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電子コミックから「名作」は生まれるのか? “インパクト”重視で分業制も進む中…漫画制作の是非

 書店数が減少し、多くの人がスマホで電子コミックを楽しむ事に慣れた中、「スマホ広告」の重要度が高まっている。インパクトのあるシーンやコマで興味を引かせ、続きが読みたくなる仕掛けで作品を訴求するもので、これまでにヒット作も多数生まれている。昨今は漫画制作の分業化が進んでおり、着実にヒットへ導くべく、物語や設定の軸をマーケティングの視点から構築するケースもあるという。一方、この手法で世代を超えて愛され、後世にまで語り継がれるような“名作”は生まれるのだろうか。電子コミック広告と制作の現状、さらに今後の課題について、レポートする。

“出会い”を通じて読者の趣味嗜好を広げる、マーケティングの課題

 「紙+電子コミック」の市場規模は6759億円と過去最高に達しており、90年代の“紙”のピーク時を上回る勢い。さらに“電子”市場は初めて4000億円を突破した(出版科学研究所が昨年2月に発表)。

 かつてない盛り上がりを見せている漫画業界をけん引するのは、電子コミックである。合間にさくっと読めるなど身近なものになり、気軽に漫画に触れられる「1話無料」の施策もすっかり浸透した。漫画の一部が公開されたウェブ広告をきっかけに、「無料なら読んでみようかな」と、試しに読んでみたらハマったという人も多いだろう。

 電子コミックは多種多様な作風が展開されており、最近はとくに異世界をテーマにしたジャンルや、ドロ沼な人間ドラマを描いたジャンルが注目されている。サクサク読める特性もあって、連載スピードは速く、制作は“分業”でも進んでいる。スマホ広告もさかんで、その効果が売上に大きく関わることから、最近は「マーケティング担当者」の存在感がより増しているようだ。

 例えば、電子書籍ストアを運営するブックライブが昨年発表した新シリーズ『nemuzu』は、読者の「こんな作品が読みたい」というニーズと“共感”をコンセプトに、オリジナル作品を揃える。特筆すべきは、作品の企画段階からマーケティング担当者が、「売り場」を知り尽くした「書店員」として参加することだ。

 「漫画に興味があるけれど、新規作を自ら開拓するのではなく、たまたま見聞きした作品が面白そうなら読んでみたい、という読者を主に想定したレーベルです。奇抜な展開というより、王道で期待を裏切らない物語でスッキリしたいと思っているような方々です。そこで、王道で共感できる部分がありつつ、ある展開ではちょっと違う読み応えがある…という作品を意識して制作します」(『nemuzu』市場調査・トレンド分析担当者)

 原案を構築するのは、同社のマーケティング部で結成された同レーベル専任のチーム。サイト内で人気のある作品の傾向やレビューなどのビッグデータをもとに、読者のニーズを紐解き、市場のトレンドを反映したキャラクター設定や、物語の大筋を原案として構築。その作風にマッチした作家がピックアップされ、作家や編集者と一緒に構図やセリフを作っていく。制作の過程で、読者のニーズをとことん重視した展開を盛り込み、広告でどのように打ち出すかを意識しながら仕上げていくという。

 「編集者とは異なる観点として、私たちはウェブ広告と常に向き合っていて、どんなシーンがクリックされやすいかのデータも持っています。せっかく素敵なシーンがあっても、ちょっとしたアングルや構図の違いで広告効果が変動して、読まれる機会が減ってしまうこともあるんです。ある程度、広告で使用するコマを想定しながらマンガを組み立てていくという方法論は、マーケティング部ならではの作家さんとの関わり方だと思います」

 今時の読者は、SNSで数秒のショート動画を大量に観て、動画を倍速再生することに慣れている。そのため電子コミックの広告も「うまい“チラ見せ”を作れるかどうかがポイント」とのこと。ただ物語が紹介されるだけのじれったい内容は、あまりウケないという。そうした動向を分析しつつ、試行錯誤を繰り返して着実に成果を上げることが課されたマーケティング担当の責任は、以前よりも増しているようだ。

 さらにプラットフォーム側としては、こうした戦略とともに、読者の趣味嗜好を拡大させることも課題だろう。ウェブ広告のターゲティング機能や、プラットフォームのレコメンド機能といえば、読者が自分の趣味嗜好に沿った作品をどんどん深掘りできるメリットがある。しかし一方で、嗜好が限定されたり、作品に偏りが見られたりするデメリットも考えられる。もちろん技術の開発でその精度は高まるものではあるが、書店が減り、雑誌のブランド力も低下した今の時代、多様な作品で読者を新たな世界へ引き込むことも重要だろう。

分業制で“作家の個性”は担保すべきか? 「面白いという感性も大事に」

 同レーベルの第1弾『亡き王女と瓜二つの令嬢は第一王子との契約結婚を迫られる』は、西洋風の異世界を舞台にした切ない恋愛漫画。ドロドロした人間関係と復讐の要素も加わっている。マーケティング部が、電子コミックの分野で今注目の“異世界恋愛”に着目し、主人公の相手役となる王子には、“亡くなった婚約者が忘れられない”という傷心したキャラクター設定を立てた。

 想定読者は20〜50代の女性。「ジャンルを横串で購入する」という傾向もあり、配信直後から異世界や恋愛ものに関心が高い読者から、「主人公に幸せになってほしい」「芯が強くて好きなタイプの主人公」「スカッとしたシーンがよかった」など、感情移入する好印象のコメントが寄せられていた。

