実際の事件を題材にする同作で蓮佛が演じるのは、恋人を事件で亡くしたことで心に深いキズを負った主人公・ひかり。事件から数年が経った2011年、過去の恋人と過ごした時間だけを糧にして生きてきたひかりは、秋葉原の駅に降り立ち、さまようように街を歩き続ける。
そんなひかりを演じた蓮佛は、それまでに演じたどの役柄とも異なるスタンスで撮影に臨んだと語る。「いつもは『この子はこういう子だから前半でこうみせて』というような役の構成を考えて撮影に入るんですけど、今回はまったくそれをしていません。監督から『台本を読まなくてもいい、セリフを覚えなくてもいい』と言われ、感じるままに演じてほしいということだと解釈しました。ひかりの引きこもりの時期とか恋人を亡くしてしまったこととかのバックボーンは考えましたけど、考えて考えて頭をまっさらにして撮影に入りました。現場に入ってからは、ただ目の前にある秋葉原の街と、次々に出会っていく人たちに反応していったんです」。
セリフを覚えて作り込むよりも難しそうに聞こえるが、初日に行われた映画冒頭の約15分間の長回しの撮影で、蓮佛のなかでは役ができあがっていた。「初めて台本に書かれていないお芝居をしました。カメラマンの女性と別れて街をさまよい歩きながら泣くんですけど、台本には泣くとは書かれていないのに涙が出てきて止まらなくなって。そういう経験が初めてだったので、カットがかかってから自分で驚きました。この心の位置だったら大丈夫だと思えたのがあの15分。ひとつの役を15分間ずっと演じ続けたのも初めてでした」。
そこで信頼を得た廣木監督からは、その後の細かい演出などはほとんどなかった。ただ蓮佛の心が常に動いているかを計る監督からの、無言で見られている緊張感を保ちながらの撮影が続いた。「なかなかOKが出ないシーンがありました。ひかりが初めて自分の意見をしっかりと言うシーンで、テストを何回も何回も繰り返していたんですけど、自分のなかで何かが違ってしっくりこなくて。そうしてやっと『こういうことなんだ』って気がついたときに監督から『じゃあカメラ回そうか』って声をかけられて。監督は心が動くのをじっと待っているんですよね。全て見透かされているなって感じました」。
初めての廣木監督との仕事は、女優としての輝きを増し続ける蓮佛にとってもひとつの大きな糧になったようだ。「初めて何も考えずに演じた役というか……。役の構成をいっさい考えずに削ぎ落として削ぎ落として、それまでの凝り固まってきたやり方をいっさい忘れて臨みました。そんな全てをとっぱらった状態になることができて、またそうしてしかできない作品に出会えたことが私のなかで大きかったです」。
撮影は昨年、震災直後の3月27日に始まった。当然、台本はすでにできあがっていたが、震災によって日本中が悲しみに打ちひしがれるなか、映画人として何ができるかということに悩んでいた廣木監督は、被災地に入り、その後台本を書き換えて、震災に関するエピソードを加えた。そんな同作に主演した蓮佛は「2011年に起こった、忘れてはいけないことが詰め込まれています。いろいろな感じ方、意見があると思いますが、観て感じたことを忘れないでいてほしいと思います」と作品を背負って立つ覚悟と自覚をみせた。
ヘアメイク:JANET/スタイリスト:猪塚慶太(super sonic)/写真:田中 徹
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2012/03/10