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現在120円のオロナミンCドリンク、実は値上げじゃなかった? 約60年、内容量もコンセプトも瓶もほぼ変えないワケ
災い転じて福となす…新たな販売ルートの開拓がヒット商品の鍵に
これがオロナミンCドリンクのはじまりだ。この開発に関わっていたのは、“味の天才”と呼ばれる故・播磨六郎氏(ポカリスエットの“味”の生みの親でもある)。4年もの開発期間を費やし、播磨氏はビタミンに炭酸を混ぜるという画期的な発想から、ついにオロナミンCドリンクを完成させた。
当時、大塚製薬はオロナインH軟膏などの製品での薬局ルートしか持っていなかった。当然、社内でも賛否の声が挙がる。「炭酸を抜いた方がいいのか」「清涼飲料水ルートを新たに開拓するしかないのか」「でもそれでは、これまでお世話になっていた薬局さんに不義理となるのではないか」など。
だが大塚製薬は「ビタミン+炭酸」という画期的な発想の方を優先した。その理由は、炭酸を抜いてしまうと、競合の商品と変わりがなくなってしまうこと。そして当時薬局は全国で4万軒だったのに比べて、食品販売店は160万軒と、その市場規模は40倍であり、市場が拡大されれば薬局にとってもプラスになると考えたためだ。「当時の創業者も大衆の利益を優先し、お客様にいいものを届けたいという信念があった。そこで新たな販売ルートとして代理店を探すところからスタートさせたのです」。そしてこの時の努力・開拓が後のポカリスエットなどの販売ルートにもつながっていく。
女性から「栄養ドリンクを買うのがためらわれる」の声も…大塚製薬が踏み切った施策
「世の中にないものを広げる時は沢山の人に知ってもらうことから始めないといけない。そこで食系から駅の売店やゴルフ場など。酒販からは飲み屋などへルートを作り、銀座出張所も設置。銀座のクラブでお店の方から薦めてもらうという形を作り出したのです。今でいうインフルエンサーの役割ですね」
そして発売から5年。大阪万博の開催にあたって、“万博作戦”と呼ばれる販売促進活動を行った。まず万博内の100以上の店で冷蔵庫を設置し販売。同時に万博へ向かう道すがら、駅や売店などでも目に入るように大量に製品、広告を置いた。これが大ヒットし、ついに販売数1億本を突破。オロナミンCドリンクは一気にヒット商品となる。
「次に訪れた危機は1999年の医薬部外品の規制緩和。『オロナミンCドリンクは小さな巨人です』でお馴染みの巨人軍のCMなどのキャンペーンで人気を得ていたのですが、この規制緩和により、いわゆる栄養ドリンク剤が薬局以外でも売れるようになった。その結果、売上が低下。打開のきっかけになったのは女性のお客様の声でした」
大塚製薬が独自に取っていたアンケート調査で女性から「栄養ドリンクを買うのがためらわれる」という声があった。確かに。当時、栄養ドリンクには“男性が飲むもの”というイメージが強くあった。そこで女性への訴求にシフト。上戸彩が出演するCM「元気ハツラツゥ〜?」のシリーズが生まれた。「時代に合わせてコミュニケーションを変えていくことを重要視しています。製品のコンセプトは絶対に変えない。変えるのはお客様へのアプローチです」
「!」から「?」の時期も 大村崑、読売巨人軍、上戸彩…「元気ハツラツ!」に込めた想い
「オロナミンCドリンクは子どもから大人まで幅広い世代で親しまれています。大村崑さんは現在91歳。いまだにオロナミンCドリンクを飲んでくださっているようで、とても元気いっぱいです。100歳を超えた方からも『毎日オロナミンCドリンクを飲んでいる』という声もいただきます。このような飲料はなかなかないと思っています」
さらに現在ではアジアを中心に9つの国と地域で発売。オロナミンCドリンクを飲んだ海外の人の反応を投稿したネット動画などもあり、ウケる国はさらに広がりそうだ。今後の展開に期待したい。
「またオロナミンCドリンクのキャッチコピーには元気ハツラツのほかに、“ありがとう”“感謝”といったキーワードもある。母の日や父の日、敬老の日にプレゼントするという提案を行っているほか、30本パック限定でキャップの文字に「ありがとう」と記載された製品や、感謝の気持ちを書くことができるタグを制作。職場で上司から部下に、家庭で夫から妻に、子どもから親に、そのタグで“感謝”を伝える…そんな温かい気持ちとともに元気をつなぐ製品になっていきたい」
キーワードが“感謝”であるから、また誰もが美味しく飲めるというコンセプトは不変であるという考えから、笑顔と元気を届け、ブランドを守り続けてきたオロナミンCドリンク。働いている人への“感謝”の気持ち…。これを周囲に伝えるだけで、暗いニュースの多い今の日本も明るく、そして少しでも“元気ハツラツ”になっていくかもしれない。
(取材・文/衣輪晋一)