑)。(文/Nana Numoto)
今回ORICON NEWSでは藤ヶ谷にインタビューを実施。今作で演じた役柄への思い入れ、そして30代を迎えより「肩の力が抜けた」という現在の仕事への向き合い方を明かしてくれた。
■“クズ役”で新境地開拓、三浦大輔監督への感謝 アイドルらしさ「完全に外してもらえた」
――舞台でやった作品を映画化すると聞いた時の第一印象はいかがでしたか。
舞台のときには映像化の話はまだなかったので、自分の中では裕一を完全にやりきったという思いがありました。だから映画化するとなったときには、また裕一に会えるという喜びが “一瞬”だけありましたね。ですが、稽古も何百回も重ねたし、舞台でもあれだけきつかった三浦組を映像でやるとなったら、あれより大変そうだと思いテンションが下がりました。生半可な気持ちではできませんから、「楽しそうです、やりたいです」とは言えなくなってしまう。でも舞台は見に来てくださった方にしか残らない儚いものだったりしますが、それが映画で広がるというのはありがたいことですよね。映画を観た方に、舞台を見に行けばよかったと思っていただけたら、なおうれしいです。
――藤ヶ谷さん演じる菅原裕一は嫌なことから逃げてしまうキャラクターですが、共感できる部分はありましたか?
僕もつらいときには逃げたいと思うことはありますが、共感できるのはそこくらいですね。でも裕一のことは友達にほしいと思います。世の中、逃げたくても逃げられない人が大半ですが、裕一は逃げている。こちらは逃げていない側なので、どうやって戻ったのかなど聞きたい話はいっぱいありますね。
――裕一は“クズ男”ではあるけれど、なぜか嫌いになれないところがありますね。
そうなんですよ。中途半端なクズは一番嫌われて、いききったクズは愛されるというのは人間の不思議な心理ですよね。もし裕一が友達だったらと考えたときに、10回メシに誘って9回は来ないのに1回だけ来てくれたら、みんなが「来てくれてありがとう!」となるので、いいキャラクターだと思います。
――裕一は逃げていくうちにどんどん悲壮感が顔に出てきますが、その感情をどう芝居の時に溜め込んでいましたか。
そこで得たものを忘れずに、ずっと力を入れて握っておくしかないんです。撮影の途中でバラエティーの収録が入ったりもしましたが、僕は器用なタイプではないのでバラエティーをやっているときも気が気じゃないんです。「前の撮影の時の感覚を覚えているかな」と収録中によぎっちゃったりする。天才肌の人は現場が終わったらそのまま帰って、次に現場に入ればすぐに芝居ができるといいますが、僕は忘れないようにしておかなければなりません。順撮りではないので、今、撮影がどういう状況になっているかということを毎回監督とイメージして話していました。
――裕一は藤ヶ谷さんにとって、それだけ思い入れのある役なのですね。
三浦さんと舞台でご一緒したときに、芝居のときのアイドルっぽさみたいなものを完全に外してもらえたなと思ったんです。今まで必死に集めてきたものを必死に剥がす作業は、剥がし方もわからないし本当に大変でした。そういうことも相まって、すごく思い入れのある役です。あのタイミングで三浦さんと出会えたことは、ものすごく大きいなと思っていますね。
■役者業に意欲も、胸にはグループへの愛情「自分を知ってキスマイを好きになってくれたら」
――ターニングポイントにはなりましたか?
