キミのためなら死ねる
優雅な走りとスタイリングを旨とするグランドツアラー「フェラーリ・ローマ」。そのオープントップモデルは、どれほどの“Dolce Vita(甘い生活)”を体現しているのか? あまたのフェラーリを乗り継いだ清水草一が「ローマ スパイダー」の魅力を報告する。
久々にぶっ刺さった
フェラーリは、「一にエンジン、二にカッコ」だと思っている。逆に言うと、エンジンとカッコさえよければあとはどうでもいい。ブレーキなんて弱くていいし、コーナリング性能は「ハンドル切れば一応曲がる」程度でもいい(私見です)。私が今乗っている「328GTS」は、現代の基準からすると、まさにそういうクルマだ。
ただ、「一にエンジン、二にカッコ」というだけに、カッコよりもエンジンが上位にくる。フェラーリの魂はエンジンにあるのだ。フェラーリのロードカーは、フェラーリサウンドを奏でるエンジンあってこそ、である。
ところが、「488」以降のV8ターボフェラーリは、エンジン(のフィーリング)に魅力がなかった。カッコも全部好みじゃなかった。
そんななか、私が唯一心を動かされたのはローマだ。V8ターボは相変わらずだけど、カッコがすばらしく美しい。1960年代のフロントエンジンフェラーリをモチーフにしたエクステリアは、古典的な美に満ちている。でもなにかが足りない。「キミのためなら死ねる!」というなにかが。
自動車デザイナーの渕野健太郎さんは、ローマについて、「フェンダーの上部がちょっとポテッとしているのが残念」という趣旨の評価をされたが(参照)、そのせいか、お金持ちの奥さま用に見えてしまう。もうちょっとフェンダーがビッとマッチョかつタイトに張り出していたら、「キミのためなら死ねる!」と思えたかもしれない。惜しい。
ところが、ローマ スパイダーには心がときめいた。ローマをオープン化しただけなのに、見た瞬間にウットリした。それは、美しい女性を見た時と同じ反応だった。菊池桃子さまとか。
フェラーリは女性名詞で語られるが、実際にはかなり野蛮で男性的なクルマだ。野蛮で男性的な美しい女性、ということですね。ところがローマ スパイダーは、野蛮でも男性的でもなく、純粋に美しい女性だった。思えば、こういうフェラーリに出会ったのは初めてかもしれない。純粋に女性的なフェラーリって、とても甘美なものですね……。...