未来からの曙光
イタリアの名門マセラティのグランドツアラー、その名も「グラントゥーリズモ」がいよいよ復活。エンジン車に加え、ブランド初の電気自動車もラインナップする新型は、そのいずれにおいても第一級のパフォーマンスを実現していた。
名門の未来を占う存在
マセラティの今後の躍進をある程度まで期待できると思ったのは、スーパーカーの「MC20」に乗って、ではなく、ミッドサイズSUVの「グレカーレ」で、だった。
一点豪華主義的な最近のスーパーカーは“よくて当たり前”。その完成度の高さをもってブランドの行方を推し量ることなどできない。翻って販売の中核となるモデルであれば、そのブランドの開発現場がどんな方向に向かっているか、おおよそのことをつかむこともできる。「GT-R」を見ただけで日産を語ることはできないけれども、「サクラ」でならある程度語ることができるだろう。
グレカーレの完成度もまた(MC20に負けず劣らず)とても高かった。内外装はもとより動的な質感さえも「ギブリ」や「レヴァンテ」を大きく上回っていた。これからマセラティはきっともっとよくなっていく。電動化の推進も、このぶんなら懸念材料にはならないはずだ。
もっとも、相手は歴史と伝統のある、それゆえ紆余(うよ)曲折のあったイタリアンブランドである。生来の気まぐれな貴族性がいつ何時アタマをもたげるやもしれぬ。油断は禁物。せめてもう1モデルくらい確かめてみるまでは、未来を確信などできない。そう、せめてブランドの本筋であるGTモデル、つまりは新型グラントゥーリズモを実際に駆るまではうかつなことは言えない。グレカーレのデキを大いにたたえた一方で、心の中でそんなふうにも思っていたのだった。
これ以上、名門の評価をもてあそぶわけにはいかない。結論を急ごう。新型グラントゥーリズモには老舗の底力を思い知らされた。古くて全く新しいその走りに、思わず頬が緩んだ。エモーショナルな走り(ICEV)を実現したという点でも、そして電動テクノロジーの新境地(BEV)をひらいたという点においても、魂が揺さぶられるほど感動した。つまり、伝統の再構築も未来の新構築も、彼らは“ひとつのボディー”で見事に実現してみせた。もっと早くにその力を見せてくれてもよかったのに、と、昔からのファンならかえって恨めしく思うに違いない。新型グラントゥーリズモは、旧型とは似て非なるGTだった。...