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音楽活動20周年の坂本真綾 月日の流れがもたらした心境の変化とは?
今はハッタリだろうがなんだろうが「ついてこい!」って
坂本真綾 生まれた子どもが成人するまでの時間ですから……当時私は16歳でしたけど、まさに右も左もわからず業界に飛び込んだ赤ん坊がたくさんの人と出会うことでたくさんのことを学び、それがいつの間にか今に至ったという感覚ですね。まさに自分の成人式のことを思い出してもそうなのですが、20歳になったからって、突然変わるわけではないじゃないですか。しっかりしたところを見せなきゃと思う自分と、まだまだこれからだと思う自分がいて、今もそれがずっと続いている心境というか。
――特にアニバーサリーは意識しないということでしょうか。
坂本 元々私はあんまりそういうことを意識するタイプじゃなくて、デビュー5周年と10周年のときはスルーしてしまっていたんですけど、15周年のときに初めて大々的に周年プロジェクトを立ち上げて、日本武道館でワンマンライブをやって。そして今回の20周年でも同じようにさいたまスーパーアリーナでお祭り的なライブをやったんですが、そのときに、改めて武道館のときの自分とスーパーアリーナのときの自分とに大きな違いを感じました。5年という月日はいろいろな変化をもたらすな、自分の中にいろんなものを蓄積させるなと実感したんですね。だからこうして周年プロジェクトをやることは、自分自身を振り返ることができるいい機会になっているなって思います。
――ではその20周年記念アルバム『FOLLOW ME UP』についてお伺いしたいのですが、まず15周年のときのアルバム『You can’t catch me』とは真逆のタイトルになりましたね。
坂本 あ、そうですね。あんまり『You can’t catch me』のことは意識していませんでしたけど(笑)。
――このようになったのは偶然だったということでしょうか。
坂本 “FOLLOW ME”は元々さいたまスーパーアリーナでのライブタイトル(2015年4月25日「20周年記念LIVE“FOLLOW ME”」)で、そのときは私の好きな『フォロー・ミー』という古い映画にインスパイアされて決めたものだったんですよ。そしてそのライブが達成感のあるものになって、この“FOLLOW ME”を20周年記念プロジェクトのキーワードにしてもいいかなと思って。というのも、あれだけたくさんのお客さんと共演者の方たちに囲まれて、よくも悪くも「ついてきてね」って言えるような自分にならなきゃいけないと思ったんですね。活動の規模が大きくなればなるほど私がグラグラしていては何も始まらない、前からも後ろからもプレッシャーのかかる場面が増えてきて。昔はそれを怖いなと感じていましたけど、今はハッタリだろうがなんだろうが、「ついてこい!」って言ってみせないといけないんです。そういう気持ちが「FOLLOW ME」という曲を書く原動力になりましたし、それが発展して『FOLLOW ME UP』というアルバムタイトルになったのも、自然の成り行きだったのかなと思います。
もっと近くに来て私の曲をどんどん利用してくださいという気持ち
坂本 ライブのすぐあとに作った曲なので、あのときの影響は受けています。実はここまではっきりとリスナーに向けたメッセージ性のある歌詞って今まで書いたことがなくて、なんとなくはぐらかしてきたんですよね(笑)。けど、さいたまスーパーアリーナという大きな会場にいろんな世代の方々が集まってくれているのを見て、きっとこの方々は坂本真綾を知ったタイミングも思い入れのある曲もみんなバラバラだけど、何か重なる部分があるから私の歌を聴きにきてくれているんだなと感じて。そしたら「この人たちに向けて曲が書きたい」という気持ちが湧いてきたんです。
――それでライブで強まった「ついてきて」というキーワードを当てはめたのですか?
坂本 そこまで強い意味合いではなくて、「近くにおいで」くらいのニュアンスなんですけどね。私の曲に何かを感じて気分が変わったり何かを考えるきっかけになっているのなら、もっと近くに来て私の曲をどんどん利用してくださいというか。私は若いときから表現するという好きなモノを見つけて、「もっとこうなりたい」「もっとこうしたい」という気持ちに引っ張られてがむしゃらに進んできましたけど、それなりの年齢を重ねてきたことで、今はそういう自分を邁進させる何かを探すプロセスに喜びを感じていて。自分を幸せにする唯一の方法が自分の「好きなモノ」を見つけることで、それを探すことの意味は大きいなって思うんです。
――その「好きなモノ」というものは、同じ人間でも年齢や環境によって大小変わったりしますよね。
坂本 私の場合は結局「歌うこと」に行き着くんですが、きっと自分を邁進させる方法にはいろいろなものがあって。そういうものが、みんなにも見つかってほしいなと思ってこの曲を書いています。本当の意味で自分を満足させる方法は、自分だけが知っていること。だから「ついてきて」と言ったところで私がみんなを幸せな場所へ連れていくことはできないんですけど、自分だけの鍵を見つけるきっかけになってほしい、探してほしいなって思う気持ちを表現したんです。
「これから」はいちばん20年を感じながら作った曲
坂本 「これから」は劇場作品のタイアップ曲になっていて、“卒業”というテーマありきで作り始めたわけですけど、そのとき監督さんに言われたのが、「さよならは大丈夫」というキーワードだったんです。これがすごくいい言葉で私も同感だなと思って。渦中にいるときはそう思えなくても、大人になって振り返ってみるとすべての出会いや別れにはちゃんと意味があったなと思える自分がいて、10代の目線でただ卒業を歌うだけじゃなくて、今の私だから言える卒業ソングを書けたらいいなと。10代20代の頃の自分自身に聴かせたい、実はいちばん20年という時間を感じながら作った曲でもあるんですよね。
――「FOLLOW ME」とは逆に、「これから」は自分に向けられた曲?
