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『わろてんか』首尾一貫していた「笑い」への思い 作者・吉田智子氏に聞く

 10月からNHKで放送された連続テレビ小説『わろてんか』(月〜土 前8:00 総合ほか)は26日から最終週(第26週)に突入。半年間、とにかく笑って元気になろう、「わろてんか!」と、声をかけ続けてくれたドラマはどんなエンディングを迎えるのか。脚本を手がけた吉田智子氏が本作に込めた思いとは?

■「人は笑うことで癒され、前を向くことができる」

 「第1週から第26週まで、一本の映画のようにプロットを書き、最初から結末も決めていました。細かいところで変えたところはありましたが、大筋では最後までブレずに書き上げることができたので、とても楽しかったです。てんや藤吉をはじめ、すべてのキャラクターに愛情が沸きましたし、キャストもスタッフもまるで一つの家族のように感じていたので、脱稿した時は自然と涙が出ました」。

 ヒロイン・てん(葵わかな)の人生は、振り返ってみると「笑えない日々」が満載だった。さまざまな困難に見舞われ、普通ならくじけてしまいそうな局面を「笑うことで」で切り拓いてきたのが、てんだった。そんな彼女に、最大の「笑えない日々」が訪れる。それが、第25週だった。伊能(高橋一生)がひそかに海外へ向かい、その後、太平洋戦争が勃発して、藤吉(松坂桃李)との思い出が詰まった千日前の南地風鳥亭が建物疎開で取り壊されてしまう。さらに、息子・隼也(成田凌)にも赤紙が届き出征。戦争は激しくなり、多くの芸人たちが戦地に赴き、てんと風太(濱田岳)は北村笑店の解散を決めたのだった。

 「具体的な伏線はネタバレになってしまうので伏せますが、第26週では今まで振ってきたことが回収されて、昭和・平成の笑いにつながる萌芽を見ることができる仕掛けを施しています。明治後期から、大阪を中心とした上方演芸の世界を描いてきた本作ですが、てんの日本中の人を笑わせたい、という思いは未来につながっていく。口角をキュッと上げると脳が活性化し、セロトニンの分泌が促されると言われますが、幸せだから笑う、のではなく、笑うから幸せになれる。人は笑うことで癒され、前を向くことができる。この先、何が起きても、笑って、前を向いて行こう。このドラマで言いたかったことを最後の最後までつめ込みました」。

 ドラマには、数多くの演芸シーンが登場した。寄席にかかせない「落語」。掛け小屋でやっていた「俄(にわか)」、藤吉がてんにプロポーズしたシーンで披露した太神楽の「傘回し」、万丈目吉蔵(藤井隆)の「後ろ面」、リリコ(広瀬アリス)の「娘義太夫」、若い女性4人が踊る「安来節乙女組」。そして、昭和の初め、ふたりの掛け合いで笑いを生むスタイル「万歳」改め「漫才」が誕生。キース(大野拓朗)とアサリ(前野朋哉)の「しゃべくり漫才」、リリコとシロー(松尾諭)がコンビを組んだ「流行歌漫才」、万丈目と妻の歌子(枝元萌)による「夫婦漫才」など。

 「笑いの歴史に関しては真摯(しんし)に描こうと思ったので、大量の資料を読み、音声資料を聞き、映像資料を観て、物語の中に取り入れていきました。それを監督陣や演出部さんが考証の先生方と詰めて行って。亀井役の内場勝則さんや寺ギン役の兵動大樹さんをはじめ、たくさんの芸人さんにキャストとして出演していただきましたが、プロデューサーによると、彼らから”知らなかったことがたくさんあった、自分たちのルーツを知ることができて勉強になった”、といってもらえたようで、よかったな、と思います」。

■『伝説の教師』松本人志との意外な接点

 吉田氏は東京都出身で、「これまでは上方のお笑いがよくわからなかった」といい、大阪の笑いを扱うことに不安もあったが、一方で「笑い」をテーマにしたドラマの企画に「運命的なものを感じました」と明かす。

 大学卒業後、広告代理店のコピーライターを経て、脚本家になるターニングポイントになった記憶の中に、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)があるという。「もう人生終わった…と思うほど落ち込む出来事があって、何の気力も湧いてこない日々を過ごしていた時に、何気なくテレビをつけたら『ガキ使』をやっていて、ぼんやり観ていたら笑っちゃったんですよ。しかも声を出して。自分の笑い声に自分でもびっくりしたほど。そうしたら本当に不思議なんですけど、気持ちが楽になったんです。セロトニンの効果なのかわかりませんが、このまま悩んでいたって仕方ない、前に進むしかないと思い、笑いを勇気に変えることができたんです」。

 脚本家デビューして間もない頃、松本人志と中居正広のダブル主演で放送されたドラマ『伝説の教師』(2000年・日本テレビ)に脚本家として参加した。「松本さんの発案で、劇中で漫才をやることになり、その回の脚本を担当することになりました。松本さんからいろいろお話をうかがった経験が今になってすごく生きています。この時、伝説の教師、南波次郎のせりふとして、演じる松本さんに言ってもらったのが、『つらいときこそ笑うんだ』。そのシーンが私の中にずっとあったので、『わろてんか』のお話をいただいた時、運命的なものを感じました」。

 関西の笑いの歴史を徹底的に調べ、生の新喜劇を観て、東京と大阪を頻繁に往復しているうちに、「だんだん大阪の色に染まっていった(笑)」と吉田氏。笑いのツボは人それぞれだが、「日本中の方が観ている朝ドラなので、関西色が濃くなりすぎると、ほかの地域の方にその面白さが伝わりづらくなる懸念はありました。私は関東の人間の視点で物語を書き、関西の笑いに熟知したスタッフやさまざまな考証の先生方とのコラボレーションでバランスを取りながらドラマを作り上げていくことができたと思います。キャストも含めて本当に素晴らしいチームだったと思います」。

 放送は終わっても、「笑いって大切だよね」というドラマに込められた思いはずっと視聴者の心に残り続けるに違いない。



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