3月30日に胃がんのため死去した俳優・蟹江敬三さん(享年69)の「お別れの会」が13日、東京・青山葬儀所でしめやかに営まれた。参列した俳優の永島敏行は、蟹江さんがキャプテンを務めた野球チームに部員として参加。主将と共に汗を流した日々を振り返った。
現場ではとにかく寡黙だったという蟹江さん。当初、永島は「仕事の先輩で12歳歳上なのでこちらが話しかけても長く続かなかった」と会話に苦戦していたが、「ある日、野球が好きだと知って、僕も野球をやっていたので、蟹江さん野球部作りましょうと言って、蟹江さんがキャプテンのチームを作りました」と共通点を見つけ、急接近できたという。
チーム名は「蟹江さんの蟹をとって『クラブズ』」。精力的に活動を続け「当時は芸能界でビートたけしさんと争うチームでした」と得意げに話した。
蟹江さんは「キャプテン番号の10番をつけて、ピッチャーをやっていました。野球好きで毎日バッティングセンターに通っていたらしい」と入れ込んでいた様子を明かし、「普段とは違う楽しそうな顔が見られました」と時折、涙を流しながら思い出を噛みしめていた。
最後に永島は「合宿にも行ったし、とても楽しい時間だった」と微笑み、主将との別れを惜しんでいた。
⇒【参列者一覧】能年・有村らあまファミリーも来場
現場ではとにかく寡黙だったという蟹江さん。当初、永島は「仕事の先輩で12歳歳上なのでこちらが話しかけても長く続かなかった」と会話に苦戦していたが、「ある日、野球が好きだと知って、僕も野球をやっていたので、蟹江さん野球部作りましょうと言って、蟹江さんがキャプテンのチームを作りました」と共通点を見つけ、急接近できたという。
蟹江さんは「キャプテン番号の10番をつけて、ピッチャーをやっていました。野球好きで毎日バッティングセンターに通っていたらしい」と入れ込んでいた様子を明かし、「普段とは違う楽しそうな顔が見られました」と時折、涙を流しながら思い出を噛みしめていた。
最後に永島は「合宿にも行ったし、とても楽しい時間だった」と微笑み、主将との別れを惜しんでいた。
⇒【参列者一覧】能年・有村らあまファミリーも来場
2014/05/13