坂本 例えば菅野(よう子)さんのプロデュースを離れるときとか、学校を卒業して本当の意味で社会人になったときとか、いろんな節目節目に途方に暮れたこともあったけど、こうして20周年を迎えると、それがあったからこそ今があるんだと思えるんですね。この曲はさいたまスーパーアリーナで初めて歌ったのですが、1番を弾き語りにして2番からバンドと一緒にという演出は制作の段階から決めていたことでした。いろんな出会いと別れが私を作ってきたしこれからもそう。過去の自分とこれからの自分をつなぐような曲ができたと思っています。
――<10年後 20年後 振り返って私 どんな気持ちで今日を思い出すかな>という歌詞そのものですね。
坂本 歌いながらステージ上で、実際に今日という日が10年後20年後にとても良かったなと思えるものであってほしいし、逆に恥ずかしくて見られないよと思うくらい前進していたいなと感じていました。
――もう一方の「アイリス」は具体的だった「これから」に比べ、抽象的ですね。
坂本 短編映画のような映像が頭の中にあって、モヤのかかった森だとか湖畔の家だとか、そういうイメージをつなぎ合わせて制作していったのが「アイリス」です。で、こういう抽象的な曲を作ったはいいけど、どういうアレンジにしたらいいだろうと考えたときに、この映像概念をいちばん共有してくれるかもしれないと閃いたのが、(鈴木)祥子さんだったんです。祥子さんが人の曲をアレンジするのは初めてのことだったらしく、恐れ多いお願いをしてしまったと思っているのですが(苦笑)、クラシカルな祥子さんフレーバーが入ったことで、不思議さとかファンタジックな要素が強まったなと感じています。
――この歌詞は恋に関する内容なのでしょうか?
坂本 本当に恋に落ちてしまったり、恋以外にも何か情熱的な感情が溢れる瞬間の気持ちって、なかなか言葉にして人に言えないものだと私は思っていて。だからそういう心情を歌にするのは難しいって、いつも感じてるんですね。でも、誰にも告げず消してしまうような、強くて儚いラブソングがあってもいいなと思ったんです。
――「FOLLOW ME」と「これから」はリスナーや自分自身に対しオープンな楽曲でしたけども、このように閉じる一面も坂本さんにはあるんですね。
坂本 外に向かって投げかけるメッセージと同じくらい、内側に向かうエネルギーも強いなって、自分では思いますね。リスナーの皆さんがどう受け止めるかはお任せしますけども、祥子さんもアレンジするにあたりいろいろイメージを膨らませてくださって、私の想像以上にドラマチックな受け止め方をしてくださいました。人によって印象が大きく変わるのは抽象的な歌の面白さですよね。
結婚5年目 じわじわと“生活”が自分のベースになってきた
坂本 今回はシングル曲が賑やかだったので、バリエーションを増やそうという意味合いも込めて、しっとり大人っぽい曲を優先してオファーや選曲を進めていきました。なかでも「ロードムービー」は必ず今回のアルバムに入れたいと思って、最初に決めた曲です。本当にこの曲はかの(香織)さんワールドで、コーラスワークが印象的。人生でもこんなにたくさんのコーラスを録ったのは初めてのことだったんですけど、ただラインの数が多いというのではなくて、全体が声の壁になってぶつかってくるようなところがいいんですよ。サビで盛り上がるところで逆にキーが下がるのもすごく好きで。今の自分の年齢的な感覚なのかな? こういうところがすごくしっくりきたんですね。
――作家さんへオファーするにあたっては悩みもあったのではないでしょうか?
坂本 20周年という冠があることで、皆さんが「そうだよね」ってなる優等生的なものを求められている気がしたんですけど、やっぱり「これから」と歌っているくらいなので、途中からは冒険する気持ちが強くなっていって。もちろん、この20年で出会うことができた恩師と呼べる方々に制作をご依頼しつつ、一方で初めての方ともご一緒させていただきました。例えば坂本慎太郎さんは、シンプルなのにその言葉の向こう側まで想像できる歌詞を書いてくださって、心から信頼できる方と出会えたなと思います。
――新曲の制作が穏やかな曲に傾いたのは、坂本さんのこの5年の大きな変化である結婚も影響していたのでしょうか?
坂本 自分では分析してないですけど、結婚生活も5年目になって、じわじわと“生活”というものが自分のベースになっていることは感じています。昔は“生活”というものを考えたことがなくて、100%“仕事”の人生だったんですよね(笑)。それが今は“生活”があってその上に“仕事”があるという考えになってきて、それがいい意味で私にとっての余白になっていると思います。だから「Be mine!」みたいなガツガツした歌詞を書く自分もいれば、「That is To Say」のようなとても身近な、すでに手の中にある幸福を大事にしてきたいという歌詞を書く自分もいて。こうした穏やかな平和は、結婚という自分の変化によるものなのかなとは思います。
――20周年記念プロジェクトもあとはツアーを残すのみですね。
坂本 タイトルが「LIVE TOUR 2015-2016“FOLLOW ME UP”」なので当然今回のアルバムがメインになりますけど、20周年のツアーなので、それを感じさせるものにもしたいですね。さいたまスーパーアリーナでは3時間を超える長いライブをやりましたけども、それでも20年を振り返るには時間が足りなくて、泣く泣くセットリストに入れられなかった曲もたくさんあって。今回のツアーには、そうした楽曲たちも盛り込んでいけたらなと思っています。
(文/西原史顕)