100年後の雄姿
3代目に生まれ変わった「ベントレー・コンチネンタルGTコンバーチブル」に試乗。ブランド創立からの起伏に富んだ100年を乗り越えた、ベントレーの高度なエンジニアリングの神髄に触れた。
昔から最先端技術満載
去る2019年7月10日にベントレー・モーターズは創立100周年を祝った。激動の20世紀を生き延びたばかりでなく、今やベントレーはSUVにまで手を広げ、かつてない成功を収めているように見える。若い世代にはピンと来ないかもしれないが、ベントレーが世のクルマ好きの尊敬の対象となっているのは、ルマンでの栄光の歴史だけでなく、草創期の製品そのものがずばぬけて高性能、高品質だったからにほかならない。もちろん私自身は、いや『カーグラフィック』の創刊編集長である小林彰太郎さんでさえベントレーボーイズの活躍をリアルタイムで見たわけではないが、卓越した機械製品であることは今も残るヴィンテージベントレーを見れば明らかだ。詳細に説明する余裕はないが、例えば、ほぼ100年前のベントレー最初の市販モデルである「3リッター」の4気筒エンジンは、一体鋳造のブロック/ヘッドやシャフトドライブ駆動によるSOHC、気筒あたり4バルブ、ツインプラグ、ドライサンプ潤滑システムなどを特徴としていた。これらのメカニズムはベントレーの発明というわけではないが、当時としては極めて先進的であり、当然高い工作精度を必要としていた。さらに認められた専門家以外が作業することを防ぐためにエンジンにはシーリングが施されていたというから、その品質には絶対的な自信を持っていたのだろう。そうでなければロンドンから海を渡ってルマンまで赴き、そのまま24時間レースを戦って勝利を収めることなど到底無理な話である(ベントレーは1924〜1930年までに5度ルマンを制覇している)。
3リッターは標準型でも最高速は130km/hに達し、最高性能版の「スーパースポーツ」に至っては160km/hを誇ったという。実際に、1928年のレースでは「ベントレー4 1/2リッター」が平均速度111km/h以上で優勝している(これはオリジナルのサルテサーキットでのレコード)。以前にも書いたが、日本では大正の終わりから昭和初期の話であることを忘れてはいけない。ロールス・ロイスと同門の期間が長かったせいで、同様に上流階級のための豪華な超高級車とみなされていたかもしれないが、そもそもは市販モデルほぼそのままでレースやラリーに出場できる高性能車という点で、初期のポルシェやフェラーリと同じ位置づけだったのである。だが、採算を度外視した高性能車でレース活動に傾注すれば、たちまち経営難に陥る。ベントレーは創業からわずか10年ちょっとで経済的に追い詰められ、ロールス・ロイス傘下となることを余儀なくされるのである。...