タレントのデヴィ夫人(81)が、23日放送の読売テレビ『八方・陣内・方正の黄金列伝』(後4:25)に出演。インドネシア建国の父とされるスカルノ初代大統領との出会いを明かした。
当時、赤坂の高級クラブで働いていたデヴィ夫人は「インドネシアと日本の貿易の仕事をしていた方がいて、その人のガールフレンドと私がお友だちで」と説明。その友人女性と現在の東京宝塚劇場で映画を見ようと、帝国劇場のレストランで待ち合わせをしていたところ、「大統領ご一行が通られたんですよ」と振り返った。
スカルノ大統領の従者から「(大統領が)上でお茶会をしているので、そこでお待ちになられませんか?」と誘われ、会場に向かうとそこは「正面にでーんと大統領が座っていらして…」と華やかなパーティーだったという。この運命の出会いに、月亭方正は「おとぎ話みたい」と感嘆の声をあげた。
その後、デヴィ夫人はスカルノ大統領と文通を経て、「3ヶ月後に『2週間ぐらいインドネシアに遊びに来ませんか?』って言われて、その2週間が永遠になってしまったんですけど」としみじみ。インドネシアへ行くことは母にも伝えなかったという。
スカルノ大統領から英語で「私のインスピレーションとなって力の源泉となり、私の人生の喜びとなってください」とプロポーズされ、「こんな美しいプロポーズの言葉、100年行きても聞かれないだろう。天の定めと思った」と“第三夫人”になることを決意。デヴィ夫人は「若かったからこそできたと思うんですよ」と懐かしげに振り返った。
当時、赤坂の高級クラブで働いていたデヴィ夫人は「インドネシアと日本の貿易の仕事をしていた方がいて、その人のガールフレンドと私がお友だちで」と説明。その友人女性と現在の東京宝塚劇場で映画を見ようと、帝国劇場のレストランで待ち合わせをしていたところ、「大統領ご一行が通られたんですよ」と振り返った。
その後、デヴィ夫人はスカルノ大統領と文通を経て、「3ヶ月後に『2週間ぐらいインドネシアに遊びに来ませんか?』って言われて、その2週間が永遠になってしまったんですけど」としみじみ。インドネシアへ行くことは母にも伝えなかったという。
スカルノ大統領から英語で「私のインスピレーションとなって力の源泉となり、私の人生の喜びとなってください」とプロポーズされ、「こんな美しいプロポーズの言葉、100年行きても聞かれないだろう。天の定めと思った」と“第三夫人”になることを決意。デヴィ夫人は「若かったからこそできたと思うんですよ」と懐かしげに振り返った。
2022/01/24