かつて「浪速のロッキー」と日本中を熱狂させたプロボクサー、その後、俳優、タレントとして活躍する赤井英和。その息子で現役のプロボクサー、かつアメリカで映像を学んだ赤井英五郎が監督を務めた映画『AKAI』が、9月9日より東京の新宿ピカデリーほか全国で公開されることが決定した。
赤井英和は、1980年にプロボクサーとして鮮烈なデビューを飾り、戦績は21戦19勝16KO2敗。もっと前へ、もっと強く。ひたすら、どつき倒す。倒れても立ち上がる。その歩みを止めない、戦いを止めないスタイルは、多くの人を魅了し、大阪市西成区生まれの“AKAI”を「浪速のロッキー」と呼んだのだった。本人は純粋にボクシングを愛し、相手をどつきまくっただけ。その姿が40年ちかい時を経て、スクリーンに蘇る。
世界王者に挑戦した「ブルース・カリー戦」と引退の引き金になった「大和田正春戦」の迫力の試合映像、再起不能のダウンから復活を遂げ、自分自身を演じた俳優デビュー作『どついたるねん』(1989年)を、貴重なインタビューとともにつづる。
解禁されたポスタービジュアルに大きく映し出されている絞り込まれた若き日の赤井の姿は、日本を代表する写真家・篠山紀信が、引退の引き金になった「大和田正春戦」の直前に撮影したマスコミ初出しの貴重な写真。赤井の引退への迷いや葛藤が感じられる1枚だ。
赤井英五郎監督は「この映画には、コロナ過で感じたこと、家族への思いなど、いろんな思いを込めて作りました。父(赤井英和)は、過去や未来のことを考えられない性格、今この瞬間でしか生きていない。それは父の才能でもあるけど、『今日頑張れば、明日があるかもしれない。』、これから観る方にはそんなことを感じてほしいです」と、作品に込めた思いを明かす。
本作には、『どついたるねん』の阪本順治監督が全面協力。「『ひとは、生きてさえすりゃ、おもしろいことあるよ!』と、云われたかのような感慨と感動を覚えた。おかしみから始まり、やがて哀愁へとつづられ、そして、赤井英和という漢(おとこ)の温かな懐につつまれる。人々が孤立し、いびつで不寛容な社会になってしまったいま、最も観るべき最高の映画!」と、コメントを寄せている。
赤井英和は、1980年にプロボクサーとして鮮烈なデビューを飾り、戦績は21戦19勝16KO2敗。もっと前へ、もっと強く。ひたすら、どつき倒す。倒れても立ち上がる。その歩みを止めない、戦いを止めないスタイルは、多くの人を魅了し、大阪市西成区生まれの“AKAI”を「浪速のロッキー」と呼んだのだった。本人は純粋にボクシングを愛し、相手をどつきまくっただけ。その姿が40年ちかい時を経て、スクリーンに蘇る。
世界王者に挑戦した「ブルース・カリー戦」と引退の引き金になった「大和田正春戦」の迫力の試合映像、再起不能のダウンから復活を遂げ、自分自身を演じた俳優デビュー作『どついたるねん』(1989年)を、貴重なインタビューとともにつづる。
解禁されたポスタービジュアルに大きく映し出されている絞り込まれた若き日の赤井の姿は、日本を代表する写真家・篠山紀信が、引退の引き金になった「大和田正春戦」の直前に撮影したマスコミ初出しの貴重な写真。赤井の引退への迷いや葛藤が感じられる1枚だ。
赤井英五郎監督は「この映画には、コロナ過で感じたこと、家族への思いなど、いろんな思いを込めて作りました。父(赤井英和)は、過去や未来のことを考えられない性格、今この瞬間でしか生きていない。それは父の才能でもあるけど、『今日頑張れば、明日があるかもしれない。』、これから観る方にはそんなことを感じてほしいです」と、作品に込めた思いを明かす。
本作には、『どついたるねん』の阪本順治監督が全面協力。「『ひとは、生きてさえすりゃ、おもしろいことあるよ!』と、云われたかのような感慨と感動を覚えた。おかしみから始まり、やがて哀愁へとつづられ、そして、赤井英和という漢(おとこ)の温かな懐につつまれる。人々が孤立し、いびつで不寛容な社会になってしまったいま、最も観るべき最高の映画!」と、コメントを寄せている。
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2022/06/17