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時代性に逆行!? ABCのこだわりとクリエーター魂とは

 ロックバンド・Janne Da Arcのボーカル・yasuのソロプロジェクト、Acid Black Cherry(以下ABC)が、アルバム『L−エル−』を2月25日に発売し、デイリーシングルランキングで初日1位を獲得した。エルという女性の波乱の人生を描いたオリジナルの物語を元に楽曲が制作され、DVD付盤には、100ページにおよぶストーリーブックが同梱されている。レコーディング技術が発達し、自宅で簡単に楽曲制作ができる時代に、自身の世界観を描くために時間と制作費を惜しまず、ファンに届けたいという想いを一心に楽曲を制作。ストイックなまでの音楽への向き合い方を、ABCの新作から紐解く。

Acid Black Cherry

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◆全100Pにおよぶコンセプトストーリーを元にできた壮大な新作

 2007年に始動したABCは、同年シングル「SPELL MAGIC」でデビュー。これまで19枚のシングルをリリースし、最新シングル「INCUBUS」を含む7作が週間シングルランキングで2位を獲得している。アルバムはこれまでに3作リリースし、前作『『2012』』(2012年3月)は、自身初となる週間アルバムランキング1位を獲得した。また、カバーアルバム『Recreation』は、シリーズで3作リリースし、カバーブームの一端を担った。メタルやハードロックを採り入れたロックサウンドと、緻密に構築された物語的な歌詞、yasuの美しく響く歌声という、三位が織りなす重厚な世界観で人気を得ている。

 これまでも、1stアルバム『BLACK LIST』(2008年2月)で「七つの大罪」を題材に、2ndアルバム『Q.E.D.』(2009年8月)では、1940年代に実際に起きた“ブラック・ダリア事件”をモチーフにして制作。3rdアルバム『『2012』』では、「マヤ暦の予言」を元に架空のストーリーを構築して、それを元に制作して来た。最新作『L−エル−』では、yasuはエルという女性の波乱の人生を軸にした壮大な物語を書き上げ、その上で各エピソードに照らし合わせるような形で、収録された全14トラックを制作した。アルバムには、実際にyasuと制作プロデューサーで書き上げた、全100ページにおよぶコンセプトストーリーブックが同梱されている。

 主人公の女性=エルの幼少時代から物語は始まる。明確にはされていないが、舞台はヨーロッパのどこかで、時代は中世から現代に遷り変わった頃といった雰囲気。1曲目「Round & Round」では、重く陰鬱なサウンドで、暗く灰色がかった街の様子が描かれる。少女だったエルは、絵描きの少年オヴェスと出会うがすぐに引き裂かれ、数奇な運命に翻弄されていく。物語はエルの人生を追いながら、ときおりオヴェスの視点からも語られる。その名も「L−エル−」という楽曲では、少年のやさしい語り口調と温かみのあるサウンドで、オヴェスの気持ちが表現された。また、街では愛と憎悪が繰り返され、エルもまたそんな夜の世界に身を投じていく。物語には「Adult Black Cat」というキャバレーが登場する伏線もあり、3rdアルバム以降にリリースされた「Greed Greed Greed」、「黒猫〜Adult Black Cat〜」、「君がいない、あの日から…」、「INCUBUS」といったシングル曲が、巧妙にストーリーとハマっていく。エルとオヴェスがいったいどんな人生を送るのか? そして気になる結末は? 実際に目と耳で確かめてほしい。

◆気軽に制作販売できる時代に、あえて時間と労力を掛けて音楽と真摯に向き合うyasu

 yasuは、2003年にJanne Da Arcのアルバム『ANOTHER STORY』と連動した、同名小説を出版した経緯があるものの、いくらアルバムのためとはいえ、どれほど膨大な時間を費やしたかを想像すると絶句する。それだけでなくコンセプトストーリーブック用に何十枚ものイラストが制作され、監修もyasu自身が行い、それに加えて作詞作曲やレコーディングにかかる時間もあるわけで、当初2月4日リリース予定だったものが、3週間延期になったことも察することができる。また、ABCの制作は毎回作品ごとに様々なミュージシャンを迎え、1曲1曲丹念に作られているが、今作ではLa’cryma ChristiのHIRO(G)、SHUSE(B)、Venomstripの山崎慶(Dr)、DUSTAR-3のYUKI(G)、SIAM SHADEの淳士(Dr)、BULL ZEICHEN88のIKUO(B)などが参加。yasu自身もボーカルだけでなく、Key&Programmingでレコーディングに参加している。

 レコーディングの技術が発達し、自宅で録音したものをそのままCDにして、ネットで簡単に販売できる時代。パッと携帯にダウンロードしてその場ですぐに聴ける、気軽なものを多くのユーザーは求め、それは制作側にとっても、制作費をかけずに作品を作れるとあって、甘んじて受け入れているところがある。ABCのアルバム『L−エル−』は、かけた労力と費やした時間を考えれば、今という時代性に逆行しているのかもしれない。しかし実際に作品を手に取ってみれば、装丁の豪華さと重厚さも加わって、それだけの価値を感じるはずだ。また、ジャケットにはエルの肖像画が描かれ、DVD付盤にはコンセプトストーリーブックが付くという、隅から隅までyasuの創造したコンセプトが行き届いたものになっている。緻密なストーリー構成と、そのなかから生み出された、まるで映画のサウンドトラックのように物語と寄り添いながら、1つひとつの音楽としてのクオリティーを持った楽曲群、そして意志の行き届いたパッケージ。今の時代だからこそより発揮される、yasuのこだわりとクリエーター魂をはっきりと感じられるはずだ。

 このアルバム『L−エル−』発売に向けては、2月14日恵比寿ガーデンホールを皮切りに、全国6ヶ所で計18回の先行試聴会も開催された。来場したファンが、サイトに感想文を書くという試みも同時に行われ、各会場には熱心なファンが詰めかけた。yasuからも「僕があれこれ語るよりも、みんなの素直な感想を多くの人に見てもらうのがいちばん」と言うコメントがあった。発売前の楽曲を、少しでも心にとどめておきたいと、無心で聴き入るファンもいれば、なかにはメモを取りながら聴くファンも。全員『L−エル−』の世界にのめり込み、終わった後も放心状態でしばらく席を離れないファンも多数いた。また、3月10日と12日の広島文化学園HBGホールを皮切りに、3月29日東京国際フォーラムホールAを含む全国ツアーが開催される。この『L−エル−』という物語が、どのような演出で表現されていくのか? 小説と音楽が本当の意味で融合されるステージも注目だ。

(文:榑林史章)

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