昭和・平成を代表するプロレスラーとして愛されたアントニオ猪木(本名・猪木寛至=いのき・かんじ)さんが1日午前7時40分、心不全のため死去した。79歳だった。訃報を受け、プロレスラーたちが追悼した。
ツイッターで、永田裕志は「おはようございます。今起きてすぐに、猪木会長の訃報を知りました。まだ信じられない気持ちで、混乱してます」と心境を明かすと「もう一度猪木会長の笑顔が見たかった。アントニオ猪木会長のご冥福をお祈りいたします」と結んだ。
前田日明もツイッターを投稿。猪木さんとの2ショットを添えながら「慟哭 いつも黙って背中で語り行動する人でした。猪木寛至と同時代を過ごせた事が幸運でした」と胸の内をつづると「とんでもなくお世話になりました。有難う御座いました。長い間お疲れ様でございました。御冥福を衷心よりお祈り申し上げます」と偲んでいた。
猪木さんは、“燃える闘魂”のキャッチフレーズとともに、「1、2、3、ダー!」「元気があればなんでもできる」などの名セリフで、プロレスファンならず愛される存在だった。一方で、政治家として、89年に「スポーツ平和党」を結党し、参議院議員を2期務めた。スポーツを通じて平和外交に努め、湾岸戦争では日本人人質解放のキーマンとなった。
ツイッターで、永田裕志は「おはようございます。今起きてすぐに、猪木会長の訃報を知りました。まだ信じられない気持ちで、混乱してます」と心境を明かすと「もう一度猪木会長の笑顔が見たかった。アントニオ猪木会長のご冥福をお祈りいたします」と結んだ。
猪木さんは、“燃える闘魂”のキャッチフレーズとともに、「1、2、3、ダー!」「元気があればなんでもできる」などの名セリフで、プロレスファンならず愛される存在だった。一方で、政治家として、89年に「スポーツ平和党」を結党し、参議院議員を2期務めた。スポーツを通じて平和外交に努め、湾岸戦争では日本人人質解放のキーマンとなった。
おはようございます。
— 永田裕志 (@nagata769) October 1, 2022
今起きてすぐに、猪木会長の訃報を知りました。
まだ信じられない気持ちで、混乱してます。
もう一度猪木会長の笑顔が見たかった。
アントニオ猪木会長のご冥福をお祈りいたします。
永田裕志
慟哭
— 前田日明 Official (@AkiraMaedaWORLD) October 1, 2022
いつも黙って背中で語り行動する人でした。
猪木寛至と同時代を過ごせた事が幸運でした。
とんでもなくお世話になりました。
有難う御座いました。
長い間お疲れ様でございました。
御冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
前田日明 pic.twitter.com/ihpl2Vbf1h
2022/10/01