もちろんなりました。でも難しいもので、舞台が終わった次の日に歌番組やライブがあれば「もうちょっとアイドルっぽく」ということを言われる。あちらの現場でいらなかったものが、こちらでは必要になるので、ジャニーズって大変だなと思いました。
――その場合、アイドルと裕一役で自分を出しやすいと感じるのはどちらなのでしょうか。
言葉で説明するのは難しいですけれど、今の自分のスタンスが一番やりやすいです。20代は覚えていただくためにも、カッコつけでいこうと思っていましたが、30歳を過ぎて肩の力が抜けてきました。30歳の時に三浦さんと出会いましたが、ちょうど、そういう自分の思いといろいろ重なったときだったので、それがターニングポイントにもなりましたね。アイドル活動は作るというよりは自然にできたらいいし、常にキラキラしていなくてもいいとは思っています。逆に全員がキラキラしている中で沈んでいる人がいれば目立つので、それもおもしろいとは思います。あまり決め込んでやったことはないし、特に30代からは自然にやっていますね。
――まさに、この作品で藤ヶ谷さんの新しい一面を見たという気持ちになりました。今回の作品を通して何か気づきはありましたか。また、今後芝居で挑戦してみたいことを教えてください。
芝居が好きで挑戦させていただくことが多いのですが、基本としてはグループ活動がメイン。僕はそこに支障が出るレベルのソロ活動はしないようにしていましたが、この映画でそこのバランスが崩れてしまった。でも、それが自分のキャパを見直す良い機会にもなりました。今後は、自分にないような人物像をやりたいです。サイコパスみたいな役やヒモ男もやってみたいし、韓国のヤクザ系映画も好きなのでやりたいですね。
――具体的に好きな作品があれば教えてください。
ヤン・イクチュンさんの『息もできない』が好きですね。ヤクザ系だと『チェイサー』や『すばらしき世界』。ああいうのが好きなんですよ。そういうものをやりながら一方で“ラブ”もやりたい。どっちつかずになりそうですがいろいろとやって、それがグループに還元できればと思っています。今回も三浦さんが好きで映画を見に来た人が、僕を通してキスマイを知ってくれたらいいなと思うんですよ。自分発信でキスマイに入って、違うメンバーのところで留まったら、なおさらそれが理想ですね。自分を知って自分のファンになってくださいというよりは、自分を知ってキスマイを好きになってくれたらという思いは常にどこかにありますよ。だからこそ、いろいろなことに挑戦しています。
■過酷な現場、疲弊していく役柄、それでも「めちゃめちゃつらい半面、楽しかった」
――今回のように複数の役者さんとやり取りがある作品現場において、特に気をつけていることはありますか。
(裕一は逃げ続ける役なので)自分が“前の人”から逃げてきたという感覚を常に持ち続けることを大事にしています。裕一と2番目に会った人は1番目の人との間にどういうことが起きたかを知らないけれど、自分は全部経験しているので、その経験をためた状態で会うことになる。だから疲弊するんだったらどんどん疲弊していかないといけないですよね、最後の人の時には特に。そういう部分は大事にしていました。
――まさに疲弊していく様が描かれていました。今回の過酷な撮影の中で最後まで気力を保てた理由はなんでしょうか。
この作品は逃げる側の気持ちに立つのか、逃げられた側の気持ちに立つのかで共感する部分が変わるからこそ、若い子から年配の方にまで幅広く刺さる作品だと思います。たくさんの方に見ていただいて、そこからキスマイに何かを返すことが絶対できると信じてやりきりました。あとは演劇の現場が好きなので、めちゃめちゃつらい半面、楽しかった。でも今になって思うと本当によくやったなと思います。ジャニーズならつらくても「いや僕は大丈夫です」と言うのがかっこいいというのがあったけれど、今回は「つらかった話も全部出したろう」と思いまして。だって楽しかったエピソードが一つもないので、話せることと言えばつらかった話になってしまうじゃないですか(笑)。
――最もきつかったシーンはどこですか。
経験上、セリフがない携帯の寄りの場合には、ピントが合えば1〜2回で撮影が終わっていました。けれど今回は携帯の寄りに3時間かかった。自転車も相当の距離をこぎましたが、実際に使われるシーンはピークのところの2秒くらいです。三浦さんは舞台の方なので常に良いところだけを欲しい。だから走るシーンもピークの2秒のためだけに商店街を何分も走っています。
――携帯の画面を撮るのに3時間かけたということですが、三浦さんにはどんな意図があってのことなのでしょうか。
それについて細かいところは正直わからなくて。だから大ベテランの豊川悦司さんが一報出しのときに「三浦よ、何を見ていたんだ」っていうコメントをしたのにはメチャメチャしびれました。あのコメントはすごいですよ。そのときの三浦さんのOKラインというものがあるんです。三浦さんは何でも覚えているので、携帯の撮影の時にも「前半は10回目の感じにして、後半は16回目にしようかな」などと言うのですが、ごめんなさい、こちらは覚えていないですね。それでまたやると「さっきの16回目、ちょっと親指の動きが違ったな」と言うんです。この現場を存分に味わって吸収して、自分は三浦組を経験できてよかったと思っています。オールアップしたときに三浦さんが僕にハイタッチして子供のように飛び跳ねて喜んだんですよ。それで三浦さんのことを愛くるしいなと思っちゃって。あれできっとみんな、もう一回三浦さんとやろうという気持ちになるんじゃないかと思います。そこは心の中で「いや駄目、駄目だよ。また辛い思いするぞ」と自分に言い聞かせました(笑)。(文/Nana Numoto)

2023/01/06