 もちろん、マーケティングだけで面白いマンガができるわけではなく、「面白そう」という感覚的な部分は編集者や作者の感性を尊重しながら進行するという。編集担当者いわく、「全体を作り込みすぎた状態で案をお渡ししてしまうと、作家さんの良さを活かせる部分が減ってしまう。作家さんと信頼を築きつつ、そこの塩梅を調整していくことが編集者には求められる」。

 例えば同作では、作者の星乃みなみが王子役のキャラクターについて、“死神に取り憑かれている”という、より悲しみが際立つ要素を加えることを提案した。それにより、キャラクターに深みが増し、表情やしぐさがより魅力的に見えていったという。マーケティング担当者は、「死神という発想は、私たちマーケティング部からは思いつかなかったもの。読者から愛される魅力的なキャラクター作りには、やはり作者のクリエイティブが欠かせないと実感しました」と、共同制作の醍醐味を語っていた。

「作家の“創造力”×目利きの編集者」によって生み出された過去の名作

 活況が続く電子コミックの世界。競争は激化しており、広告での「新規作品買い」は増えている。しかし一方で、読者のニーズに寄り添い、作品を分業で生み出すというスタイルは、読者の創造を超える歴史的な「名作」を生み出しにくいのではないだろうか。

 コミック誌が全盛だった昭和・平成の時代、面白い漫画は、才能あふれる作者と客観的な視点を持った編集者の“二人三脚”で生み出されるのが一般的だった。自分が創造した世界をそのまま描きたい作者と、そのクオリティを担保しながらも客観的な視点で“売れる”作品へと導く編集者。この2人が二人三脚で試行錯誤を繰り返す中で、数多くの名作が生まれていった。

 例えば人気漫画『北斗の拳』(原作:武論尊/漫画:原哲夫)や『シティーハンター』(北条司)を担当し、『週刊少年ジャンプ』(集英社)の歴代最高部数653万部を記録した時代に編集長を務めた堀江信彦氏は、『ORICON NEWS』(2017年9月22日)のインタビューで、主人公キャラを変更してヒットさせたエピソードについて次のように語っている。

 「『北斗の拳』の2話目って、一度僕がボツにしました。最初の原稿だと、主人公のケンシロウが荒野をさまよう行動理念が分かりづらくて、これだと連載が続かんぞと。それで、原稿をボツにして描き直してもらった。そしてできたのが『怒り天を衝く時!の巻』、いわゆる“種モミじいさん”の登場話。そこからケンシロウの行動理念が明確になりました」

 講談社の名作『美少女戦士セーラームーン』もまた、編集担当の小佐野文雄氏は『なかよし』新連載の掲載について、掲載作品の9割がラブストーリーという雑誌の中で、読者に受け入れられるように、作品に半分恋愛要素を入れ、ヒロインは実はプリンセスであるという王道路線を追加。さらに戦士を加えて、主要登場人物を5人に変更したことを明かしている(『ORICON NEWS』2021年1月8日)。


 唯一無二である作家の“創造力”を大事にしつつ、編集者が世間を見極め、売れる作品へと誘導する。そんな絶妙なバランスの関係が、これまでに多くの名作を生み出してきた。

 もちろん「二人三脚スタイル」は、編集者と作者のパワーバランスの問題や、健全な心身と作品のクオリティを担保しながら1人の才能(作者)に託すなどのリスクを伴う。令和の時代には考えにくいが、かつては連載のために「締め切りは死んでも守れ!」が命題で、文字通り命を削りながら作品を創出していくのが“当たり前の時代”だった。滴り落ちる血をインク代わりに、情念の結晶としての漫画作品は、後世に語り継がれる名作となる資格を要していた。

 紙の漫画を手がけた経験もあるという『nemuzu』の編集担当者に、このプロジェクトでの作家との関係と、名作を生む命題について、率直な心境を聞いてみた。

 「作者と編集者が一対一で向き合って、信頼関係を築くことは、今も昔も変わらず大事です。とくに『nemuzu』のプロジェクトの相性は、作家さんごとにある気はしていますね。描きたい作品との折り合いをつけながら、描かされているという感覚ではなく、トレンドやマーケティングに対して肯定的に受け入れてくださる方とのほうがうまくいくでしょう。また、より多くの読者を掴むためには、かなりの“新規性”が必要だと思いますが、完全な新規性はトレンドからは生まれません。トレンドに新規性を乗せて、突き抜けた『名作』を生み出せるかは、このプロジェクトの大きな課題だと思っています」

 時代の流れや読者のニーズを読み、作者のクリエイティビティを生かしながら作品のヒットを目指す。それはまさに、雑誌全盛の時代とも変わらない、熱意ある漫画制作の現場の姿だろう。作品の量産が進む漫画業界だが、名作を作りたいという想いはどこも同じはず。課題はありつつも、日本の伝統的な漫画文化を守りつつ、新たな手法に挑戦する取り組みを、プラットフォーム側が行う意義は大きい。
『亡き王女と瓜二つの令嬢は第一王子との契約結婚を迫られる』
(C)星乃みなみ・nemuzu/ライブコミックス

 ブックライブのオリジナルマンガレーベル『COMICエトワール』内の新シリーズ『nemuzu』第一弾作品。下級貴族の令嬢・フィリーネは、この国の第一王子・リーンハルトに突然求婚される。社交界入りもしていないフィリーネは戸惑うばかりだったが、「貴女がいい」と真摯に請われ、その申し出を受けることに。慣れない王宮での暮らしのなか、フィリーネとリーンハルトの距離は近づきそうで遠いまま…。なんと、リーンハルトには大きな秘密があったのだ…。亡くなった婚約者を愛し続ける王子と、その婚約者と瓜二つの令嬢との契約関係が始まる。

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